44話 村の猫達と会ってみた
「本当にもうアンタの飼い主は訳わからないわね。用事があるって、どんな理由があって飼い猫を連れていけないのよ?もー…」
ブツブツ言いながら歩くキャシーに抱っこされて、村の中を歩く。
今日もお日様が照って暖かい、いい天気だった。そういえば昨日より空気が乾燥してるかもしれない、こういう時は静電気に気をつけないと。ただでさえ体力ない上に全身毛だらけなのだ、ピリッとしたでは済まないだろう。
忙しなく道を行く人の中には見知った顔もあり、彼らとすれ違うたびにキャシーは笑顔で挨拶をする。が、通りすぎるとすぐまたブーたれた顔になって、俺相手に文句をいい始めるのだ。そんなくるくると表情を変えて、顔の筋肉疲れないのかね?
「うーん、考えてもわかんないわ。ね、ジャックちゃん、あいつこの頃何か悩んでるわよね?なんだと思う?」
「ミュー」
あ、やっぱり?俺もそう思う、でも悩んでる原因はわからない。むしろ教えてほしいくらいだ。
「そう、気になるわよねー。言うだけ言ってくれたら相談に乗れるかもしれないのに、あいつ水臭い」
「ミャミャ」
うんうんと頷いておく。
一人で悩んでいたら解決しないことでも、人に話してみると案外違った見方が出来たりするもんだ。そもそもあのクルルに難しい事が考えられるとは思えない。
うーん、俺に言葉がしゃべれたらなぁ。
なんてことを考えていたら、ふいに体を持ち上げられキャシーの目の高さで止まった。
な、なに?めっちゃこっち見てる。
「…一度やってみたかったのよね」
彼女は妙に興奮しつつ大きな目をしてつぶやきながら、そろーりと自分の右肩に俺を乗せた。
な、なに?俺を乗せたかったの?って、うわバランス悪う!
彼女の肩は薄くて厚みがない、しかもちょっとなで肩で、今日着てる服はすべすべした生地で足を踏ん張ることも出来ず。俺はわたわたともがき頭から落ちそうになり、後ずさったら尻から落ちそうになったりと狭いスペースで安寧を求め四苦八苦を繰り返す。
「あ、あらら、駄目なの?ごめん、今降ろすから」
「ミッ、ミミャ!」
肩の端で逆さまになってギリギリ爪を引っ掻けて耐えていたら、なんとか助けあげてもらえた。
危ねー危ねー。彼女の小さな手のひらにしがみついてドキドキが治まるのを待つ。
つーか、クルルは痩せてて女と変わらない体格だと思ってたけど、肩に乗ってみると全然違うんだな。女の子の肩って薄すぎて座ってられない、俺がもう少し育てば違うのかもしれないけど。
「残念、アタシの肩じゃ駄目か。ちぇー」
うん、ごめん無理だわ。も少し俺に筋肉ついてからね。命に関わるからリベンジはなしでお願い。
柔らかな胸に抱かれ頭を撫でられながらのんびりと村を歩き、広場までやってきた。
相変わらずだだっ広いな、さて今日こそは猫いるかなー?
期待しつつ抱っこされていたら、キャシーはガッサガサと草を掻き分けて道じゃないところから広場に入っていった。お前が猫か。
そっちにきちんと道あるじゃん、なんでこんなちょっとの距離を近道しようとするの。あ、スカートに葉っぱとか虫とかくっついてんじゃん。全くもう、この娘は。
道と広場とを隔てていた並木の間を通り抜けて、何もない草っぱらの前に出た。
向こうには低木がポツポツ生えてるのに、このへんだけ何もない。一面に生えてるのは雑草。芝生っぽいのと、ぺんぺん草みたいのと、シロツメクサみたいのだけだ。
何ここ、村人の昼寝スペース?
キャシーはその芝生を突っ切って、低木が見えるところで立ち止まると俺の頭をつんとつつき、一番大きめの木を指差した。
「ミッ」
いた!あれ猫だよな、いっぱいいる!
すごい、木の周りを囲むように点々とまるっこいシルエットが見え隠れしてる。腹がふーすーふーすーと上下に動いているから、多分お昼寝中なんだろう。
当然ながら、皆断然俺よりでかい。うーん、多分俺のいた世界の猫と同じくらい、かな。白いのやブチ模様、色黒に虎縞、なんか毛が長いのもいるぞ。おー。
「ジャックちゃん、あの奥の大きな木、見える?あそこの灰色の毛が長いのがコロン。村のボス猫よ、一番年寄りなの。普段は大人しいんだけど、餌を横取りされるとものすごくおっかないから気を付けるのよ。で、左の木の下にいる縞々のがシマ。喧嘩は強いんだけどいつもだらだらしてる。で、ちょっと離れて隣で毛繕いしてるのはピーチ、シマの妹なの。耳が左右で色ちがいなのがおしゃれでしょ。で、その右の…」
うおおおおい!?
ま、待って待ってそんないっぺんに!えっとどれがシマ?ピーチ?あれ、ボスってどれだっけ?あれ、あれ?
矢継ぎ早に説明される内容についていけない。ロ、ロープロープ!俺の頭じゃ覚えらんねーよ!
「そんな一度に言われても覚えられないと思うわよぉー?」
すぐ近くから妙に間延びした声が聞こえて、俺はびくーっと驚いてしまった。どこから聞こえているのかと広場を見回す、この、なんともいえない色っぽい声はマリーだよな?
ガサガサ…
「あ!ジャックちゃーんっ!!」
「フギャア!?」
ノーマークだったすぐ前の低木の中から人が飛び出してきて、思わずキャシーの胸にしがみついた。
なんで?この木メッチャ小さくて人が隠れられる高さなんてないぞ!?
「ジャックちゃん、抱きつくならボクの胸に!!」
「シャー!」
満面の笑顔で手招きする…変態猫好き女シャテイに向かって、俺は全身で威嚇した。
またこいつに会うなんて今日は厄日か。食堂で会ってから何日もたってないのに、嬉しくない偶然だ。
って、ちょっと、じりじり近寄って来るな!また俺の腹に顔を埋めたり肉球揉んだり背中に顔を擦りつけるつもりだろー!断固拒否する!!
人が必死に威嚇してるのににこにこと笑顔で見てる変態女の後ろで、また小さな木がガサガサと揺れ始めた。
「あらぁ?クルル君はいないのねぇ~、いつもその子と一緒にいると思ってたのにぃ」
どう見てもその木より大きい人間が、まるで階段を登って来たようにひょっこり姿を現した。
なに、そこにでかい穴でもあいてんの?
出てきたのは今度こそマリーだった。
艶かな長い髪に葉っぱが数枚くっついている。こいつ神経質そうなのに案外抜けてるとこあるな。なんだかキツそうな美人だと思ってたけど、葉っぱつけてるとちょっと可愛いかも。
「シャテイ、そこ穴掘っちゃったの?確かあんたが木植えてたって言ってた所よね、マタタビの」
キャシーが不思議そうに低木の向こうを覗きながら聞くと、俺に突撃しようとしたシャテイを片手で抑えつつ体についた土を払っていたマリーが顔をあげた。
「あー、なんかねぇ、今朝見に来てみたら木が枯れてたのよぉ。そうしたらこの子が原因を調べるって言って、根っこ掘り出しちゃってねぇー」
「あら、枯れちゃったの?でもこんな、落とし穴みたく掘りこまなくっても…」
「えへっ」
可愛くテヘペロと舌を出すシャテイ、だが俺はそれどころじゃなかった。
お、俺のマタタビがぁーーー!?まだ見てもいないのにぃー!
あまりのショックに威嚇するのも忘れ、頭がぶるぶる震える。自分で思ってたよりもマタタビが楽しみだったみたいだ…
「でもぉ、枯れた原因なんてだいたい想像つくわよねぇー」
ぽつりとぼやいたマリーに、その場にいる全員の視線が集まる。
「な、何!?何が原因だったの!?」
「シャテイ、貴方本当に分からない~?」
呆れたようにため息をつくと、マリーはスカートのポケットから何かを取り出した。
「おいでぇー、マタタビよぉー」
なんの変哲もない小枝に見えたが、それはマタタビの枝だったらしい。しゃがんだマリーが枝を地面スレスレに持って揺らすと、木の周辺に転がっていた猫が何匹か飛び起きて、まっすぐ走ってきた。わぁ走るの速―い、俺とは段違いだ。
猫は鼻息荒くマリーの元へ集ったかと思うと、マタタビの枝の匂いを激しく嗅ぎはじめる。すると、枝に顔を擦り付ける者、地面でゴロンゴロンと転がる者が出てきた。
マリーがぽいっと枝を放り投げると、また猫が群がってきてゴロンゴロン。
こ、これはアレだ、酔って歌ったり踊ったりするおっさんとかに似てる。楽しそうではあるけど、自分がこんなんなったらちょっと恥ずかしい。
幸せそうに体をくねらせる猫達を前にちょっとドン引き。でも、向こうの木のほうには我関せずと言った顔で悠然と寛ぐ猫もいる。どうやらマタタビで酔っぱらう奴と、なんともない奴がいるようだ。
そして小さな枝の周りで転がる猫たちを見て、聖母のような顔をしているシャテイ。こいつ、この乱れっぷりも可愛いってのか?愛が深いな…白目むいてよだれ垂らしてる猫もいんのに。
「ね?マタタビ見るとこうなる猫が多いでしょおー?で、立木だと爪研ぎしたりもするのよぉ。しかもここは多分世界一猫が多い村なのぉ、そりゃ細い若木じゃもたないわよぉ~」
マリーの説明に驚愕の表情を浮かべるシャテイ。
あー、まぁ俺も、まさか猫がそこまでとは思いもしなかったわ。マタタビってすげぇ。またちらっと目線を下げて、キャシーの足元で酔っぱらう猫達を見下ろす。これ、元に戻るんだよな?これから先ずっとこんな状態って訳じゃないよね?
「そっ、そんな…じゃあ大きく育った状態でここまで担いで来なきゃいけないの?それはボクの体力じゃ厳しいよー」
「うーん、若木でもここまで担いで来るのはありえないんだけどねぇ。いっそ、木が育つまでは柵で覆っておくなり、爪を研がないよう隔離しておいたらぁ?」
「えー…そんなのしたらメロメロしてる猫ちゃんの姿が見れないよー」
「あのねぇ、木一本と思って簡単に考えてるでしょおー?」
ぶちぶち言うシャテイに植樹の難しさを語りだしたマリーを置いて、キャシーはそそくさと猫の集まる木陰に向かった。
なんか、この娘は小難しい説明とか始まると逃げる傾向があるな。じいさんやシスターの説教もすぐ逃げようとするし。んー気持ちはわかる、わかるけども。
いかんよ、若者は人の話を聞く努力をしないと。でないと、オトナになってからしなくてもいい苦労をする羽目になる。そう、俺のように「何も特技のない普通の人」と言われてしまったり。
非難を込めた目線をキャシーの胸から上に向けるが、鼻の穴しか見えない。うぐ、この熱い視線に気づけ若者よ。
マリーの長々とした話をBGMに、カサカサと草を踏みながら低木のほうへ近づく。しかし猫たちは動くそぶりもなく、悠然というかダラーッと寝そべったまま。逃げる所か警戒すらしていない。
うーむ、やっぱり俺は警戒されてないな。となると、こないだの犬猫の怯えっぷりはやはりクルル一人に向けたもの…でも、えー?あいつのどこに怖がる要素があるんだ?あんなポケーッとしてるうちに一日終わっちゃうような奴、どこが怖いの?
などと悩んでいたら、急に視線が低くなった。キャシーが俺を地面に下ろしてくれたようだ、振り返ると笑顔で頷かれる。
おもむろに前に向き直ると…うん、地面から見るとわりとでかいな、寝そべる猫の尻ってのは。
あ、寝てると思ってたのにしっぽ動いてる。おお、一回り小さいのいる、子猫かな。
…よし!社会人のマナーだ、会ったことない相手にはまず始めましての挨拶を!
を、言うためには、もちょっと傍に行かないとね。うんしょ、うんしょ。
ずりずりずりずり。
じたばたと足をばたつかせ、寝そべる猫の近くまで行こうともがく。くっ、芝生が邪魔だな、腹がひっかかる。
「…フンフンフン…」
うお!?い、いつの間に!
頭の匂いを嗅がれて気づく。音もなく俺の前に移動していたブチ模様の猫が、鼻をひくひくさせながらこっちを見下ろしていた。
俺の頭上で、日の光を受けて宝石のように輝く緑色のアーモンド型の瞳。
うおお、猫がでかい、いや俺が小さすぎるからか。いややっぱでかい、なんだよ俺の10倍以上あるじゃん…
…いや、ちょっとね?あのね、近くで見ると思ったよりでかいのよ、なのですこーし怖いかもしれない。助けてキャシー…あ、全然近くにいたわ、手を伸ばせば俺のしっぽが掴めるくらいの距離にしゃがんでた。なんか、ニコニコしてるな。ねぇ俺、ちょっと怖いんだけど。
無意識に震えてしまう体、耳も心もち下がってしまっている。
『…ボウズ、そう怯えるな』
「ミュッ?」
な、なんか渋くてダンデイな声が聞こえた。
『大丈夫か、あの化け物に何かされなかったか?』
またダンデイな声がして、頭に何か湿った物が載った。かと思うとそれは背中までべろーんと動いていく、あ、俺舐められてるのか。
『よく無事に逃げられたものだ、そこの人間が助け出してくれたのかもしれんな』
言いながら、さらに数回俺の頭を舐めたのは、目の前にいるブチ模様の猫だった。凛々しくも慈愛に満ちた目をしている。
うおお猫のくせになんというイケボ…!!しかもよく見たらなんか妙に色気があって綺麗な顔、毛並みもよくてツヤツヤしてるし、これが猫のイケメンというものか。
そっかー、俺も成長したらこんなふうに…いや、黒猫だしもっとかっこよくなるんじゃない?
妄想の中で漆黒の大きな猫が岩山の上でポーズをとる。その姿はまるで黒豹のよう、むふふー、いいなぁかっこいいじゃん。
『あら、どうしたのクロブチ…まぁ!』
イケメン猫はクロブチと呼ばれているようだ、また一匹の猫が近くに寄ってきた。
今度のは全身が真っ白な毛に覆われた綺麗な猫だ、クロブチと並ぶと絵になる。
『まぁまぁまぁ、なんて可愛いおちびちゃん。ママはどうしたの、迷子かしら?』
にっこり笑いながら、クロブチになめ回されている俺に鼻先を寄せてくる白猫さん。こっちのは声が女性っぽいなー…
って、はーーーー!?猫の言ってることがわかる!?これ、猫語で会話できるってことだよね!?
「ミャッミャミャミャミャ!」
こっちの世界に来て始めての会話という名のコミュニケーションなるか!?感動の余り背中の毛を膨らませる俺。
はじめましてこんにちは俺はジャックですよろしく!と、ワンブレスで一気にまくしたてた。
『あらあら、うふふっ』
俺の鳴き声に一瞬目を真ん丸にした白猫さんは、微笑ましいものを見る目で俺を見下ろして笑ったのだった。
『ははっ。ばぶばぶとしか聞こえないが、まるで挨拶をしてるみたいだな。利口な子だ』
クロブチもにこやかに笑い、前足でそっと俺の頭を撫でてくれた。俺の言ってる言葉、全然通じてないね…ばぶー。




