56話 幕間・ある日の男爵家令嬢のつぶやき
読んで下さった方、ありがとうございます。
ここ最近の暑さがすごくてバテておりました。ひからびそうです。
ぽかぽか暖かい日差しと、さわやかな風に揺れる葉のかすかなざわめき。ちょうどよい木陰の下で、ベンチに腰掛け食後の紅茶を静かに味わう。
私の右隣に座る亜麻色の髪の少女が優雅な所作で手に持つカップを傾けると、満足げにつぶやいた。
「はぁ…今日も平和ですわね」
「そうですかねぇ」
「…で、ですよねー」
それに対する左隣の少女の言葉に思わず声がつまってしまった。
くっ、この子より先に相槌を打つ予定だったのに一拍遅れてしまった、これじゃ私もこの子と同意見みたいだわ。
「あら、平和じゃありませんこと?ねぇアリエッタ」
「で、ですよねー」
ちょっと驚いたように目を見開いた亜麻色の髪の少女…リリィ様に問いかけられ、今度こそ素早く相槌を返す。はー、それにしてもほんとにキレイな目の色だなぁこの人。
のんびりとした彼女の視線が私から離れ、再び中庭の景色に戻る。その横顔に目を奪われる、くっきりとした高い鼻と蜂蜜色の長い睫がなんとも麗しい。まるで神殿の女神像みたい。
この方はいつもこうなのだ、侯爵家の長女だというのにまるで毒がない…いえ、お高くとまった所がない。見た目はとてつもなく派手なのにねぇ。
私のようなたかだか男爵家の三女なんて、普通の上位貴族様は歯牙にもかけず見向きもしないもの。
なのにこのお方は「なんだか趣味が合いますわね」と言って私が傍に侍ることを許して下さった。お陰でこの学園に来てからは身分に関連するあれこれから解放されてのびのびと過ごせている。
正直に言うと、私の身分でこの学園に通うのは少々恐ろしいものがあった。
だって、兄も姉も学園にいる間は貴族同士の陰惨な権力争いに翻弄されて、勉強どころじゃなく常に胃が痛むような日々を送り、苦難の連続だったって言ってたのですもの。寿命が縮んだとも言ってたっけ…夏と冬の長期休暇で屋敷に戻るたびやつれていて、父と母が心配したわ。
でも、そんな恐ろしい場所だけど私は行かない訳にはいかなかった。だってこの国の貴族で学園を卒業してない方なんて、滅多にいないのだから。
それに私みたいな家柄も器量も並以下でさしたる特技もない令嬢は、学園に在学している間に婚約者を探しておかないと、まず結婚できない。
兄も姉も在学中にお相手を見つけたのだ、私も頑張らないと…でないと、将来苦労することになる。
もし貴族女性が結婚適齢期を過ぎてもお相手が見つからなかった場合、どうなるか。
そういう方はだいたいの場合、評判が悪くてお相手が見つからない方とか、高齢の方の後妻とか、低位貴族の妾とか…あとは修道女になる等の道しか残されていない。出来れば避けたい未来だわ。
そんなわけで、私に限らずこの学園に通う令嬢方が常日頃一番気にかけているのは、婚約相手のこと。
表面上は優雅に笑顔を浮かべながらも、さながら狩人のごとく虎視眈々と互いの隙を狙っている、それがここウェスリー王立学園の貴族クラスなのである。
しみじみとそんなことを考えていると、私の左に座る少々ぶっきらぼうな少女ことディアンナ様がため息をついた。ちょっと苛だたしげな、大きなため息を。
「まぁディアンナ、どうなさったの。何か悩みでもおありなのかしら」
ちょっと体を前に傾けて、私越しに彼女のほうを見るリリィ様。柔らかな髪がサラリと肩を滑り落ち、癖のない毛先が胸元で揺れる。あー、今日もほんとお美しいわ。眼福ってこういうことを言うのね。
「いいえー、悩みって言いますか。ねぇ…ちょっとこの状況は落ち着かないなー、と思っただけですよ」
そう言ってディアンナ様がちらりと周囲を目だけで見回すと、離れて聞き耳をたてていたと思われる令嬢方が一斉に顔を背けた。
うん。やっぱり私も気になるわ。気にしないでおこうと思ったけど、無理。
だって、私たちが座っているベンチは中庭のほぼ中央にあるのだけど、等間隔で並ぶ他のベンチにいる方々の注意が全てこっちに向いているんだもの。一挙手一投足全てを見逃すまい、とでも思ってるみたいに、ものすごく観察されている…お、落ち着かない。
「まぁ?淑女たるもの、あまりじろじろと人を見るのは失礼にあたりますからねー。まさかこの学園内でそんな非礼を受けているとは思いませんけれどもー?」
「…っ…」
ディアンナ様がわざとらしくやや大きめの声で言った言葉で、周囲の方々の頬に朱が差した。唇を噛んで恥ずかしそうにうつむく娘もいる、そして彼女らの背後に控えるメイドや執事、護衛の方々も「うっ」って顔になっている。
それはそうよね、もし高位貴族の出であるリリィ様が一言でも彼女らの行動を批判しようものなら…でも、私もディアンナ様もリリィ様のお考えはよーく理解しているのでそんな可能性が一欠片もないってことは知ってる。だから、何も言わず紅茶をすするのだ。
あ、今日のお茶菓子はじめて見るやつだわ、何かしら?
「見られている?…うーん、気のせいじゃございませんこと?皆様普段通りですわよ」
リリィ様は可愛らしくキョロキョロと中庭を見回した後、こてんと小首をかしげた。
うーん可愛いです、でもいつもながらお目が節穴でいらっしゃる。そんな貴方が大好きですけれども。
ニコニコと笑顔を浮かべながら、小さな口でスコーンを召し上がるリリィ様。そしてリリィ様のお付きのメイドさんに紅茶のお代わりを淹れてもらっている私、じっとりと目を細めて正面を睨むのはディアンナ。
そんな私達の周りを囲む形でおられる令嬢の方々は、ひそひそと「貴方が聞きなさいな」「貴方のほうこそお聞きになって」などともめている。
囁くような小声で、しかも離れているのに、さすがにこう人数が多いとこちらにも聞こえてしまってます皆さま方。
彼女らの知りたい事は解りきっている、気づいていないのは当のリリィ様だけでしょう。
ほんの少し呆れた気分で、中庭を吹き抜ける風が前髪を揺らすのを何の気なしに見つめていたら、視界の端で何かが動くのに気付いた。
「あ、貴方!あの、な、なにか…聞いてらっしゃらない、かしら?」
…おお、勇者が現れた。もちろん比喩的な意味だけど。
令嬢方を代表して私達の前に移動していらして開口一番にそんなことを口にしたのは、確かエディドワール侯爵家の三女…うーんと、なんか長いお名前のご令嬢だった。
小柄な彼女は金色の巻き毛を揺らし、背後に5人ほどの少女を従えるように連れていた。皆顔が赤いし、もじもじしている。本人も、先程の質問の後は口をつぐんで、何かを待つように私達のベンチの前にじっと立っていた。
「私に聞いていらっしゃるの?」
「!?そっ、そうよっ、どうなの…ですの!」
きょとんとした顔で聞き返したリリィ様に、ちょっと噛みながら答える巻き毛の令嬢。あらあら、、顔がさらに真っ赤になってしまわれたわ。
…これって、始まりますわよね。
嫌な予感と同時にディアンナ様のほうを見ると、鷹揚な頷きで返された。あ、なんか達観したような顔してる、気持ちは分かるけれども。
うーん、出来ればこれ以上聞かないで欲しいんですけど、無理ですわよねぇ。周りの令嬢様方も、聞いてないふりをしてめちゃくちゃこっちに注目して耳を澄ましているし。
「どう、とは一体何のことですの?」
リリィ様、これは多分本当に何も察していないわね。
現在、学園内でというか国中で噂されまくっていて、もはやそれ以外の話題なんて考えられないくらいなのに。
真っ赤な顔になった巻き髪の令嬢は、リリィ様の穏やかな様子とは対照的に肩を震わせて何かを耐えるように少し後ろへ仰け反っていた。そのまま唇をわななかせ、何度か言葉を飲み込んだ後静かに質問に対して返答を返した。
「…ッ、に、鈍いですわね!あ、貴方のお兄様のことですわよ!!こ、こここここ…こん、婚約、…」
あああ、そんなに赤くなって言葉も噛みまくって、血圧が上がってしまうのではないかしら。大丈夫かしら、もし倒れてしまわれたらどうしましょう。
ちょっと心配になっていたら隣から肘をつつかれ、振り返るとディアンナの据わった目が私を見つめていた。大丈夫ほっておけ、と唇だけ動かしてやんわり言われてしまう。
「あぁ!なんのことかと思いましたわ、兄様のことでしたの」
そんな周囲の状況を全く気にすることなく両手の平をぽむっと合わせ、やっと合点がいったという表情で微笑むリリィ様。まるで花が開くような麗しい笑顔。
「そうよ!ダ、ダニエル様は、あの、の、イザベル様と…こ、婚約、すると…」
そこまで尻すぼまりに言って、言葉が止まってしまう。
リリィ様は、赤い顔で汗をかきながら瞳を潤ませ唇をかみしめて自分を凝視する令嬢を見て少し困ったように首を傾げ、何かを考えるそぶりをした後やんわりとその唇を開いた。
「イザベル様と婚約するかも、というお話は私も父から聞いておりますわ。まだ正式に決まってはいないとおっしゃっておりましたけれど…うふふっ、よく御存じですのね」
白魚のような指先を右の頬に添えながら、くすくすと笑いながら内緒ですわよ?と囁くリリィ様。
いやいやいや、よく御存じってそういうレベルじゃないですから。ディアンナと二人、内心で激しく否定させていただく。
リリィ様の兄上、王国騎士団近衛隊の隊長であるダニエル様が、先日の舞踏会でイザベル様とそれはそれは親密なご様子だったという噂は、その翌日には王都中、いえ国中に広まっていた。
ダニエル様といえば、元勇者にして国で最も美しいとさえ言われている、通称「ウェスリーの宝石」。
魔王討伐の褒章として爵位を新たに賜り、何故かそれから10年経つ今まで未だに独身で婚約者すらいないという、なんていうか国中の女性の羨望の的なのだ。
舞踏会やら何やら、彼が参加するイベントには年頃の女性がわんさか集い、民族大移動と揶揄されたことすらあった。どんな美しい令嬢にも、色気迸る妖艶な異国の美姫にさえ見向きもせず、むしろ一定以上近づかせず独り身を貫いてきた不思議な方。
勇者時代を共に過ごした聖女様を一途に想い続けているのだとか、はたまた他国に将来を誓った女性がいて近い内にその方を迎えに行くのだとか、様々な噂が囁かれている。でもそのどれもがただの噂であり、真実は誰も知らなかった。
そんな彼が、突然一人の女性と親しく…それはまぁ、周りが騒然とするのは仕方ないことだろう。
「うふふふふふ…」
…う。は、始まる。
唐突に聞こえてきた、高音で小さくありながら遠くまで響き渡る不可思議な笑い声。
中庭に集う人々が一様に怪訝な表情でその発生源を見つめる中、堪えきれない笑いに肩を震わせていたのは、淡い金色の髪の美少女…リリィ様である。
「私先に教室に戻っていてもいいですかね」
「ですよねー、ってそんな訳ないでしょう!ダメですよディアンナ様!むしろ私が教室に戻ります」
「いえいえ、アリエッタ様はどうぞ休み時間が終わるまでここでのんびりなさって」
「いーえいえいえ、ディアンナ様こそお休みになっててください」
侯爵家令嬢であるリリィ様を、執事とメイドがいるとはいえ一人で中庭に置いてく訳にはいかないのだ。
小声で不毛な擦り付け合いをしている私達を置いてけぼりに、俯いたリリィ様の形の良い桃色の唇の端が、ゆっくり、きゅーっと両端に吊り上って行った。
「…そう、婚約。ただの婚約ですの。兄様とイザベル様が結婚する事はありえないと思いますわ」
「!?なっ!何故そんなことが言いきれるんですのっ」
リリィ様の静かな爆弾発言に、思わずといった様子で畳みかけたのは巻き髪の令嬢。
その顔には驚きと困惑、あとほんの少しの期待が透けて見えていた。
そうよね、婚約っていってもそのまま結婚するとは限らないもの。生まれる前から婚約が決まっていて、大人になるまでにさらに数回婚約のお相手が変わる方だって実際にいたし。私としてはそんなに何回も婚約するなら一回くらい私にも譲ってと見当違いな嫉妬をしてしまいそうだけど。
でも今回のダニエル様とイザベラ様は、色々な要素を考えると婚約といった形を取りつつもそれ以上のものとしか思えない。だからその妹に結婚はありえないって言われたらびっくりするわよね。
彼女と同じベンチに座っていながら、気持ち少しだけ距離をとりたくてお尻をほんの少―しだけ浮かせて、左のディアンナ様のほうへ移動する。むぎゅっと左側へ押されたディアンナ様が一瞬嫌そうな顔をしたけど、不承不承とベンチの端のほうへ移動してくれた。
「だって、兄様が愛しておられるのは黒騎士様だけですものっ!」
「…は?」
両手を頬に宛がって瞳をキラキラと輝かせながら、感極まったようにのたまうリリィ様。
巻き髪令嬢の顔が強張り、空気が漏れるように妙な音が口から洩れた。その背後に並ぶ方々も固まっていらっしゃる。訳がわからない、そういった表情で。
「兄様が誰よりも大切に思ってらっしゃるのは黒騎士様で、いついかなる時もその心を捧げてらっしゃるのは彼一人ですもの!他の誰もその間に割り込むことなんて出来ようはずもありませんわ!」
ほっそりした手の平で包み込んだリリィ様の頬は美しく赤く染まっていて、その瞳は感激したように潤み輝いていた。愛の告白をする乙女がごとく、ときめきを隠すこともせず恥ずかしそうに顔を左右に振りながら「キャッ、言っちゃった」みたいな顔で恍惚としておられる。
…始まってしまった。
そう、彼女はこれさえなければ完璧なご令嬢だと思う。でも、これがあるせいで…少々…
私とディアンナは彼女と常に行動を共にしているから当然知っていた。でも、学園内でこれを知ってる生徒は多分まだ少なかったはず。だって私達が必死にごまかして来たんだもの。
それがここ最近あの噂のせいで、急速にバレてしまっていた。
この話題が出るたび、リリィ様は「こう」なる。こうなってしまっては誰が何を言っても止まらない。
「黒騎士様と兄様の仲睦まじいことと言ったら、どんな物語の恋人どうしだってかないっこないのです!お二人並んで立っているだけで…!はァーン!あの頃の小柄な兄様と黒騎士様もお似合いでしたけれど今の大きくなられた兄様と黒騎士様が並んで!お話なされている姿は!どんなに美しく歴史ある彫刻より絵画よりも!」
熱弁をふるう彼女の言う黒騎士、という人物は私も10年前にちらっと見たことがあるだけで、面識があるとは言えない。
ダニエル様が勇者として魔王討伐の長い旅路を歩む時に、共に戦った方らしい。
勇者パーティーとして有名人の彼らは10年前に無事魔王を倒し王国に帰還して、それからは別々の人生を歩んでいた。
「導きの賢者」ことハイエルフのライアット様は、帰国後に体調を崩され故郷で長く療養なさっていた。でもその知識を請われ度々王城へ赴き、王に助言をしてくださっている。
「魔獣の女王」ことモンスターテイマーのエレオノーラ様は、魔王亡き後各地に残った魔王軍の残党を討伐してまわっておられる。
「奇跡の聖女」ことハイプリーストのシンシア様は、魔王軍から人々を守るためにと無理が過ぎたせいで病に倒れ、今でも大教会で療養されているらしい。
「無敗の騎士」こと黒騎士様…今では爵位を賜り子爵となったエドワード様は、貴族として王に仕えていた。
エドワード様は、リリィ様から聞いた話なのでどこまで真実かわからないけれどとても立派な方らしい。
貧しい生まれの平民であったのに武芸の才に恵まれ、また絶え間ない努力を積み上げ、勇者パーティーが魔王討伐の任に就く際の付き人に大抜擢された。当時これはけっこう大変なことだったらしいけれど、勇者様本人が「貴族かどうかでなく個人の技量で選ぶ」としたため、尊い身分の方々に多大な反対をされつつも成ったのだという。
そして、勇者様が最も得意とされる「補助魔法」、一般的に扱われるそれとはレベル所か全くの別物である、それ。
曰く、普通は多少力が強くなり体が頑強になる程度であるはずの「身体強化」でさえ、並みの兵士を歴戦の騎士レベルにまで強化したという。でも、その強力すぎる魔法に耐えられる者は皆無で、かなり威力を落とさないと掛けられた本人の肉体が持たず、結局勇者様は自分以外を強化することが出来ないでいた。
だが本人以外には劇薬とすら言えるその魔法に対し、ただ一人エドワード様だけが何故かすんなり馴染んで見せたのだ。これには魔法学者も驚いたらしい、ありえないことだと。
その奇跡的な、勇者様の魔法に対する親和性の高さをかわれ、彼は勇者パーティーのメンバーになった。あらゆる攻撃から勇者様を守る「騎士」として。
漆黒の鎧に身を包み勇者様に付従い、いついかなる時も影のように彼を護る寡黙な男。いつしか彼は「無敗の騎士」「黒騎士」などと呼ばれ人々から尊敬を集めるようになる。
そしてとうとう魔王を倒し、勇者様達とウェスリー王国に帰還した際にエドワード様は王に告げた。
旅の間連日その身に受け続けた勇者様の補助魔法…それをもってしても苛烈な魔王軍の攻撃に日々深刻なダメージを負い続け、聖女様の治癒魔法でその都度無理に治し、その結果自分はもう戦い続けることができない身体になっている、と。
もはやなんの力もない自分は故郷に戻り平民として穏やかに暮らしたい、そう伝えた彼の言葉に王も勇者様も驚き、そこまでの無理を彼に強いてしまったことを悔やんだ。
そして彼の功績を讃え、平民でありながら爵位を与え王都に住まわせたのだ。勇者の恩人の一人として。
で、色々あってそのエドワード様は今現在、ある侯爵家令嬢の婚約者として彼女の成人を待つ身であった。学園の卒業パーティーの場でプロポーズするのだと、惚気を聞かされたので知っている。
そう、知っている…だって、彼は私の隣に座るリリィ様の婚約者なんだから。
「兄様が黒騎士様のお話をする時の優しい眼差しを皆様にお見せしたいわっ普段の兄様も素敵な笑顔を絶やしませんけれどもあんなものではありませんのよ!」
リリィ様ったら未だに自分の婚約者を「黒騎士」呼ばわりしてるんですか、いい加減に名前で呼んであげてはどうでしょう。
婚約は8年前って聞いてますけれど。そもそもあれから本人は鎧着てないでしょーに。
こないだも執事さんに愚痴られたんですけれど、二人きりでお会いする時も本人を前にして「兄様と黒騎士様お似合い」なことばかり言ってるせいで、リリィ様にベタ惚れのエドワード様がいくら色っぽい雰囲気を作ろうとしても次々失敗して、仕舞には泣きそうになってたって言いますし。
勇者様のために尽くして体を壊して、でもその献身が認められて平民から貴族になり、憧れの侯爵令嬢と婚約までこぎつけて。
彼が賜った爵位は子爵位であり、まず常識的に考えたら子爵家に侯爵家の長女が、とかありえない。年齢差も彼は当時18歳で、リリィ様は9歳。
でも彼は元勇者パーティーの一員であり、勇者様の恩人として今でもとても仲が良いから。王様からも別格の扱いですし。
そんなまるで物語のような彼の人生は順風満帆に思える。
「黒騎士様も兄様のお話をする時はとってもお優しい表情をなされるのよ!黒騎士様は年上ですものあんなにお体が大きくなられた兄様のことも昔と変わらない目で見ておられるのっ今では背も兄様のほうがずっと高いのだけれどやっぱり黒騎士様にとっての兄様はお守りするべきか弱い存在で!あぁっなんてすばらしいの!」
うう、今も血色の好い令嬢らしからぬ顔で鼻息荒く兄様と黒騎士様!って話を延々と語っている彼女の姿を見ていると、心底エドワード様に同情してしまう。
多分ベンチの後ろの執事さんやメイドさんも、隣のディアンナ様みたいな「無」な表情になってるのでしょうね。私もつい遠い目になってしまうわ。
キーンコーン、カーン…
あ、鐘が鳴らされた。午後の授業が始まってしまうわ、もうそんな時間なのね。
「リリィ様リリィ様、そのへんで。授業が始まってしまいますよ」
「ですよねー」
「あ、あらなぁに貴方達?まだお話は終わっておりませんのよ、そんな押さないで下さいませ…」
まだまだしゃべり足りなそうなリリィ様をぐいぐい押して、ディアンナ様が校舎に向かっていく。
私も慌てて立ち上がりスカートの裾を払って、後に続いた。いつの間にか片づけられたティーセット類をバスケットに詰め、メイドさん達も歩いてくる。
静まり返った中庭には、唖然とした顔で立ちすくむ巻き髪令嬢と、周囲のベンチで動きを止めたままの令嬢様達だけが残されていた。




