47話 初めての薪割りと、とある冒険者パーティーのお昼ご飯
今回、残酷な描写があるので苦手な方はご注意下さい。
「ほれ」
「あ、ありが、とう」
ぽいっと放り投げられた布の包みを慌てて受けとる。隣を見れば、すでにマリオは包みを開いて大きなパンにかぶりついていた。
恐る恐る自分の手元の包みを開き、中身を確認する。
「………」
マリオが食べている物を確認し、見比べる。同じやつだ。で、でかい。
オレの両手と同じくらいの大きさの丸く分厚いパンに切り込みが入れてあって、間に焼いた肉と葉が挟まっている。おいしそうだ、匂いもいい。だが、やはりでかい。
果たして食べきれるだろうか?
不安になりながらひとまず一口かじりついた。うん、おいしい。
二口目をもぐもぐと咀嚼していたら視界の端で何かが動く。見れば隣の青年が布の包みをくしゃくしゃと丸めてポケットにしまっているところだった。思わず二度見する。
「ん?なんだ、お前って獣人だよな…俺より食うの遅い奴なんて珍しいぜ。まぁいいけどさ」
口許をごしごしと拭ったマリオが立ちあがり、丸太が積んであるほうへ歩き出した。隅に立て掛けてあった手斧の柄を握る。
「それ食ったら帰れよ、ここ一応壁の外だかんな。なーに心配いらねぇ、村長の娘さんは案外単純だ。今は片思いでも、折を見てくどいてきゃうまくいくさ。ロドリックの坊ちゃんあたりに何言われたんだか知らねーけど、お前なら大丈夫だろ」
…?
村長の娘?ロドリック?一体何の話だろう、マリオは俺に話しかけてる、んだよな?
話の意味がわからずにいたが、とりあえず今はこのパンを食べ終えなければ。
食堂の女将さんに、たくさん食べていれば体も大きくなると聞いた。せめて年相応の背丈になりたい。
ライアットに年を聞かれて15と伝えた時の顔が忘れられないのだ。
村に来てからなんとなく気づいていたが、獣人というのはたいがい普通の人間より体が大きい。獣人の中では小柄であるらしい猫人でも、この年でこの体格は…と言われてしまったのだ。
兎人という、大人になっても子供のように小さい種族もいるにはいる、でもオレは兎人ではない。
見た目の特徴からオレはほぼ間違いなく猫人だという。ならば、せめて身長だけでもなんとかしなければ。15歳…は、成人する年齢のはずだ、この国はもしかしたら違うかもしれないが…
真下を見下ろしアバラが浮いた己の身体を思った後、わりと必死な思いで手の中のパンを食べ進めた。
カァーンッ!
「ふぅー、まだまだあるなあ…」
慣れた手つきで薪を割り始めたマリオだったが、腰が痛むらしく何度も手を止めてはさすっている。
よくよく見て気づいたが、袖をまくりあげた腕には包帯が巻いてあり、なんだか体のあちこちから薬の匂いが漂っているようだ。汗の匂いと混ざってちょっと鼻にくる。
そうか、彼は怪我をしているのか。薪割りは案外全身を使う作業だし、辛そうだ。
…あ、そうだ。こういう時は手伝ったほうがいい、はず。
薪割りだったら、盗賊達といた時いつもやっていたからけっこう得意だし、昼御飯を分けてもらったお礼になるかもしれない。
決意するも、口の中いっぱいに詰まったパンを先に飲み込むべく、オレは一生懸命もぐもぐしていた。
なんとかパンを全部食べ終わったオレは、薪割りを手伝いたいと言ってみた。迷惑だったらどうしようと思っていたが、マリオは一瞬驚いた顔をしてから笑って、頼むと言いながら斧を渡してきた。
…おの。
手に持ったそれをじっと見つめる。
ど、どうしよう、触ったことがない。
これ、どう使うんだ?いつもはそのまま割ってたから…マリオはさっきこれをどう使ってたっけ?
斧を手にしたまま動けずにいたら、丸太に座って腰をさすっていたマリオに声をかけられた。
「どうした、もしかしてそういう形の斧は見たことないか?」
う、見たことはある、けど。
なんと言ったものか分からず、斧とマリオの顔を見比べてしまう。
「ははっ、待ってろ今お手本見せてやるから」
よろめきながらも戻ってきたマリオは、斧の握り方と構え方、どう下ろせば薪がきれいに割れるかを丁寧に教えてくれた。
「斧を下ろす時は力み過ぎないようにな。斧の重さだけでそのまままっすぐ、ストンと降り下ろすんだぞ。手からすっぽ抜けないよう、しっかり掴むのも忘れないこと」
「わ、わかった」
うう、道具を使って薪を割るのは生まれて始めてだ。なんだか緊張する。
今聞いた通りに、切り株に丸太をそろそろと載せて、一歩後ろへ下がる。
えっと、足を前後に開いて、いや肩幅に開いて?えーっと、それから斧をしっかり握って、まっすぐ上に上げて。
頭の上まで持ち上げた斧を、力を入れすぎないようにそっと降り下ろす。
が、そこで想定外の事態が起きた。手から柄がすり抜けそうになったのだ。まずい。
そのまま降り下ろしながら慌てて柄を掴み直す。あ、ちょっと力が入って…
ズガァーーーン!!!
「うわっ!?」
「…あ」
視界の左右に飛んでいく、真っ二つに割れた薪。というか、その下にあった切株の根本まで亀裂が入ってしまった。
しまった、薪割りのためのモノなのに台無しだ。
これは怒られる…そう思った瞬間、自分の手元を見て固まった。顔から血の気が引いていく音がする。
右手の中には、先がひび割れ砕けた柄だけが残っていた。斧を斧たらしめる部分がない。
改めて切株を見る。オレの不審な動きに気づいたマリオも、同じく切株に目をやった。
「…ご、ごめん、なさい」
自分の耳がぺしょんと下がったのがわかる。切株の根本というか地面に深く沈みこんだそれを確認した後、オレは恐る恐る謝罪を口にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暗闇に小さな灯りがともる。
何日も闇しか見ていない目が暖かな光を捉え、しかし霞がかった景色しか映すことができなかった。もう、視力も失われかけているのだろう。
ゆらぐ光をぼんやりと眺めていたが、しだいに意識がはっきりしてくると自分の置かれた状況を思い出した。
あぁ、またか…
諦めと絶望にただ項垂れていると、重々しい足音が近づいてくる。
たっぷり時間をかけて私の前まで歩いて来たそれは、今の私には黒い影にしか見えなかったが、その顔が愉悦に歪んでいることはだいたい想像がつく。
「ブゴッ、ブヒヒヒヒ…」
薄気味の悪い下品な笑い声をあげると、そいつは無造作に武器を持つ腕を振るった。
私の腿の真ん中辺りに衝撃が走り、嫌な音が響く。
そいつは一息に切り払えず、途中で引っ掛かった武器を何度もギコギコと動かして苦戦しているようだ。このまま刃が折れてしまえばいいのに。
数分後、昨日生えたばかりの私の足が根本から切り落とされた。
元から痛覚など備わってはいない、だがやはり気持ちの悪い感覚が一瞬体を駆け抜ける。それが過ぎ去った後で襲ってくる、強烈な喪失感。
…自分が憎しみに染まるたび、心が失われていくのがわかる。
この体の中に私という魂はどれほど残っているのだろうか。
今ここにいる私は、この世に生まれてきた時の私とは別のイキモノになってしまったのではないか?現に体は日毎に変容し、歪に膨れ上がってきている。
松明の灯りの下で、切り落とした私の足を手にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる醜悪な生き物を、無表情に見上げた。
体が、重い。
苦しい、悔しい、悲しい…こんなことを考えても無駄だと分かってる、願うだけ虚しさが増す。でももし、この苦しみから逃れられるというのなら。
誰か、私を殺して。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はいよ、おまちどおさま!」
「お、おおっ…!?」
目の前にドンと置かれた大きな皿を見て、思わず感嘆の声がもれた。他の連中も目を輝かせて、次々に並べられる料理を凝視している。
これはすごい、匂いを嗅いだだけでもうおいしいということが分かる。肉自体もけっこういい物を使っている上に、この刺激的な香り。おそらく塩以外の香辛料をたっぷり使っているのだろう、胡椒で焼いた肉なんて久しぶりだ。
庶民の口に入る調味料といえば塩か、香草(という名前の野草)くらいが関の山。豊かなこの国にあっても胡椒はまだまだ高級品なのである。
先払いしたこの料理の代金は、おそらく女将が間違ったのだろう…ちょっと良心が咎めるが、このくらいなら女神様も怒るまい。先を急いでいた俺達に声をかけて店内に引っ張り込んだのは彼女だしな。
うーむ。鼻で存分に深呼吸をして、幸せに浸る。
これほどの料理だと知っていたら、肉巻きは一人一皿頼んでいたのに。内心恨めしい気持ちで、しかし顔は押さえきれない喜びに染まったまま、俺は手早く人数分の皿に肉を取り分けていった。
それを見てはっと我に帰った他の奴等も、慌ててフォークを取り熱々の煮物や具だくさんのスープ、カラフルなピクルスを手分けして均等に分けていく。瞬く間に彩りの良い定食が完成していった。
「よっしゃ食うぞ!」
「おう!」
「食前の祈りは?ま、いっか」
「そうだそうだ、冷める前に食うべきだ」
言うが早いか猛烈な勢いで料理を平らげていく俺達を見て、カウンターの中の女将が笑った気がした。
俺たちのパーティーの全うは「平等」。
喧嘩禁止、相手を下に見て威張る事や騙すような事も禁止。全員協力しあって各々の全力で戦うことと引き換えに、報酬等は差をつけない。もちろん、飯も(酒も)。
冒険者パーティーというのは、そのルールもそれぞれで異なる。
よく聞く冒険者パーティー内のルールといえば、活躍した者とそれ以外で報酬の振り分けを変えるといったものが多い。
ま、確かにそれが妥当だろう。しかしそれは、きちんと評価できている前提の話である。
活躍したかそうでないか判断するのは、だいたいにおいてパーティーのリーダーの胸先三寸だ。
実を言うと俺達は全員、元々は違うパーティーに在籍していた。
しかしまぁなんというかそれぞれそこでの折り合いが悪く、パーティーを離脱して酒場でくだを巻いていたところで会って意気投合し、そのまま一晩飲み明かして。
朝になる頃にはもうパーティーを組む話が決定していた。酒の勢いってすごい。
酒で失敗した経験は片手じゃ足りないくらいだが、あの日の酒は楽しかった。飲み過ぎて2,3日はまっすぐ歩けなかったけどな。
あっという間にすべての料理を完食し、エールをお代わりする仲間達を眺めて感慨にふける。
俺もこいつらも、なんていうかちょっと不器用なのだ。
以前いたパーティーでは全くといっていいほど目立たず、普段失敗なんかしないのにここぞという時に平凡なミスをして悪い意味で目立ってしまったり、ダメな奴扱いされがちだった。
だが、そんなダメな奴が4人集まったこのパーティー。
これが活動し始めてみると中々評価が高い。最近はギルドでも指名依頼がけっこう入る、ちょっとしたものだ。階級も堂々たるCランク、自慢できるレベルである。
だが…ここ数日はちょっと、なぁ。
きっかけは、あの新人をパーティーに加入させてからだろう。
書いてみたら長すぎたので二つに分けました、これからもう一つ更新します(汗)




