52話 雨雲と話してみる
昨日投稿するはずが、気づいたら寝てました。連休って一瞬で終わってしまいます(笑)
窓の外に蹲り、じっと足下の地面を見る。建物の中では何人もの人が慌てたように言葉を交わし合い、ばたばたと走り回っているのが聞こえてきた。皆とても、とっても焦っているみたい。
―――わたしのせいだ。
ぐっと踏みしめた足の爪先がふるふると震えた、頭の中が真っ白になってるみたいで考えがまとまらない。
早く、声をかけなくちゃ。ごめんなさいって言わなくちゃ。きっとすごく怒られるだろう…でも。
じわりと目尻に涙がにじんできた。
どうして?どうしてあんなことをしちゃったんだろう。
まさか、あんなひどいことになるだなんて。こんなつもりじゃなかった…
「…ヒルダ」
突然名前を呼ばれビクンと体が震えた。
恐る恐る背後の…窓を見る。閉じられていた窓は開いていて、メガネをかけた金髪のエルフがこっちを見ていた。
「…と、とう、さ…うぐっ、ひっく」
「あ~、わかったわい。ほれ泣くな泣くな、落ち着いて、何があったか話すんじゃ」
呆れたような声、ぽんぽんとわたしの頭を撫でる暖かな手の平。どうしていいかわからなくてぐちゃぐちゃだった頭の中が、すーっと凪いでいく感じがした。
大好きな父さん。わたしが、わたしのせいで、いつも忙しい父さんがもっと忙しくなっちゃった。自分のしたことへの後悔でぼろぼろと涙を零し続けながら、わたしは何度もごめんなさい、ごめんなさいと謝り続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えー、と」
『うむ!わらわはヴァイス。主はなんという名だ?』
「え?あ、クルル…」
『ほうほう、主はオスかと思ったがメスであったか』
「ちが、オレは男…」
『なぬ!?では何故そのような名前を…はっ!?そうか、弱く幼い内はメスとして育てるという風習であろう。うむ、では成人した後にオスの名前を授かるのであるな』
「うぇ?ちが、違う、オレは」
『それにしても主は見事な毛並をしておるな!さすが白を纏う者と呼ばれるだけはある。だが肉付きが貧相でいかん、オスたるもの体を鍛え筋肉を育てることこそ最優先。これからはわらわが主の修行を見てやるからな!大船に乗ったつもりで構えているといい。あ、それと…』
オレの頭の少し上辺りをふよふよと漂う黒い雲を見上げながら、必死に会話を試みる。だが雲はどんどんオレの相槌を待ってくれなくなり、一方通行の話は止まらなくなってきた。どうやら、彼女(?)は話をするのが大好きなようだった。
うぅ、聞きたいことがいっぱいあるのに、何も聞き出せない。気分良さそうに話しているのに邪魔をするのも気が咎める。
「なぁクルルよ。ちょっとそいつは置いといて相談しないか?」
雲の話をおろおろしながら聞いていたら、バリーに手招きされ馬車のほうへ移動した。
雲はオレが離れたことに気づいていないのか、さっきの場所でまだ話を続けていた。あれ?なんだ、離れてくれたじゃないか…良かった。視界が明るくなった。
とりあえず一番困っていたことが解決して安心していると、バリーは目をすがめて雲を凝視していた。
「それにしてもなんなんだろうな、あれは。敵意は感じないが…」
言われて振り返る。雲はまだ楽しそうに一人で話し続けていた。
確かに、言われてみれば敵意はないし魔物のようにも思えない。
そういや名前も名乗っていたような…ばいす、といったか?あの自然な話ぶりからすると人間にしか思えない、ちょっと変わってるけど。
「あー、まぁ悪いやつじゃないならいいさ。それより…いい加減騎士団の連中か自警団が来ると思ったんだがなぁ。あんた、馬車の音とか聞こえる?」
ふるふると首を横に振った。特に聞こえない。
騎士団、そういえば村のどこかにいるはずだったっけ。
「あの茸野郎共は思いっきり堂々と飛び出して来たから、村の連中が気づいてない訳がないんだが。今回はお前が助けてくれたからいいようなものの、事件発覚からこんなにかかってちゃあ助かるものも助からないぞ…そもそもなんで作戦開始後にこんな村の近くでオークの集団が出るんだ、全く」
眉間に皺を寄せ、怒ったようにぼやく。さくせん…?なんだろう。
うーん、でもオレやマリー達が音を聞き付けてからそれほど時間がたってる訳でもない。いくら騎士団とはいえ、何かあってから瞬時に出動出来るとは…もしくは、ここの国ではそういうものなのだろうか?騎士団、大変な仕事みたいだ。
ふいに胸元がくすぐったくなった。
「ミー」
服の襟元から小さな黒い耳がぴょこんと飛び出す。そろそろと顔を半分だけ出して怖々と辺りをうかがい、それからやっと顎まで出て来た。ふわふわの毛が胸元をくすぐり、むずがゆい。
「どうした、ちび猫。もう落ち着いたか?」
「ミュ」
ジャックに気づいたバリーが少し中腰になって、金色の瞳と目線を合わせた。元気な鳴き声を聞き目元を緩ませる。
「話を聞いても信じられなかったが、お前魔物なんだってなぁ。早く大きくならないと、そのサイズじゃ猫にしか見えないぞ」
「ミーイ!」
「ははは、怒ったのか?髭が広がってるぞー」
オレの肩までよじ登ってきたジャックの鼻先をつつきながら、バリーが目尻を下げて笑った。
『って、おいこら主ーーー!!』
あ、雲が一人でしゃべってたことに気づいたらしい。
すごいスピードでモコモコと変形しながらオレの頭上まで移動してくる。
あぁ、またオレの上に。やっと離れてくれたと思ったのに。
『ひ、酷いじゃないか!あれではわらわ、一人でしゃべってる怪しい奴だぞっ!』
「ご、ごめん」
『ぬぬぬどこを見て謝ってるのだ主!わらわの顔はそこじゃない!』
えー?
か、顔?顔って、どこに…
必死に目を凝らして雲を観察するが、やはりわからない。顔も、手も足もないように見える。
困っていたら、バリーが口を開いた。
「あー、ちょっといいか。結局そちらさんはなんなんだ?」
ピカピカ光りながら激しくモコモコしていた雲がピタリと止まる。
『み、見てわからんか?』
「わからん」
はっきりと返答するバリー、オレもわからないから一緒に頷いておく。
オレ達の返事を聞いて、頭上の雲は一瞬震えたようだ。だが、すぐまたモコモコと変形を始めて、ゆっくりと地面まで降りてきた。
『そうか、この姿ではわからないのも無理はない。ちょっと待て…ゴニョゴニョゴニョ、えい!』
ピカッ!ドドドーン!!
突然目の前に極太の稲光が走り、地面に直撃する。地面が揺れるほどの衝撃に慌てて肩の上のジャックを片手で支えた。その直後、なぜか真っ白な煙が巻き起こり、周囲を埋め尽くした。
つ、冷たい…これは、霧?
「べくしっ!」
ジャックがくしゃみをした、慌てて肩の上から服の中へと移動させる。さっきの雷で驚いたのもあり、全身の毛がもこもこに逆立って震えていた。
「な、なんだ、目が痛ぇ」
眩しさからか両腕で顔を庇っていたバリーが瞼を擦りながら、濃い霧の向こうに顔を向ける。
オレもなんだか心配になって、さっきの変な雲を探した。う、目がチカチカするな。
霧はさっきと変わらずそこにいた、しかし、その真下に人影が見える。その足元の地面は、雲の影になっていた時より真っ黒に変わっている。この臭い…炭になってる?
「よし!これならわかるだろう。改めてよろしく、主!」
さっきの雲の声より聞き取りやすい、でもよく似た人間の女の声。元気よく宣言しこちらをまっすぐ見つめていたのは、一人の女性だった。
艶のある紫色の短い髪に、すらりとした体。背はオレよりずっと高く、よく見たら耳が長く尖っている。不思議な服を纏って、ずいぶん肌を出している…どこか違う大陸の衣装なのかもしれない。
バリーがあんぐりと口を開けたまま、オレの肩を叩いた。うん、オレも驚いてる。
雲の下から離れ、オレの目の前に立った女性は訝しげにこっちを眺めると、少し不安げな表情になった。くっきりとした眉が下がり、凛々しかった顔に少し幼い雰囲気が漂う。
あ、そうだった。あの雲が何なのかを聞かれたんだったか。雲…あれ、雲はある、だがさっきの声はこの女性が…あれ?雲の中から出てきた、のかな。
とりあえずその姿を観察してみる。人間そっくりな姿に尖った耳といえば、エルフしか思いつかない。
「えっと、お前、ばいす?は、エルフか」
「エルフではないぞ。んん、そういえば他の連中はどこにいるんだ?まだ子供の白を纏う者がニンゲン一人を共に集落の外に出るなど、危険ではないのか」
…他の、連中?集落?なにやら訳がわからない事を言い出した。
ばいすはどうやらオレのことを「白を纏う者」という人物と間違えているらしいな。
「ばいす、オレは白をま」
「よく見たらお前、武器も持っていないしずいぶん弱そうだな。なんでお前みたいなのが護衛を務めてるんだ?魔力もろくに感じられないし、見るからに戦力外じゃないか。他の連中がいないことといい、まさか白を纏う者をそそのかして拐かそうとする悪人ではあるまいな?もしそうであったら容赦せんぞ」
バチィッ!
「うわっ!?な、なんのことだ!俺はただの商人で護衛なんかじゃないぞ!」
オレ達の前の地面に向かって稲光が走る。顔を青くしたバリーが慌ててたたらを踏み、オレの背後へ隠れた。
今の小さな雷、やっぱりこれは彼女が魔法で作ってるんだろうか。雷を操る魔法なんておとぎ話でしか聞いたことがない気がするけど、使える人がいるんだなぁ。
そんなことを考えつつ、怖い目でオレの背後を睨むばいすとバリーを見比べる。慌てて両手を広げて背中に貼りつくバリーを庇った。
とりあえず、今は彼女の誤解を解かないと。
「き、聞いてくればいす、オレは白を纏う者じゃな」
「主が庇うということは仲間であったのか、疑ってすまぬ。だが、うぬぬ、やはり探知しても他の連中が一人も感じ取れない…主、なぜ集落ではない場所に一人でいるのだ?そもそも新しい集落が出来たのなら、何故我らを呼び出してくれんかったのだ?」
「いや、だから」
「他の…虎人の奴らはどこにいる?我らも心配したのだぞ、他の精霊共め、虎人は絶滅したとかホラを吹くものだから危うく信じるところだったわ。だが白を纏う者がいるということは、無事復興したのであろう?人数はどのくらい増えたのだ?前の集落とは違う場所に作ったのか?」
ううう、怒涛のように話し続けられて口を挟めない。どう言えば聞いてもらえるのかわからず固まってしまう。
「ミー!」
言葉を探して口を開けたところで、急にオレの服の襟元からジャックが顔を出し、大きくひと声鳴いた。どうしたんだろう。
「ん?んんん?」
「ミューミュ…ミ?」
「おお、わかるぞ。わらわは優秀だからな!念話が使えるのだ」
「ミャー!!」
「ジャック、落ちる、危ないぞ」
オレの服からまっすぐ前に飛び出そうとして落下する子猫を、片手で受け止めた。
ジャックは一体どうしたんだろう?もちゃもちゃと動いて、ばいすのほうへ行こうとしているみたいだ。
バリーが訝しげにジャックを眺めながら、ばいすのほうを窺い、それからオレの顔を見て眉間に皺を寄せる。だが、口だけ動かして"大丈夫だろ"と言った。
オレは少し悩んだが、もがくジャックをばいすのほうへ差し出した。
「ミャ、ミャミャミュー、ミーア」
「ふむ」
「ミャミャミャー、ミャン!ミー」
「ほうほう」
オレの手のひらの上でミーミー鳴く子猫と向き合い何度も頷くばいすを、唖然と見守る。
な、なんだか会話しているように思えるが。
「…さっき念話っつったよな?念話ってのは、頭に直接話しかける魔法だ。言葉の話せない相手や異なる言語を使う相手と対話したい時に使う、って聞いたことがある」
バリーの呟きを聞いて驚いた、それはすごいな。それが使えたらオレもジャックと話ができるのか?いいなぁ、魔法か。オレにもそんな魔法が使えたら。
一瞬自分が魔法を使えたなら、と想像してしまった。が、慌てて馬鹿な考えを振り払いバリーのほうを見ると、何故か彼の顔が赤かった。
じっと、真剣な目でばいすを見ている。確かさっきまでは片方の頬だけが赤かったはずだが。
「はぁー…それにしてもいい女だなぁ」
「いい、おんな?」
確か、盗賊達が若い女性にたまに言っていた言葉だ。ばいすは、いいおんな、なんだな。
「いいねぇー。俺はボンキュッボンの女が好みだったんだが、ああいう中性的な女ってのもそそられるもんだなー」
ぼんきゅ?よくわからないが、バリーは顎に手をあててしげしげとばいすを眺めた。すごく嬉しそうな顔だ。
「そういやあ、さっき虎人がどうとか言ってなかったか?虎人といえば皆見上げるような大男らしいし、あの女はお前と誰かを間違えてるっぽいな」
…どこか納得できない気持ちになったが、間違ってはいないので頷いた。オレはでかくない、と遠回しに言われた気が。でかくはない、でかくはないけども。釈然としない。
だが確かに、オレは彼女に初めて会うし、白を纏う者って名前でもないから。でもそれを彼女にまだ言えていないのだ。
ジャックと話をしているばいすに聞こえないよう、隣のバリーに小声でお願いしてみる。
「ば、バリー…から、言ってくれ、ないか?」
「………」
オレは話すのが下手だから、そうしてもらえると助かる。
引き受けてくれるか不安だったが、意外にもバリーは任せろ!という顔をして自分の胸をどんと叩き頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大きな手のひらの上で足を踏ん張り、精一杯上を見上げて目線を合わせようと努力する。
くっ、足がすべる。俺の貧相な足ではやはり長時間立っていることは難しいようだ、諦めて手のひらの上で腹這いになった。ふう、疲れた。
「ミャー、ミャンミャミャ、ミュー!(そんで、俺はクルルに助けてもらったんだ)」
「ほー!さすが主、オークなど一捻りだな!」
「ミャミャミー(倒すとこ、見たかったー)」
「わらわも、主の雄姿を見たかったぞ」
うおお、俺の言葉が通じてるー!会話できてるー!!
感動に瞳を輝かせながら、つい夢中になって話し込んでいた。だってこっちの世界に来てから猫以外と話してなかったんだぞ、コミュニケーションが取れるなんて嬉しいに決まってる。
クルルに拾われて村へ来たこと、変な奴等に誘拐されたと思ったらオークが出て来て、そこへクルルが助けに来てくれたこと。
俺の下手くそな説明を、目の前の美女…ヴァイスは最後まで聞いてくれた。
こいつ、人の話を聞かない奴かと思ったら、念話っていうので会話する時はちゃんと聞いてくれるみたいだ。面白いなこの魔法!
念話っつーのは頭の中に直接声が聞こえてくるものらしい、それならちゃんと聞こえるってことは、もしかして彼女は耳がちょっと遠いのかもしれない。
「…む?オーク?」
ん、なんか変な顔になったぞ、ヴァイスの様子がおかしい。
「お、オークに襲われて?で、もうすでに倒した、のだな?では、わらわが力をふるうべき敵というのは」
「ミュー?ミャン、ミャミー(なんのことか分からんけど、襲ってきたオークはそこに積んであるので全部みたいだぞ)」
俺の答えを聞いた瞬間、口を大きく開き驚愕の表情を浮かべるヴァイス。美人が台無しだ、すげぇ顔。
つーかこいつ、そういや結局何者なわけ?
クルルの知り合いっぽいこと言ってた気がするけど、当の本人は知らないみたいだし。悪い奴じゃないっぽいからつい色々話しかけちゃったけど、俺達のこと聞かせても良かったのかな?
「そ、そんな…!せっかくわらわを呼んでくれたというのに!100年ぶりだったのに!!」
な、なんか地面に両手と膝をついてうなだれて、ブツブツ言い始めたぞ。どうしたー?
俺を手に載せていたクルルと、隣で様子を見ていたバリーも驚いたらしい。ちょっと心配そうというか、気の毒そうな雰囲気が漂い始めた。




