59話 オークの集落を探せ!
壊れた馬車の傍で石や切株の廻りに腰掛け、静かにジャックの回復を待つ。
すぐ横にはキャシーとリタも座っていて、俺の手元をじっと注視していた。
メボックから聞いた話では、使い魔とテイマーは契約により繋がっていて、傍にいる限りテイマーの持つ魔力がごく微量ずつ使い魔へと流れ込んでいる。だから魔力切れからの回復も早いらしい。
…考えてみたら、オレはジャックと「契約」らしいことをした覚えがない。
しかし皆オレをジャックのマスターだと、「テイマー」だとはっきり言いきっていた。
あれ?
よく思い出してみても、やっぱり何もしていないぞ。
疑問を浮かべながら、膝に横たわらせたジャックの背中をそっと撫でる。手の平よりも小さな体はゆっくり上下に揺れていて、寝息は先程よりも穏やかだった。
キャシーも手を伸ばし、ジャックの頭を撫でた。白く細い指先が少しだけ黒い毛に埋まる。
「よく寝てるわね、ふふっ」
「…プピー…ピー…」
ん、どうやら鼻が詰まっているようだ。
「ねぇー、ちょっといいかしらぁ」
「どうしたの?」
間延びした声が、少し離れた場所から聞こえてきた。隣にいたキャシーが応え、立ち上がる。
マリーは、街道沿いに積み上げたオークの死体の傍にいた。マリオもすぐ近くでしゃがみ、何かボロボロの袋のような物を地面に広げている。
「これ、どう思うー?」
「どうって、普通のオークじゃないの?ちょっと大きいけど」
「んー、そういう事じゃないのよぉ…まず体をみてくれるぅ?壊れてるけど、鎧をつけてるでしょ。オークはゴブリンより器用だから自分達で防具を造ることは知られてるわぁ、でもそれは人間から奪った物や森で手に入る材料を少し加工するだけ。これ、作りは荒くてもちゃんと鎧になってるのよねぇ、サイズも合ってるしぃ」
険しい顔をしたマリーが杖でオークの胴をつつく。大きく割れた鎧は、コンコンと金属質の音をたてた。
あの鎧の傷はオレの爪によるものだが、確かに…これまでに見たオークが身に着けていた物と比べると、造りが違う気がする。
「次はこっち見てみろ。カバンは人間から奪った物かもしれないが、これは薬草、こっちは多分笛みたいな物だろう。葉でくるんだ干し肉に、これは石を削ったナイフ、こっちの皮袋にゃ水が入ってる。ほぼ同じ物を、こいつら全員が持ってた」
「うぇ~」
小さく呻いたシャティが、地面に並んだそれらの雑貨を爪先でつつき、嫌そうに顔をしかめる。
気になったので、オレもジャックを抱いて近くへ行き眺めてみた。
…臭い。
どれも何か獣や魔物の皮、牙を使ってできているみたいだ。縫ってある所もあるが、しかし恐ろしく雑な縫い目である。
どれも衛生的には見えず、緑色に腐食していたり所々茶色かったりしている。湿っていてぐじゅぐじゅしてる袋もあるし、これでは食べ物や水はそれほど日持ちせず腐ってしまいそうだ。オークというのは胃腸が丈夫なんだな。
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな、まるで人間が旅する時の荷物みたいな…」
キャシーの問いかけにマリオが頷き、地面に広げてあったボロ袋を畳んで見せる。そこには歪ながらも輪っか状になった肩紐が二本ついていて、背負うことが出来るようだった。
「ありえない、そこまでの知性なんて…」
弱弱しい声に振り向くと、リタがふらつきながら歩いて来ていた。キャシーが慌てたように駆け寄り、肩を支える。
「これはちょっと、団長さん達には急いでもらったほうが良さそうねぇ~」
マリーが、オークの死体の山の向こう、森の奥を見つめる。
隣ではキャシーがリタと抱き合うようにして震えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鼻と耳に意識を集中しながら、音をたてないよう静かに森を進む。
街道から森へ入ると、徐々に辺りが薄暗くなったように感じる。木々の間隔が狭く日差しが届かない場所もあった。虫の声や小動物の鳴き声、足音も遠くから聞こえた。
足元に目線を落とすと草が踏みしめられた跡がいくつもあり、それは右前方に向かって斜めに続いていた。足跡は大きく、人間の標準的なサイズを大きく上回っているばかりか横幅が広く、逆に縦の長さは短く全体的にやや丸みを帯びている。沈み込んだ深さを考えると、これをつけた生き物は相当重い。
オークの足跡だ。
地面に残る匂いの中に、オレが仕留めたオークの物が感じ取れた。ここを通って街道に出たのは間違いないだろう。
ここまでオークの足取りを追う所々で、まるで迷わせるのが目的であるかのように意味もなく二手に別れていたり、離れた所に持ち物が投げられていたりした。
さらに妙なことにゴブリンの死体が広範囲にぶちまけられていたり、毒草を腐らせたような液体が撒かれていたりしたせいで少し時間がかかったが、これで確信がもてた。
よし、臭いが残っているのはこの方向で合ってるはず。
行き先が定まったところで辺りを見回し、なるたけ太い木を探す。うん、これでいい。
シャシャッ
立派な大木に、両手の爪で傷をつける。オレの肩の高さに出来た、大きなバツ印。
これが団長に頼まれた目印になる。
立ち止まったついでに、首から下げた小さな袋の中を覗いた。
騎士のハロルドから借りた物で、柔らかく厚みのある布で作られている。
非常用の薬草を入れていたらしいその中では、ふかふかした黒い小さな毛玉が丸くなっていた。ふすー、ふすーと弛く上下する背中を見て安堵する。
ジャックはまだ目を覚まさない。魔力切れの状態らしく、回復するまで早くても数時間はかかると聞いた。安静にしているのが一番望ましいというから、このまま寝かせておいてやろう。
袋の口をそっと閉じ、あまり揺らさないよう気をつけながら歩き出した。
オークの集落を討伐するにあたって、騎士団の人達は村に協力を仰いだ。
具体的には、迅速に集落を探すため「猟犬」を借り受ける話になったようだ。
騎士団、自警団とも「気配探知」「地図作成」等といった捜索向けスキル持ちがいないため、彼らだけで探すのは時間がかかりすぎる。
通常の捜索であれば多少時間がかかっても問題はないのだが、今回は違う。
なんでも、あそこまで知性が発達したオークが群れていると、進化した上位種が生まれやすくなってしまうものらしい。
騎士団と自警団が倒したオークジェネラルもそうだが、最悪の可能性は「オークキング」が生まれてしまうことだそうだ。
オークキングともなれば知能は人間並、サイズももはやオークとは呼べない、小山のような巨体。都市の防壁を一撃で破壊するほどのパワーを誇り、分厚い筋肉と脂肪に覆われた肉体は並の人間ではダメージを与えることすら叶わない。
指揮能力も高く、群れ全体の力を上昇させる強力な補助魔法を行使した個体も過去には存在した。
冒険者ギルドの設ける危険度ランクではAランクに登録されており、歩く災厄とも呼ばれていて、滅多に生まれてこない魔物だ。
そんな理由でとても急いでいた騎士団だったが、村に猟犬を借りに行っていた自警団の人達が戻ってくると、想定外の話が伝えられたのだ。
彼らによれば村にいる猟犬は3匹とも狩に出ていて、早くても数日は戻らないのだという。
それを聞いて深刻な顔で悩み出した騎士団と自警団の面々に、ふと思い付いたことを言ってみた結果、今の状況になっている。
しかし皆何故あんなに驚いていたんだろう?
オレでなくとも獣人なら魔物の匂いを追うことなど簡単だろうに。
特に自警団の団長らしい狼の獣人が驚いていたのが腑に落ちない、種族的に多分彼はオレよりも鼻がいいはず。うーん。
それからも度々足を止めては木に目印を刻みつつ、オークの匂いを辿り森の奥深くへと進んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
突然の臭気に思わず足を止めた。
「がぁッ!?」
「ルッド…ッゴホ!」
「まずい!戻れ、風向きが変わったんだ!おぇっ、ゴホゴホッ」
ああ、大変だ、団長が鼻を押さえて地面をのたうっている。そのまま両脇を抱え引きずられて、今来た方向へ後ずさっていった。
先頭を歩いていた俺達の異変に気づき、反対側を探索していた騎士団が駆けつけてきた。
「どうした!今度は何だ!?」
うーん、この匂いは…って鼻痛い。無理、息が吸えないレベル。
目も染みる、まずいなこれ、俺も一端戻るか。
皆の後について小走りに移動する、ヤバいヤバい。
「ゴホッ、わかるか?」
「うん。これ、ルリコ蛾の毒だね。かなり薄れてはいるけど、全員水でうがいして目も洗ったほうがいいかも…モロに吸い込んだ奴は鼻と喉の粘膜が爛れてるかもしれない、急ぐならポーションがてっとり早いかな」
異臭の元からはかなり距離をとったのに、まだ微かに匂いを感じる。皆涙目で一様に咳き込んでいた。
騎士団の物資を管理してる奴等が荷物を漁り、ポーションを掴み出すと次々に封を開けて配ってくれた。
さすが騎士団、高級品であるポーションがわんさか出てくる。俺らは普段お手頃価格の薬草しか持ち歩いてないのになぁ。早く高ランクの依頼を受けられるようになりたい。
俺は内心で騎士達を羨みつつも滲む視界に苦戦しながら瞼をこすり、はるか前方の木の根本に落ちている袋のような物を指差した。
ボロボロの小さな皮袋は雑に土をかけられ半ば埋まっていて、この距離では詳細はわからない。
「あれに入ってたみたいだ。それと…彼は無事なようだよ」
「なに…ッ」
俺の指し示す方を見た騎士が、それを見つけて息を飲む。
毒の入った袋が落ちている横にある、一本の木。その幹にはっきりと刻まれた大きなバツ印。
間違いない、この距離でもわかる。彼のつけた「目印」だ。
「な…なんで…いや、無事だったのはいいことなんだが」
「この毒が蔓延した場所をつっきって行ったのか、あのガキは」
「多分、彼が来た時はもっと濃かったはず…けほっ」
「ゲッホゲホ、おえっ…死ぬかと思った」
「ルッド、無理するな。もう少し休んでろ」
ポーションを顔に振りかけられて少しは回復したのか、地面に倒れ付した団長が意識を取り戻したようだ。だが、彼の自慢の高い鼻は赤く腫れあがりつつある…気の毒に。
狼の獣人は嗅覚が鋭い、体力は人並以上だがこういった毒物は効きやすいのだ。その点では、獣人に比べると感覚が鈍い人間はまだましかもしれないな。
ポーションは患部を劇的に回復させるが万能ではない、これだけ強い毒を受けてしまっては腫れが完全に引くまで数日はかかるだろう。イケメン(自称)が台無しだ。
その後、風魔法を使える者が空気中の毒を吹き飛ばしていって、俺らもようやく歩みを再開させた。
クルル君がつけた目印の木に、目立つように白い布を結びつける。
これで目印は8本目、思っていたよりもオークの集落は遠いようだ…いや、むしろあれほどの知能を持ったオークジェネラルが率いていた群れなのだから当たり前なのか。
オークはゴブリンよりも長距離を移動し、広い縄張りを持つ。オークジェネラルともなれば、この森に元からいた魔物は蹴散らされていても不思議はない。
当初、クルル君にオークの捜索を頼むことは俺達の本意ではなかった。
まだ幼く、さらに戦闘員として訓練をしてきた訳でもない…そんな者にこんな危険な仕事をやらせるなど、と皆渋い顔をしてはいたのだが。
いざ頼んで見ると、なんなのこれ。
背後を振り返って見れば、点々と地面に転がるオークやグレイウルフ、ブラウンボアの死体。
どれも馬車を襲ったオークの足取りを追う途中で彼が遭遇し、仕留めたとおぼしき魔物であった。
どれもが一撃で仕留められており、まるで障害になっていないのがうかがい知れる。足跡を見る限り立ち止まって応戦した気配すらない、歩きながらサクッと殺ったんだろう。
「…あいつが連れてた小っちぇー猫さ、危ないから俺らが預かろうとか言ったじゃん?」
「ああ、言ってたな」
「俺らと一緒にいるより、あいつといたほうが安全だったな」
「…うん」
自警団の若い連中がぼやく声が聞こえた。気持ちはわかる。
でも、あの子猫みたいなのは一応使い魔だというから、テイマー本人の傍を離れないほうがいいというちゃんとした理由があったんだぞ?
つーか、あいつ使い魔いらなくね?自前の戦力だけで十分すぎるだろ。
当初こそ少年を心配していたが、最早俺達も騎士団の連中もそういった感情は消え去っている。
そんなことよりも、恐ろしいスピードで先へ進んでいく彼の跡を追うことに必死なのだった。




