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くろねこの冒険~目指せ!異世界一周~  作者: 葉桜丸
第一章 はじめまして、異世界
53/102

53話 ヴァイスの話

地面に手と膝をつき、悲壮にくれる美女。

バリーがやや遠慮がちに近づくと、そっと声をかけた。

「あ、あのー。ちょっといいかい、ヴァイスさんとやら」

「ううう、せっかくいい所を見せようと…」

ヴァイスは返事をするどころか顔も上げない。

ふと、離れてふよふよ浮いていた雨雲がまた動き出したかと思ったら彼女の頭上に移動して、そこで落ち着いた。

この雲、なんなんだ?まさかと思うけど、最初はこいつから声がしたことといい、乗り物的な物だったりする?でも、今自発的に動いてたよな。なんなのこれ。


少しの間、彼女のなんらかの反応を待つがヴァイスはやっぱり顔を上げない。小さく肩を震わせている彼女は上にある雲のせいで影が落ち、よりいっそう陰鬱な空気が漂っているようである。

つーか、そもそもさっきのバリーの声が聞こえてないのかもしれないけど…

そんな彼女を見下ろしながら、バリーは返事を諦めて言葉を続けた。今度ははっきり一語ずつゆっくり発音してる。

「横で聞いてただけだがよ、あんたの言う「白を纏う者」ってのは多分違う奴だ。こいつはクルルって言ってな、身よりがないのを教会の神父様が引き取ったんだ」

「…なんだと?」

あ、今度は聞こえたっぽい。ヴァイスが反応した。

それを見てほっとしたらしいバリーは、地面にしゃがんで彼女の目線に近づく。

「このへんにゃ人里は俺達の村しかない、聞いた限りだとあんたが探してるのは獣人か?よければ心当たりにあたってやるよ。どうだ、村の食堂で飯でも食いながら、話を聞かしちゃくれないか」

さっき聞いた話からすると、バリーは一人で馬車に乗りあちこち廻ってる商人だ、顔も広いことだろう。それなら、彼女の探し人も見つかりそうだ。行方はわからなくても、情報くらいは手に入るかも。

ま、バリーの言葉からは後半ちょっとだけ、美人と縁を持ちたいっていう下心がかいまみえるけど、そりゃ仕方ない。でも相手が男だったらここまで親切にしてないんじゃないかなーとは思う。目元がちょっとやらしいし。

俺がクルルの手の上でジト目で眺めていると、視線に気づいたバリーが目を反らした。エロ親父め。


だがヴァイスは首を縦に降らず、そんなバリーを小馬鹿にするようにハッと笑った。

「訳のわからんことを言う…主はどこをどう見たって「白を纏う者」だろう。この美しい白銀の毛並、雄々しい耳に立派な尾!何より、その身に纏う魔力!この主こそ、地上最強の種族である虎人の中でも稀なる力を持つ、「白を纏う者」!虎人の者達の間では神の子と呼ばれている存在だ!」


…へ?

なんか、今この女変なことを言ったような。クルルって猫人なんじゃなかったの?

首を傾げていたら、隣のバリーも訝しげに体を傾けていた。背後を振り返るとクルル本人も不思議そうな顔をしている。いや、お前の話みたいだぞ?


っつーか虎人…って。さっきちらっと言ってたやつかな?

虎で、人。獣人の種類っぽいが、名前からしてなんかめちゃめちゃ強そうだ。しかも、その中で更に強いってか。

でもクルルってさ。虎、って感じではないよなぁ。毛の模様と、耳の先っちょの丸みくらいしか虎要素がないぞ。

じろじろとクルルを見上げる。手の平サイズの俺から見ても、細っこい体。骨太な感じはしないし、そもそも肉食獣っぽさがない。

うーん、そういやそもそも虎って動物園かテレビでしか見たことないわ。どんなのだっけ。

「いやー…やっぱ人違いじゃないか。本人も困ってるし」

ちょっと呆れたような笑いを堪えてるが、バリーの言う通りだと思うぞ。イメージっつうかな、あんまりにも言葉面が本人と違いすぎる。


クルルと俺もうんうんと頷いてみせると、ヴァイスの眉がちょっと下がってしまった。あー、なんか泣きそうな顔になってる。

「な、何故信じないのだ?主まで!虎人族に代々加護を与えている我ら雷の精霊が、こんな大切なことを間違うはずがないではないか。仲間内で一番力の強いわらわが先代の意思を引き継ぎ、今回代表して来たのだぞ!先程の魔力の波動を貴様らは感じなかったというのか!?」

「まりょく…はどう?」

「なんじゃそら?」

「ミュー?」

クルル、バリー、俺と三人並んできょとんとしてしまった。




それから、何故か半泣き状態のヴァイスによる「アホでもわかる魔力講座」が繰り広げられた。魔法について詳しくないのは異世界人の俺だけかと思ってたんだが、どうも庶民の間ではそういった知識がない奴がわりと多いらしい。


貴族以外の子供は魔法の才能がある奴だけが「学園」に行って学び、それ以外は特に魔法に触れることもなく生活しているようだ。

そもそも魔法を使える人がけっこう少なくて、使えたとしてもそよ風を起こすとか、コップ半分の水を出すとか、手で触れた箇所の熱をちょっと上げる程度っていう人ばかりらしい。それでも色々活用できて有難がられるって話だ。

話のニュアンス的に、一般的な人間の国において魔法が使える者はそれだけで上流階級に近づき、使えない者は下に見られるっぽいな。このへん、学歴社会っぽくてイヤな感じ。うん。


ヴァイスの話を要約すると、彼女は雷の精霊であるらしい。びっくりだ。

彼女の仲間達は代々虎人という種族に寄り添い、時に加護を与え、見守り慈しんできたそうだ。

それというのも、最初の虎人が精霊達の危機を救ってくれたことに由来する。精霊は寿命の違いもあり子供に対するような愛情を虎人達に持つようになり、虎人達は精霊達に感謝と祈りを捧げて、代々仲良く生きてきた。

だが、10数年ほど前に虎人の村が強大な魔物に襲われ、壊滅してしまったという。

その時は「白を纏う者」がいなかったため精霊達も助力出来ず、無念だったらしい。

というのも、どうも彼女ら精霊という生き物は、ある程度以上は他の種族に関わることができないそうだ。


太古の昔、彼女らのその強大な魔力を他種族に悪用されることを憂えた神々が制限を課し、契約した個体にのみ助力出来るようにした。

そして雷の精霊は精霊種の中でも特に魔力が強く、彼女達と契約するためには並の人間では足りない。まして、他の種族に比べ魔力の少ない獣人相手ではなおさら。

だが、虎人だけは違った。

彼らは獣人の中でも一番神々の眷属に近い先祖を持ち、その子孫の中には稀に先祖がえりで神獣種と呼ばれる個体が生まれることがあった。

そんな虎人達と雷の精霊が出逢い、稀に生まれる先祖返りの者と精霊が契約を交わすようになり、その関係は数百年も続いて来た。

が、件の魔物に村が襲撃された際は先祖返りがいなかったため、精霊達は存分に力を奮うことは出来ず、依代を破壊され魂だけの状態で精霊の里に帰ることになる。そして再び村のあった場所へ駆けつけるも、すでに壊滅状態だった。


なんでも、精霊というのは俺らと異なり肉体を持っておらず、必要に応じて「依代」と呼ばれるモノを造りそこに入って活動するらしい。本来の彼女らは魂だけの状態で、精霊の里にいるとのこと。

精霊の里を出て活動するためには依代が必要で、魂だけの状態で居続けると消耗が激しく、二時間もたたず死んでしまうようだ。彼女が言うには地上は瘴気が濃く、精霊の力の根源である魔力に作用して魂を蝕むらしい。

その際の痛みは表現の仕様がないほど凄まじいようだ。つーか、知ってるってことは試したことあるんだねヴァイスさん…


そんなわけで、雷の精霊達が愛して止まなかった虎人の村は失われ、彼女達は必死に世界中を廻り、虎人の生き残りを探した。

微かな手がかりすら見つからず、他の精霊種には諦めろとまで言われて、ここ数年は里の空気が重くて辛かったそうだ。

で、そこに突然「白を纏う者」の強大な魔力の波動が伝わってきて、里が大騒ぎになったそうだ。

つーか、里がどこにあんだか知らないけど、離れた場所からもわかるもんなの?と聞いたら、精霊だからと言われた。

虎人の先祖帰りが生まれ持つ魔力は他の生物のそれとは異なるらしく、彼女らであれば遠く離れていても絶対わかる!と力説されてしまった。鼻息荒いな、ヴァイスさん。

普通の精霊でも魔力を感じとる機能は高いらしいけど、雷の精霊は特に鋭いそうな。

そんでもって雷に乗って移動するから非常識なスピードでここまで来れた、と。


すごいなー、さすが異世界!

って感動したけど、なんかバリーが話の途中から顔面蒼白になって目つきが怪しくなった。しまいには下向いてブツブツ言い出したから、異世界においても非常識なことらしいわ。

こんなことが…とか、ありえねーだろ…とか呟いてるよおっさん。気のせいか、その頭上の髪の毛がぱらぱらと抜けて落ちてってるのが痛々しい。過度なストレスは良くないよ。




ヴァイスの話を信じるなら、一つ良い知らせがある。

それは、故郷の記憶のないクルルが「虎人の村」で生まれた可能性が高いということ。

なんでも、虎人は色々理由があって同一種族が一ヶ所に集まって生活していたらしい。

他の土地で暮らしてる奴は余程の変り者みたいだし、聞いた話だと普通の虎人の外見はかなり獣寄りで、かつ人間ばなれした巨体らしく、いたら噂にならない訳がない、と。ものすごーく目立つ種族みたいだな。

で、それと同時に彼女の話の中には悪い知らせもあった。

そう、虎人の村は壊滅したんだ。建物も皆壊れて、そこに集落があったことがわからないほど…今では一面の野原になってるらしい。

…今の俺は元の世界に戻れるかわからない。でも、自分の生まれた場所に何もなくなっていたら、どうだろう?すごく寂しいし、悲しいと思う。

話を聞いている間、クルルはいつもと変わらない顔をしていた。でも俺はなんだか無性に悲しい気がして、彼の肩によじ登ってその首に頭をすり付けていた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



色々話を聞いたんだが、それで結局ヴァイスがどうしたいのかというと。

「わらわと契約を!そして命令してくれ!虎人の村を滅ぼした輩に死を与えよ、と!さあさあ!!」

「ミャー!ミャーミミャア!!(だめだっつーの!そんなおっかないこと命令させるな!)」

鼻がくっつきそうなほどの至近距離でクルルの手を握り真正面から見つめるヴァイス、笑顔がなんか怖い。言ってることも怖い、だから俺はクルルの肩の上で声を張り上げ拒否の姿勢を見せていた。

だって、村を滅ぼした輩に死を!って、村が襲われたの10年以上前だろ?それに相手がどこの誰かも知らないのにいきなり殺すって。色々ちょっと急すぎる。

本当にヴァイスの言ってる通りだったとしても、まだ子供のクルルにそんな恐ろしい決断を突然迫るのはよろしくない、そう思った。

こいつ一応自称・雷の精霊ってことだし、相手がものすごく強い魔物でも本当に秒で皆殺しにしそうで怖いんだよ。なんとなく、こいつは強い気がする、それも理不尽に。


困惑するクルルは、どうしたらいいか分からない顔をして俺とヴァイスを見比べている。

こういう時は人生経験豊富な大人の出番!商人ならきっとこの世界の常識とかあるはず!

助けを求め、妙に静かなバリーを振り返った。

「…虎人…白虎種、雷の、精霊って…まじか…」

あーだめだ、このおっさんまだ顔が白いし硬直したまんまだ。目線がブレてるし。

「なぜ止める猫殿!!村は、主の仲間達はみな無念の思いで」

「ミギャーーー!!(ストーップ!!)」

あああもう、このデリカシーのない女は!

全生命力をかけるつもりで絶叫すると、やっとこヴァイスが口を閉じた。

俺はぜーはーと体全体で荒く呼吸しつつ、ちらりとクルルの顔を見る。肩に乗ってるから超目の前だ。

心配そうに俺を見つめてから、肩から抱え降ろして胸にだっこしてくれる。うう、逆に心配されてしまった。ちょっと声張ったくらいで体力消耗すごすぎだろ、自分の貧弱さに泣けてくるな。


だっこされて背中を撫でられて、少し呼吸が整ったところで再び口を開いた。ヴァイスに、自分の都合しか考えてないこの女に一言言うために。

「ミー、ミャミャミャアミュー、ミーア、ミー(あのな?こいつは、今まで同族どころか対等な立場の知り合いがいなかったんだよ。最近やっと自由の身になって、自分の意志で動けるようになったばっかりだ。しかも、記憶がほとんどないらしい)」

不機嫌な顔で口をへの字にして押し黙っていたヴァイスが、俺の言葉を聞く内に表情を硬くしていた。念話はどうやら一対一でしか使えないと思われ、クルルは俺の言葉がわからないらしく、きょとんとしている。

「ミャミャミャー、ミュ、ミアーミア。ミャウー、ミー(そこにいきなり、お前の仲間は皆死んだとか、殺されたから仇を取ろうとか。こんな子供相手にそんな…可哀そうだろ?俺が聞いた話じゃ、クルルは虎人って人達に会ったことすらないぜ。実際何があったか知らないけど、お前の都合ばっかじゃなくてこいつの都合もちょっとは考えてやれよ)」

「………」

続く言葉を聞く内に、ヴァイスの顔が苦しそうに歪められ、目尻にじわりと涙がにじんでいた。クルルを見て、何かを考えるように地面を見て、また顔を上げて。しばらくそうして何か悩んでいるようだった。


こいつはきっと、その虎人って連中のことがすごく大切だったんだと思う。

でも、仮にクルルが虎人で…その、白を纏うのだったとしても、こいつにその自覚はない。まして知ってる人達ですらない、なのに種族全体のことをこいつ一人の肩に乗せてあれこれ言うのは、外野の俺から見ても酷だと思う。

せめてこいつが色々考えて、時間をかけて理解し納得することが出来た時に、改めて決断をさせるべきだ。なにより、本当にヴァイスの言ってることが100%全部本当と証明された訳じゃない。

クルル本人に何も記憶がないし、種族を証明できる物も何もないっぽいのだ。もしヴァイスの勘違いであったら、本物の虎人が生き残っていたとして、違う奴を祀り上げておいてそいつらをほったらかしにすることになるぞ。それ絶対悲劇を生むやつだろ。



その後は俺はあんまり言えることもなく、でもヴァイスなりに必死で何かを悩み考えていたらしい。

ほどなく様子の落ち着いた彼女が、少し悲しそうに微笑んで「すまなかった。後で、また来ていいか?」と言った時、クルルも俺も自然と頷いて受け入れていた。

頭上で所在無げにふよふよ浮いていた雨雲に向かって歩いて行くヴァイス。すると再び稲妻が轟き、その姿が一瞬で消えていた。そして雲から聞こえる彼女の声。

「では、また。近い内に必ず!」

少し元気がない声ながら、さっきよりは明るい声音に、クルルが心なしかほっとしたように微笑んでいた。俺は手を振れないから、せめて元気にミーと鳴いて見上げ、あっという間に消えていくその姿を見送った。

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