45話 村の猫達との交流、至福の時間
猫の名前は適当です。センスがないのが悔やまれる。
お日様を浴びながら、やや乾いた風に葉を揺らす木々。
あたり一面に生い茂っている草は柔らかく、足の短い俺でも埋まらずにすむくらい背が低く歩きやすい。たまに長ーい草もあるけど、数は少なく視界を妨げるほどではない。視点が低い生き物でも苦労をせず辺りを見渡すことのできる、小動物に優しい広場。ほどよい木漏れ日がいい感じだ。
俺は、イケメン猫のクロブチさんと白猫のマロンさんに連れられて、ボスを初めとした村の猫一同と顔合わせをさせてもらった。
つってもまだ歩けないので、首根っこをくわえられて皆のとこへ持ってかれただけだが。
生まれて始めて首の後ろで持ち上げられたんだが、不思議と面白い感覚だった。最初は刺さるんじゃないの!?って怖かったけど、俺の首の皮すげぇ伸びる、猫ってすごい。
しかしあれはなんだろう、力が抜けるというか、足を四本プラーンと下げてぶらぶらしてると落ち着くというか。うん、人間だったら味わえない感覚かも。ゲーセンのUFOキャッチャーの景品の気持ちがわかったぜ。
広場にいる猫は思ったより数が多かった、でもまだ他に倍以上いるとのこと。皆その日その時の気分で村中に散らばってるらしい、自由な奴らだ。
皆俺を見ると声を揃えて歓迎してくれて、まるで親戚の集まりに紛れたちびっこの気分。
しかし残念、やっぱり俺は猫としてもまだ子供すぎるらしく猫語がしゃべれないようだ。こっちは向こうの言ってる内容を理解できるというのに、もどかしいもんだ。まーそれ言ったら人間語もそうだけどさ。
これはいよいよ、筆談…いや字がわからないから、一番の近道は絵を描いて説明することかな?絵心には自信がないんだけど。
学生時代の美術の成績を思い出して軽く落ち込みながら、代わる代わる色んな猫に頭を舐められる俺だった。
で、それから十分後。なんというか、俺は精根尽き果ててへばっていたりする。
『あしょぼー!』
『ちいちゃいのー!』
『おっかけっこー!』
『あちょぼー!』
『ぷろれしゅしよー!』
『あんた達ちょっと向こうで遊んでらっしゃい!ちびちゃんが潰れてるじゃないのっ』
元気いっぱいの子猫軍団に群がられて下敷きになっていた俺を、母猫のマロンが慌ててくわえて引っ張り出した。だが子猫達はなおも玩具にじゃれるように俺にしがみついたりかじったり、叩いたりしようとしている。
そこにクロブチが木の枝をくわえてきてぽーいと投げると、子猫達は一斉にそれを追って駆け出していった。まるで犬みたいだな。
マロンにぶら下げられてだらーんとしている俺を、クロブチが心配そうに眺めていた。
あ、ありがとうクロブチ…兄貴と呼ばせてくれ。
ちなみに他の大勢の猫達は、子猫達を止めると今度は自分がまとわりつかれるのがわかるらしく、微妙に距離をとって見守っていた。寝てるふりしてたけど俺にはわかる、耳とか動いてるし!
薄情な奴らめ。あ、でも輪の端のほうで寝てる猫は、しっぽで子猫をじゃらしてるな。あー、かじられた…うわ、子猫軍団によじ登られてる。おおう、髭引っ張られて頭突きされて…
なるほど、確かにありゃ相手するのは勇気がいるな。
ぼさぼさになってしまった己の毛並みを見ながら納得した。
そうだ、こんな時にこそ囮にマタタビを…あ。
先程のマタタビの小枝はというと、離れた所でばらばらの木っ端へと変身していた。
それにしてもあの子猫達、まぁたしかに「子」猫なんだけども。みんな俺より一回り以上大きいんだよね。それが全力で突進してくるもんだから、俺は吹き飛ばされたり踏み潰されたり。
っていうか、それってことは今の俺もしかしてネズミくらいの大きさ?重さもないみたいで、強い風が吹くとよろけるし…
それに、何気にあっちの子猫達のが妙に可愛いんだよ。耳が大きくてシルエットもはっきりしてて、目も大きい、足も毛が長くてふわふわで。
対して俺は…なんか比較すると全体的にしょぼい。耳ちっさい、足ひょろい、しっぽ短くて腹だけぽっこりーの。うん…猫っつーかネズミっぽいな、やっぱ。
う、うーむ。これは一刻も早くレベルを上げて少しでも大きくならないと。
レベル上げという言葉から連想してしまった、こっちの世界で今まで戦ったスライムにバッタを思い出し軽く鬱になる。
しかしバッタの時は死にかけたのに、その後教会の小悪魔達にいじめられ、子猫達には踏んづけられて。このしょぼい体でよく無事だな俺…
あ、そういやあの変な女、ウロが言ってた「加護を与える」ってやつ、もしかしてアレのお陰で怪我しないですんでたりするのかな?
うーん。ウロ…なんか自分のこと「女神の代理」って軽く言ってたけど、あいつの話ってどこまでが本当なんだろう。あれ全部本当だったら、あいつ神様だってことだよな。
たしかに俺たちを瞬間移動させたり、俺の記憶の中を見てたり、ものすごい魔法を使ってはいたけど。でも神様があんな奴だって考えるとなんとなく嫌だなぁ。
もうちょっとこう、でも異世界だしねー、あんなもんなのか?むぅ。
ま、とりあえず今俺は生きてる。もしもこれがウロの加護とやらのおかげだとしたら、次会った時お礼を言っておかないとな。
そんなことを考えつつ雑草の生えた地面で茫然とつぶれていたら、その後頭部を何かが撫でてる。
あ、クロブチの前足か。意外とソフトタッチ、さすがイケメン猫。
『大丈夫かボウズ。おい、これ生きてるんだよな?』
『だーいじょうぶよ、子猫っていうのは案外丈夫なものなの。まぁ、ちょっと疲れちゃったかしらね。おちびちゃん、お腹すいてない?おっぱい飲む?』
…へ?
咄嗟に顔を上げると、つぶれてる俺の傍らに白い猫がよっこいせと横になって、ふわふわの腹で包み込んできた。
そのお腹から、なんか食欲を刺激するような甘い香りがほんのりと…って、いやいやいや、確かにヤギのおっぱいは飲んでたけどさ!こうして会話できる相手の…って、さすがになんか照れますから!
誘惑に負けまいと頭をぶんぶん振って、ふわふわの毛並に埋もれたおっぱいから目を逸らす。
だが、悲しいかな今の俺は子猫。心とは裏腹に体は正直者なのだった。甘い香りに誘われて、ふらふらと白い桃源郷へと近寄っていく。
『いっぱいお飲み、ママのとこへ帰るまではおばちゃんが面倒見てあげますからね』
その優しい声がとどめだった。か、かーちゃーん!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『しかし、教会に居座っとるあの化け物は一体なんなんじゃ?行動を見ている限りは、普通の人間と変わらないようだがのー』
『ですね、それに心なしか初めより血の臭いが少し薄らいだような…』
『いや皆騙されるな!あの恐ろしい臭いは少なくとも真面な奴じゃない、いったい何匹の魔獣を殺したというのか…きっと今にも本性を現すぞ』
『そうだ、魔獣を一匹二匹殺したぐらいじゃあんなおぞましい死臭はつかない!きっと村の人間達は騙されてるんだ、誰かが襲われる前に教えてやるべきだ!』
『ええ、でもー、魔獣が主食なだけでー、それ以外の生き物には無害なヒトかもしれないよー?』
『おちびちゃんのことすごく大切に扱ってたわ。私が見た感じでは心根の優しい普通のヒトに思えるけど』
『うーむ、どうしたものかのー』
隣ではオトナの猫達が何やらわいのわいの揉めているようだ。
だが俺はそんなの気にすることもなく、ひたすら夢中でお乳を飲んでいた。
げしっ。
うぐ、また蹴られた。でも負けない、死んでもここの場所は譲らんぞ。
全身を使って、そこを追いやられないようにしがみつく。
もふっ。
…こ、今度は上に乗られた、重い。でもでも我慢する、だって幸せなんだもん。
自分より大きな子猫達と戦いながら、夢中でちゅっちゅっとおっぱいを飲み続ける。
『はははっ、ちょっと皆こっち見てみろ。こんな小さいのにガッツのある奴だ』
『まあー。その内蹴り出されちゃうんじゃないかって心配してたけどー、大丈夫そうねー』
『よほど腹が減ってたんだろう、可哀想に。たくさん飲んで大きくなれよ』
なんか、後ろのほうで応援されてる気がするけどそれ所じゃない。
甘ーい うまーい しあわせー……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
寝そべった白猫の腹で寄り重なり眠る子猫達を眺めながら、クロブチは自分の目尻が下がっているのに気づいた。
いいな。きっとこういうのが、幸せというんだろう。
今でこそ健康そのものの俺だが、この村に連れて来られた当初は、全身が痛んで動くことすらできなかった。
生まれてからずっと人間の愛玩用として生きてきた自分に商品としての価値がなくなり、てっきり森にでも捨てられるのだと思っていた。屋敷から一歩も出されず紐に繋がれてきたこともあり、これまでの自分の生涯が虚しくて、人間の身勝手さに憎しみすら覚えていたものだが…
視線を少し遠くにやると、木の後ろにさっきの人間達がまだいた。
たまに見かける毛の長い奴と、ソンチョウの娘、あと…小柄で毛の短い、危険人物の三人。あ、でも危険人物はマタタビとかいういい匂いの木を持ってきてくれたんだっけ。うん、あれはもう危険じゃない、いい人間だ。
彼女らはヒソヒソと小声で話しながら、しきりにこっちを見てはニマニマと笑っている。
なんだか知らんが俺達は、よくこうした視線に晒される。昔はじろじろ見られると薄く不快だったものだが、最近はああいう目で見られても平気になってきた。自分の変化を不思議だと思う。
この村の人間達は変わり者なのだ。
基本的に昼間は俺達を家に閉じ込めることはせず、好きなようにさせてくれる。紐で繋がれて一つの部屋から出られないというような仲間は、ここには一匹もいない。
魔物の類いからも守ってくれて、餌も寝床も用意してくれる。なのに、外へ出るなだの芸をしろだのとは誰も言わない。
何より大きいのは、この村のキョウカイにいるシンプと呼ばれる男の存在だ。
あの男は、村に連れて来られた俺達の怪我や病気をたちどころに治してくれた。
今村にいる仲間達は、俺を含めて皆元々は人間の愛玩用だった。ここへ来てから知ったのだが、キゾクとかいう種類の奴らは、この村にいるような普通の人間とは異なる生き物らしい。
俺達をペットとして飼っていたのは、キゾク。
奴らは俺達を人形か置物のように扱い、怪我をしたり年をとって見た目が悪くなると途端に本性を現し、迷いもなく殺したり捨てたりする。俺と一緒に飼われていた仲間の一匹も、キゾクの子供が戯れに窓から投げたせいで池に落ちて死んでしまったのだ。
そんな環境で俺は運の良いことに、怪我も病気もせずオトナになることができた。だが、ある日屋敷でぼや騒ぎが起きて…年若い仲間が逃げ遅れて、助けに行った俺も全身に火傷を負ってしまった。
その時の火傷はそうとう重く…体のあちこちが黒く煤けて、毛もほとんどが失われて。目も鼻もおかしくなってしまい喉もただれて呼吸もおぼつかなく、意識も朦朧としていた。
もうだめだ。俺もすぐに処分される、そう投げやりな気分でいたところに、この村へ連れて来られたんだ。
あの日から俺の生活は一変した。
怪我を癒され呆然としていた数日の間に、村中の猫達が俺に会いに来て励ましてくれたっけ。懐かしい、そこで始めてマロンと会ったんだよな。
ふと、目の前を葉が一枚飛んでいった。ひらひらと風に舞い、広場の真ん中を通りすぎていく。
その葉の向こうで、白く柔らかな毛並みを揺らしながら、マロンは愛おしそうに子猫達を舐めてやっていた。熟睡中の子猫は起きる気配こそないものの、気持ちいいのだろうかくすぐったそうに笑い喉を鳴らしている。
ふと、白っぽい毛色の多い子猫達の中で、一匹だけ真っ黒な子猫に目が止まった。
数日前に村へ連れて来られた新顔だが、あの坊主もやはりどこかに怪我をしていたのだろう。人間のように服を着せられていることからも、皆はそれを察している。まぁもっとも、教会にいるならもう治療は済んでいるだろうな。
この坊主を連れていたのは、これまで村で見たことのないヒト。ぱっと見は普通の獣人だった。
他の皆の意見をまとめると害はないだろうということだったが、俺個人の意見としてはやはり恐ろしいと思う。これは本能的なものだ、あんな悍ましい臭いをまとった生き物がマトモであるはずがないだろう。
…ん?そういや、改めて考えてみると臭い以外は特に恐ろしくないな。
殺気も威圧感もなく、餓えた目つきもしていないし。まぁ確かに少々変わった毛色をしてはいるが、皆が恐ろしくはないというのなら本当に安全なのかもしれん。
俺達が、たった一人とはいえ村の人間を怖がっているというのはまずい。せっかく良い関係でいるのだから、この距離感を壊したくはない。
俺達猫っていう生き物は、小さいながら機敏で爪も鋭い。でもこの村を囲む塀の外では生きてはいけないだろう。魔物や魔獣がうろうろしてる森で生活することになるのだけは御免こうむりたいものだ。
さて、現在俺とマロンには五匹の子供がいる。今更一匹増えたところで育児の苦労は大差あるまい、さっそく寝床を提供してくれている人間に挨拶に行かねば。
今回の手土産は何にするか…ネズミはこの間渡したしなぁ。ここは一つ頑張ってヘビでも探してくるとしようか。この時期ならよく肥えてて旨いだろうし。
村の人間達と円満に暮らしていくため、嫁と子を守るためにも、大黒柱の俺が頑張らないと。
善は急げだ、体を起こした俺は意気揚々と村の端の炭焼き小屋のほうへ向かうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マロンに毛繕いをされ、その勢いで熟睡したままころころと転がされる子猫達を見るともなしに眺めながら、猫たちは皆満ち足りた気分で各々好きな場所に寝そべっていた。
その広場と木々を挟んで反対側。
昼下がりの平和な時間、広場がよく見える並木に添って敷き詰められた石畳の道を、村の人々がのんびりと行き交っていた。
家に食事をしに戻る者、荷物を担いで足早に通りすぎる者。村で唯一の食堂にも、いつも通りたくさんの人がおしよせている。
この村では、一日三食とるのが一般的である。なので、昼時ともなると通りはけっこうな賑わいがあるのだ。
と、そこへ何やら怯えた様子の男が数人連れだって歩いてきた。
彼らの足取りが於保つかず顔色もあまりにも悪いため、行き交う人々は目を止め、心配そうに見送っている。だが男達はその気遣いの目線にすら怯えを見せ、ふと目があおうものならビクリと体を震わせていた。
(…おい、ウサギの様子がおかしいぞ)
(あぁ、昨日は宿へ行ったきり出てきてないはずだが…宿で何かあったのか?宿のおっさん、大サービスだっつって秘蔵の酒まで出してたのに)
(ヨルンから何も報告はなかったよな?あ、昨夜は教会にいたんだったか…夜の見張りは誰だ)
よろけつつ歩む彼らの背後、かなりの距離をおいて様子を伺っている者達がいた。ヒソヒソと小声でやりとりし、その中の一人が建物の影に走り去っていく。
男達は知らない。自分達が、森の中でも村へ入ってからもずっと一瞬も途絶えることなく見張られ続けているということに。そして見張られている理由も、この村で始めての「普通に訪れた旅人」の安全を確認するためだということを。
だから、彼らは何も悪くない。彼らはただ、偶然この時ここに居合わせただけなのだから。
男達…冒険者パーティー「宵の明星」の面々は、寝不足の体を引きずるように宿を出てから、まっすぐ村を出るつもりでいた。しかし、そこで消耗品の管理をしているクリフが待ったをかける。
「そうだ、薬草類が残り少ないぞ。森を抜けてから次の村まで半日はかかる、ここで仕入れといたほうがいい」
「……そうだな」
「大丈夫だろ、ちょっと薬屋に寄るだけだ。ちゃっちゃと行って、日のある内に次の村に入ろう」
「うーん、確かに薬草がないとなると、もしグレイウルフの群れに出くわしたらまずいかもな」
円陣を組みこそこそと話しながら、油断なく辺りを見回す。
彼らが恐れている存在が追ってくる気配はない。だが、確かにこの村にあれは存在しているのだ、だから彼らは一刻も早く村の外を目指す。
しかし村の外へ出てからザコ魔物にやられてしまっては、何にもならない。自分たちの望みは無事に生きて帰ることなのだから。
まっすぐに村の外を目指していた彼らは、しぶしぶと行き先を変え薬屋に向かった。




