54話 虎人について
小さな雨雲が飛び去った後、俺はまたクルルの首筋に頭をすり寄せていた。
こいつ、さっきのヴァイスの話をきちんと理解できてたのかな?仲間も故郷もなくなってるかもしれない、だなんて…大丈夫かな。
「くすぐったい、ぞ」
俺の不安を知ってか知らずか、こいつ動揺してない。ってことは、やっぱ話が複雑すぎて理解できてなかった?良かったのか悪かったのか。
少し安心してしまう。だがクルルは俺の頭を撫でた後、その顔をじっと見つめてきた。
「ジャック、ばいすに何を言ったんだ?ばいすの言ってたことは、本当…なのか?」
あちゃー、意外と聞いてた。って当たり前か。
「オレが、虎人で、仲間達は…」
う。
表情は変わってないように見えるけど、見慣れた俺にはわかる。こいつ、相当落ち込んでるよ。
「ミー、プルルルル、プルルルル…」
慌ててスリスリのスピードを速め、喉を鳴らす。頭突きする勢いで小さい頭を奴の首や顎に当てていった。
もふもふ、ぽふぽふ。ぐりぐり。
しばらくそうして頑張っていたら、クルルが、ふっと微笑んだ。
「もしかして、慰めて、くれてる、のか。ありがとう」
元気出せー、元気出ろー。
しばらくそうしてもふもふしていたら、隣で何か動く気配がした。
「…はっ!?こ、ここは」
あ、バリーが正気に戻った。
おっさんは辺りを見渡して愕然とした顔になる。
「いいいいない!?雷の、あれ、ヴァイス様は!?」
クルルが「帰った」と教えると、顔をひくつかせた後頭を抱えてしゃがみこみ、神妙な顔で考え込んでしまった。
だが然程待たずに立ちあがり、深刻な顔でこっちに向き直った。
おお、このおっさん真面目な顔してると案外渋いじゃねーか。頭のバーコードと合間って敏腕課長って感じがする。
「あのな…クルル。俺は魔法にも精霊にも詳しくはないが、多分お前よりかはモノを知ってる大人だ。だから、ちょいと…助言て訳じゃないが、言っておいたほうがいいと思ってよ」
なんだなんだ、シリアスな雰囲気出して。クルルが緊張しだしたぞ。
「ヴァイス様の話が全部本当かは分からない、だがあの稲光を見たよな?あんなこと出来るのは異界からの召喚者か、精霊くらいのものだ」
「だから、多分…かなりの部分で信憑性が高いと思うぜ。ってことは、だ。お前は「白虎種」。ヴァイス様は白を纏う者って言ってたがな、人間の間じゃ白虎種って呼ばれてる。虎人で、毛色が白い奴って意味だ」
ほー、白い虎か。
まぁ、色柄的にはクルルのはそれっぽいね。
つーかヴァイスのこと、様つけて呼んだほうがいいの?
そんな俺と同じ疑問を持ったのかはわからないが、クルルが「え?」って顔になった。
「虎人ってもんについてどのくらい知ってる?」
バリーがふと思い付いたように聞いてきた。
ちらっとクルルの顔を見上げる…けど、なんで俺のほう見て困った顔してんの?言っとくけど俺も知らないぞ?
その様子を確認し、がくーっと項垂れるバリー。
「…そういうことかい。知らないんじゃ訳わからないよなぁ」
苦笑いだ。なに、こっちの世界じゃ有名な種族なのか?
あ、クルルが赤くなった。知らなくって恥ずかしいのね。
つーか獣人って一括りにして言ってたから、犬耳の人や熊耳の人とか種類ごとに呼び名が違うくらいだと思ってたよ。もしかしてそれぞれ全然違うのかね。
「虎人の村ってーのはな、西のモリガド大陸のゾルドンリードって国にあったんだ。ところで魔王は知ってるか?あ、名前くらいしか知らない、そっか。
十数年前に魔王が地上に現れた時、最初に狙われたのがその大陸だったのさ。で、大陸一の強国だったゾルドンリード国が最初に攻めこまれてな、あっという間に軍が壊滅に追いやられた。ありえない戦力差を見せつけられて国はパニックになった、だがそこで立ち上がったってのがゾルドンリード最強の男、リヒル。伝説の戦士だ」
そこまで言うとバリーはちょっと言い淀んだ。口の中で言葉がつまったみたいにしばらくモゴモゴした後、ため息をついて話を再開する。
「虎人って奴等は、一人の例外もなく全員が…ものすごくでかい。小さい奴でも2メートル半はあったって話だ。しかも獣人の中でも特に獣っぽい姿をしててなぁ、見た目はそら恐ろしい化け物。で、その見た目通りの怪力と、三日三晩走り続けられるほどの体力。一人で人間の兵士30人を一度に相手に出来るくらい強かった。国の守り神とすら言われていたそうだぞ」
う、うーん。
2メートル半…しかもケモ度が高い、と。すげぇ種族。下手すりゃ獣人じゃなくて魔物扱いされちゃいそう。
「ゾルドンリード最強の戦士リヒルは、虎人の男だった。彼の率いる虎人の部隊が最前線で何日も戦い続け、獅子奮迅の戦いぶりによって魔王軍は一時は撃破されたんだが…その勇猛ぶりを警戒されたんだろうな、魔王の別動隊が虎人の村を襲撃して…国を守る戦に村中の男が出ていて、老人と女子供ばかりだった村はたった一日で滅ぼされた。それを伝え聞いたリヒル達は魔王に復讐を誓いながら、その戦いの際の怪我が元であえなく死んでしまったそうだ」
うう、リヒルさんて人可哀そうすぎる。
魔王ひどい奴だな、いきなり出てきた上に非道すぎだろ。魔王と呼ばれるだけあるな…
でも…虎人、か。どんな人達だったんだろう。
複雑そうな顔で押し黙る白い髪の少年をちらりと見る。うーむ。
クルルの親戚かー、そう思っちゃうと、なんか人畜無害な集団しか浮かばないなぁ。もふもふで、でっかくて、無口で…なんだか戦う姿が思いつかないよ。脳裏に浮かぶのは巨大な草食動物か草食恐竜が草をもっしもっし食べてる姿。
空を見上げてぽやーっと考えてたら、バリーにいぶかしげな顔で見られた。
いや、俺は真面目に考えてるんですよ?
「ごほん。クルル、ここからが大事な話だ。いいか?虎人は絶滅したと言われてる。しかもその虎人の中でさらに珍しい種族の子供が生き残っていた。そうすると一体どうなると思う?」
「ミー?」
「どう、なる?」
クルルと顔を見合わせた。
どうなるんだろ?
珍しい、うーん、目立つ…
あ、珍しいから、あちこちから皆見物に来る!で、動物園みたく入場料とって大儲け出来る!?
サイン色紙とか、グッズとか売ったり。絵はがきとか写真集とかもいいかもよ。
わー、なんか楽しそ…いやいや、それ本人は楽しくないかもしんない。
俺だったらイヤだな。テレビでそういう特集やってるの見たもん、どこ行ってもジロジロ見られて辛いって。
想像してうへーって顔になったら、クルルが噴き出した。なんだよ、人の顔見て笑うなよ。
「ジャック、お前はわかるんだな。で、クルルは想像ついてない訳か…お前らどっちが飼い主か分からない時があるぞ」
おう、なんか誉められたのか?でもバリーも俺見て笑ってるんだけど。
なんなの、俺って思ってること顔に出過ぎ?全身真っ黒毛むくじゃらだから、表情なんてたいして分からないって高をくくってたけど、ちょっと気を付けたほうがいいかも。
「クルル、悪い奴の視点で考えてみろ。珍しい種族は奴隷として高値で売れる、力の強い獣人は傭兵、兵士にしてもいい。世界で一人だけの希少種族、ペットとして侍らせたいって考える変態貴族もいるだろう。
研究者とか学者の連中も信用するなよ、奴等の中には珍しい生き物を捕まえたら切り刻んで隅から隅まで調べ尽くす狂人もいるからな。
で、お前はまだ物を知らない子供だ、そういう連中は今から教育すれば自分達の意のままに出来ると考える。ほら、悪い奴にモテモテな未来しかない」
うわぁあーーー…
な、なんか思ってたのと違う方向に大変だ。そうか、この世界は奴隷ってものが存在するんだった。人権とかの考え方も微妙に違うっぽい。
ちらっと下からその顔を盗み見る。うん、あんまお利口そうじゃない。
クルル…ここまで育ってきた記憶もほとんどないみたいだし、奴隷だったんじゃ学校とかも行ってないだろうな。
なんか世渡りも下手そうだなー…嘘も言えない、駆け引きも出来ない、要領よく立ち回ることも…出来ないだろうねー。
これは、あれだ。あれがいい。
こっちをじっと見ていたバリーと視線が交錯する。示し会わせたように二人、黙って頷きあった。
「よく聞け、クルル。お前の種族名は今後「猫人」!虎人云々って話は、本当に信頼できる相手以外には言わないこと!そうだな、神父様にだけは言っておけ。ちゃんとした鑑定を受けるとわかっちまうから、そこんとこも相談がいるしな」
そう、それが一番安全だと思う。秘密にしておくんだ。
でも問題は、見た目でバレるかもしれないってことか。
んー、も少し猫っぽく見えるように耳の先の毛を整えるとか…
「まぁ鑑定でもしない限り、見た目でバレるこたないだろう…そもそも普通の虎人の毛は金色だし。それにあれだ、生粋の虎人はもっとケモケモしてるらしいから、お前はきっと他の種族との混血なんだろうなぁ」
顎に手をあてて、しみじみとクルルを眺めるバリー。
これなら安心だぞ良かったな!とか言われても、本人落ち込んでるって。
猫と虎の違い…ううむ。
「妙な輩が寄ってきても自力で跳ね返せるくらいに強くなったら、その時は堂々と虎人を名乗るといい。ヴァイス様にこの話を出来なかったのは残念だったが、また会いに来るって言ってたからその時だな」
落ち込むクルルの頭にぽんと手を載せ、あと数年もすれば大きくなるさと励ますおっさん。
え、じゃ大人になったら…クルルはムキムキの筋肉マッチョに。その横に控える使い魔の俺は艶々の黒豹に…
かーっこいい!なんて強そうなコンビだ、早く大きくなりたーい!
目をキラキラ輝かせてしっぽを震わせる俺。クルルも笑顔で俺を見下ろしていた。
ちなみにバリーも、虎人の件は誰にも言わないと約束してくれた。
なんでも、商人は嘘つきだと思われがちだけど、実際は逆なんだとか。嘘つき商人とみなされると商業ギルドから登録抹消されてしまうので、かなり気を付けてるらしい。
商品説明で嘘ついたりニセ物売り付けたりするのは三流のやることだ!って怒ってた。
商業ギルドってのは、ほぼ全ての「商売」に関する権限を持つ巨大な国際組織であり、国によっては下手すると冒険者ギルドより立場が上っていうとこもあるそうな。一部例外を除き、ここに申請しないで物を売り買いすると罰金とかあって大変な事になる。
うう、税がどうとかそういう話は難しいって。俺もクルルも頭が追い付かないから止めてバリー。
商業ギルドについての話がヒートアップしそうになったが、俺の「うへー」顔に気づいたおっさんは慌てて話題を変えてくれた。
「そういえばお前、変なタイミングで村に来てたよな。あの話ってどこまで聞かされてるんだ?」
あの話?って、なんのことだろ。
クルルは…ああ、知らないのね。はい俺ら二人とも知りませんよーバリーさん。
一拍置いて、ん?という顔をするおっさん。
「え?あれ、えーっと。あの、村を解放するっていうか、そういうアレなんだが…神父様からは?え?な、何も?」
うん、聞いてないよ。
っつーか何それ?村を解放、ってどういう意味だ?
首を捻る俺と、ぼーっとそれを見てるクルル。おっさんは腕で額を抱えて天を仰いだ。
「あー、なんか行き違いがあったみたいだなぁ。村長はお前のことを、新しく村に住むことになったって言い方してたんだが…」
「…こ、ここは…?」
んん?
か細く小さな囁きが聞こえて、そっちを振り向く。
馬車のほうだ、女の子の声だったぞ。話の途中だったバリーにも聞こえてたらしく、目を見張ると足早に馬車のほうへと向かう。
馬車の椅子に横たわっていた金髪の少女…マルガリータが、体を起こすところだった。




