60話 薬草マズい、超マズい
「ブー…」
「だ、大丈夫か。その、すまん」
クルルの掌の上で腹這いになり、脱力すること数分間。鼻が詰まってるみたいで、ちょっと鼻息がブタっぽい。
あぁ、俺いま息をしてる。生きてる…
「これ、飲ませてやれよ。少しは楽になるから」
「あ、ありがとう…」
穏やかな低音の声に顔を少し浮かせてそっちを見やると、クルルが騎士のハロルドから小さなビンを受けとっていた。
そのビンはものすごく毒々しい緑色で、ちょっと不吉な感じがする。
なに、それ。
爆睡してたらなんか急に息が苦しくなって、一旦目が覚めたのが一時間ほど前。多分。
しかしあまりの苦しさに、俺はすぐまた意識を手放した。気絶ともいう。
で、再び目を覚ました俺は何故か森の中にいて。
あれー?確か村の中にいたような…うーん?
とりあえず、起きてすぐ目の前に泣きそうな顔のクルルと、騎士団と自警団のムサイ面々が深刻な顔で周りを取り囲んでる状態だった。
最悪の目覚めだ、男臭すぎる。
で。
うーん、なんか記憶がないなぁ。俺、寝る前何してたっけ?
はて?
えっと、昨日が…火の曜日の、何日っていってたっけ。なら今日は…何曜日だ?
この世界の暦は当然のことながら俺のいた世界とは違ってて、たまーにクルルやライアットとかの話で聞いただけなのでまだよく理解出来てない。
でも、似てるとこも多い。一ヶ月が30日、一週間が7日で、それぞれに神様の属性の名前がついてるのだ。
火、水、風、土、雷、光、闇の七つ。
そうだそうだ、じゃ今日は水の曜日!で、何日だったっけなー。なーんか頭がうまく働かない。
首を傾げながら、昨日が何日だったか思い出そうとする。
がしっ。
そうしてぼーっと考えてたら突然体を鷲掴みにされて我に帰った。
「ジャック」
体が浮いて、目の前に差し出されたのは緑色の液体が詰まった小ビン…俺の体くらいあるけど、多分小ビン。
え?これが、何?
もしかして塗り薬?俺、怪我はしてないよ。頭は痛いけども。
小ビンが近づいてくるとその口から蓋がはずされ、むぁっとする青臭いような、漢方薬みたいな臭いが鼻を刺激した。
くっさ!
思わず顔を背ける。
「薬だ、飲め」
クルルの優しい声とは裏腹に、俺の顔に近づく小ビンの口から沸き上がるのは、めっちゃ濃厚な漢方薬臭。
つーか、これ飲むの!?無理、無理無理絶対やだ!これ絶対マズイだろ!
「あー、やっぱり嫌がるよなぁ…クルル、しっかり押さえとけよ。で、鼻の穴を指で塞ぐんだ」
ハロルドのいらん助言を聞き、クルルが俺の鼻の穴に指をあてた。
「ぷがー!」
ぎゃー!く、苦しい、死ぬー!?
顔を背けようとするけど頭が全く動かせない、なんとか動く手足を必死でばたつかせた。
こ、殺す気かー!ただでさえ鼻つまってんのにー!
「苦しくて口開くだろ?そしたら、その隙に飲ませるんだよ」
「こ、こうか…?」
「ガプぉっ!?」
ぐぎゃーーーーーっ!?
…結論から言おう。クルル、許さん。
俺は口周りを真緑色に染めながら、地面の岩と木の根っこの間に潜り込んでいた。
ううー、まだ口の中がビリビリするぅ。舌なんか痺れて感覚がないぞ…
先程俺の口の中に流し込まれたのは「薬草」らしい。
なんでも、某RPGよろしく体力回復と怪我の治癒を促進する効果があるようだ。草と呼ばれてはいるが葉っぱそのものではなく、その搾り汁を差す。
葉っぱ…ホウレンソウとか小松菜とかとは一線を画する、まさに葉っぱである。
薬草マズイ、超マズイ。
苦くて渋くてえぐみがキツく、時々酸っぱみと塩辛さと生臭さが襲ってくる。青汁と漢方薬と…カビと泥と壁を混ぜたような味だった。
口内に流し込まれた瞬間に吐き気っつーか涙がぶわっと出て、詰まってた鼻が一気に通ったわ。
あんなので本当に体調良くなるのか甚だ疑問だ、逆にトドメになるだろ。少なくとも俺はダメージを負ったぞ、主に精神的な意味で。
「あーあ、拗ねちゃったな。でも薬草がマズイのは仕方ないから…一口くらいは飲んだか」
「………」
「駄目だった?じゃ、もう一回」
ひぃ、また!?
思わずビクンと体が震えてしまった。
まだ口の中に残る濃縮100倍漢方薬風味な味を思いだし、目の前が真っ暗になる。
「ちーびちび、これならどうだ?」
…ん?
何かが尻をつっついてる、あとなんだか甘い、いい匂いがする。
顔を上げて匂いを嗅ぐ、やっぱ匂う、なんだろ?
くんくんくん。
「お、出てきた出てきた。ほら、これ舐めてみろ」
「団長?ポーションの空き瓶ですか」
岩の横から恐る恐る這いだして来た俺にかかる、真っ暗な影。
そこにはでかいおっさんがしゃがんで、俺を覗き込んでいた。
おっさんの頭には尖がった犬耳、ワイルドなイケメンなのだが何故か鼻の頭に白い絆創膏みたいのが貼られていて、その周りの肌もなんだか赤く腫れてるようだった。痛そう。
おっさんがしゃがんで伸ばした手には青い小瓶があり、開いた口は俺のほうを向いている。
今、団長って呼ばれてたな。この犬耳は自警団の団長だっけ?
くんくんくん…
「ぶふっ」
「あーあー口の周り緑色になっちまって。可哀そうに、薬草はガキにゃキツイよなぁ」
ビンを持ったおっさんの後ろにいた別のおっさんが吹きだした。俺を見て笑ったな、失礼なおっさんだ。
警戒しつつ、犬耳団長(仮)の差し出す小ビンに鼻を近づけていく。ううむ、いい匂い。
そういやクルル…
あ、いた。なんかちょっと離れて打ちひしがれてるな。耳がぺしょんと垂れてしっぽもまっすぐ地面に向いてるし。
それにしてもこれ乳製品?牛乳より薄い感じだけど、甘そうないい匂いだなー。ぺろっ。
「…ミャ!?」
小ビンを一舐めし驚愕に目を見開く。ふおおおっ…しっぽが震えるぜ。
ぺちぺちぺちぺち。
「おー舐めてる。よし、この体格ならこれで十分だろ」
「確かにそうですね、この体重にポーションなら一滴も飲めば…」
「そ、そうか。羨ましい奴だな、ビンに残った雫だけで効くなんて」
うま!
うまい、なにこれ!これヤク○トだ、この甘さ間違いないぞ!
一心不乱に小ビンの口を舐める俺。
…ぴかっ
「よっしゃ効いた!」
「うわマジで回復した!?」
「お手軽だなーこいつ」
おお?なんか今、体が一瞬光ったような気がする。何今の、魔法か?
中身が完全にカラになったビンの口を名残惜しく見上げる、ちぇ、もうないのか。
ふと、ビンから目線をはずすと体が軽くなったことに気が付いた。なんだ、さっきまで頭痛と吐き気が残ってたはずなんだけど。
そういやさっきこのおっさん達「ポーション」って言ってたような…すげぇ、なんたるファンタジー。この世界にはそういうのもあるんだ、薬草だけじゃないのね。
重だるい不快感が消えたことを喜んでいたら、喉が勝手に音を鳴らし始めた。
「はははっ、良かったなーちび」
喉を鳴らして見上げていると、遠慮がちに白い髪の少年が近づいて来た。
…うん、あのクソマズい薬草とやらを飲ませたことを許す気にはなれないが、あの不快感が消えた今なら解る。クルルはあれを治そうとして、薬草を飲ませてくれたんだ。
なんか、ちょっと罪悪感あるな。
てててっと駆けて行って、立ちすくむ少年の靴先に前足を乗せて上を見上げる。
「ミャー」
その状態でお礼を言う、口から出るのはいつも通りのにゃーって音だけども。気持ちは通じるだろ、少しくらいは。
その一鳴きにクルルの丸い耳がピンと上を向いた。彼は目に見えて安堵すると静かにしゃがみ、俺を抱き上げてくれる。
クルルに持ち上げてもらったので、元気になったことを伝えるために胸元にジャンプしてへばりつく。そのままよじよじと肩まで這い上がっていった。
ちょっと驚いている彼の首にぽすっ、ぽすっと頭突きを繰り返し、顎へ頭をすりつける。
「…可愛いな」
む?
なんか中年のダミ声が、妙な上ずった調子で聞こえて耳についた。誰の声だろ。
横を見てみれば、さっきまでわりと遠くにいたはずの騎士の鎧を着たでかい髭親父が…なんか顔面崩壊していた。誰だっけこいつ、確か騎士団で少し偉い人だったはず。
「猫の子供なんて初めて見たが、これは貴族連中が騒ぐのもわかる」
う、うおお、髭親父ヤバいぞその顔。ちょ、ちょっと怖い、目がキラキラしてるし。
「あー、そっか。俺らは見慣れてるが普通は滅多に見られないもんな」
「見慣れてるだと!?」
犬耳団長が思い出したように口にした言葉に、髭親父が真顔に戻った。うわ人相悪い、キモイ笑顔でなくても元からひどい顔なのね。
いつのまにやら俺の真横、すなわちクルルの肩に顔を近づけて中腰になってた髭親父。
ハロルドが苦笑いしながらその腕を引いて、俺から距離を取らせる。
おお助かった、ちょいビビッてました俺。背中の毛が膨らんでるし…恥ずかしい。
心臓バクバク、心を落ち着かせるべく前足を舐める。ついでに顔と耳もごしごし。
ふう落ち着いた。
つーかその後の会話聞いてたらびっくりだ、この世界って猫が希少なの?
なんだよ「原種の猫」って。でも話ぶりからすると俺のことだし…俺、どう見ても村にいた猫達と同じ姿してるからなぁ、普通の猫が珍しいってことだよね。
お?まさかと思ってたが、猫どころか犬も希少っぽい。一般的には貴族階級しか保有する機会がない、って、あの村は猫だらけだったのに。
思い思いに寛ぎつつ和やかに話していたら、自警団の人達も傍に戻ってきた。
「あー、一応聞いとくけど。お前は本当になんともないんだな?気分が悪いとか…なさそうだが」
「…?」
犬耳団長に声をかけられたクルルが不思議そうな顔をする。
俺も話がわからなくて首を傾けてしまう、そういや俺なんでさっきあんなに体調悪かったんだろう。
「わからんな~、あれほどの毒を食らってぴんぴんしてる。そっちのちびは布越しでも死にかけてたってのに」
片方の耳を揺らしながら、じろじろとクルルを眺める犬耳団長。
なんか今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような。毒?毒っつった?
お、メボックさんが出てきた。白いローブに杖、確か治癒魔法使う人だよね。
「ふむ…もしかして、だけど。君は常習的に毒物を摂取しながら育ってきたのかな?いや、毒というか、腐りかけた食べ物や水、とか…」
ものすごく不安そうな顔のメボックさん。恐る恐るというか、言いたくなさそうに言った。
聞いてからちょっとだけ間があいたが、それに対しクルルは「あ」って顔になった。思い当るのかよ。
メボックさんが額に手をあてて天を仰いだ。犬耳団長も眉をしかめて険しい顔になる。尖った犬耳も左右に開きぺたんと寝てしまう。
傍にいた騎士団の人達もぎょっとして目を向いていた。
「噂話ですけど。だいたい後ろ暗いことを生業とする組織での中で、ごく弱い毒を毎日投与し、徐々に量を増やしていく訓練があるそうで。そうすると毒物耐性スキルを持つ人間が出来上がります…10人中9人は途中で死ぬそうですが」
「…こいつを所有、いや、面倒を見ていたのはあの盗賊団の連中で間違いないんだな?こんなになるように育てたキチガイはあいつらなんだな?」
「いや団長、なんで剣抜いてんですかどこ行くつもりですか」
犬耳団長が瞳に怒りの火を灯しながら村の方向へとのしのし歩いていこうとするのを、慌てて他の奴らが止める。今すぐ盗賊連中を成敗するとか言ってる、怖い。
話題に上がってる本人は事態をわかってないらしく、鷹揚とそれを眺めてぽかーんとしていた。




