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くろねこの冒険~目指せ!異世界一周~  作者: 葉桜丸
第一章 はじめまして、異世界
42/102

42話 幕間 勇者山田の旅立ち(後編)

今回ちょっとだけ残酷な個所がありますので、苦手な方はご注意下さい。

見回りの兵から皇太后が城を脱出したと報告があったのは、真夜中を過ぎたあたりだった。どうやら騎士団の中にネズミが紛れていたらしいな、嘆かわしい。

余計な騒ぎにならぬよう内密に捕らえたかったのだが…奴等の動きを捕捉するのが遅れたせいで、件の馬車に追い付く頃には空が明るんできていた。小賢しいことにいくつかの道に別れて逃げているらしく、そのどれにあの女が乗っているのかは分からない。ゆえに我らも部隊ごとに追うはめになっている。

「よし、かかれ!護衛共は殺してもかまわん、反逆者を捕らえよ!!」

並走していた騎馬兵が一気に速度をあげ、前をゆく馬車を左右から挟み込んだ。流れるような素早い動きで手に持った槍を…


ドカーン!!


「ぐぁっ」「う!」「ぎゃあ!」

「かかったなぁバカ共!」

なんだ、何が起きた!?

跨がっていた馬ごと街道の外に吹き飛ばされていく兵を、信じられない気持ちで後ろへ見送る。

怯んだのは一瞬、だがそのわずかな時で…化け物は乗っていた馬車の屋根の上に飛び移っていた。激しい風圧でその頭を覆っていた布がはらりとはがれ、ひゅんと飛んでいく。

「ギャーーー!?」

「ばばば化け物だー!!」

我らの馬車も、先を走っていた騎馬兵も口々に叫ぶ。


前を走る馬車の上で腰に手をあて仁王立ちしているのは、青い髪をした背の高い男だった。

それは、まぁいい。まぁ驚いたが我らの任務の邪魔をするなら、排除するのみだ。問題はその恰好である。

「「「なんでズボンを履いてないんだあああ!?」」」

「ああ?なんでってお前、スカートの下にズボンなんて邪道だろ」

我らの魂の叫びを聞くも、変態は馬鹿にしたように笑って返した。

その男は恐ろしく長い槍を背負い、裾の長い豪奢なドレスを纏い、レースのストールを首に巻き付けていた。全速力で走る馬車の上、風がその裾をばたばたと激しくはためかせる。

おぇっ…見たくないものがチラチラしてる。見たくない、でも敵から目を離す訳にいかないので否応なく見えてしまう。

あ?

…あれって、もしかしなくても皇太后の服じゃないか。もしかしてこいつ替え玉のつもり、なのか?顔にも気持ち悪い化粧してるし。


「青髪!異端者め、何故こんなと…がふっ!?」

いち早く立ちなおり変態…もとい青髪に剣を向けて構えた若い騎士が、一瞬で何かに弾き飛ばされ宙に舞うと、街道の脇の木に激突した。

戦慄しながら、彼を攻撃した武器を睨む。


青髪が手に持ってくるくる回しているのは、身の丈を越す長大な槍。その刃先は朝日を受けて淡く輝いていた。鉄ではない、銀でもミスリルでもない不可思議な輝き。

顔を奴に向けたまま周囲の気配を探る。

気配感知のスキルを持つ部下に目をやると、顔は青ざめていたが、しっかりとこちらを見て頷いている。なんと…常に奴の傍にいるという竜はこの近くにいないようだ。

奴単体ならば、我らでもなんとかなるかもしれない。

「槍だ!竜なしならなんとかなる、武器を狙え!油断するな、あれ一人で100人の兵と同等と思え!!」

あの槍が噂通りの代物であるなら、離れた場所から攻撃をあててきたことも納得がいく。あれが相手では距離をとっても意味がないだろう。数で押すのだ、竜が戻ってくる前に!

「「「うおおおおっ!!」」」

「はっはー!よし来ーい!」

全員が雄叫びをあげ馬車に向かってくるのを、青髪は愉快そうに見下ろしていた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



さっきまでよりさらにスピードを上げる馬車の中で、激しい揺れによってまっすぐ立っていることが出来ない私は、畳まれた幌にしがみつくようにしてかろうじて体を起こしていた。

油断すると顔から落っこちそう。っていうか、うっぷ、なんか吐きそうかも。

「待てぇ!逃げられるとでも思っているのか!」

すさまじいスピードで迫る大きな馬車に先んじて、馬に跨がった鎧の人達がすでに手の届く距離まで来ていた。

や、まずい!槍みたいの持ってる!?

慌てて私はスキルを発動させる。

「し、召喚!フランスパン!」

「!んごっ!?」「がふ!!」

突然口の中に大きなフランスパンが突っ込んできて、バランスを崩し馬から転げ落ちていく兵士さん達。


ごめんなさい、殺すようなことはしないけど、怪我はさせちゃうかも。お馬さんもごめん、出来るなら無事に逃げてね。

「な…!?皆気を付けろ、馬車に乗ってるのは召喚者だ!!得体の知れない魔法を使うぞ!」

「しょうかん…って、ああ!?きららちゃん!?」

「えーい!カステラ!羊羹、恵方巻ーー!」

「ぎゃっ」「むぐー!」「んごっ!」

続けざまに召喚した食べ物が口の中に詰め込まれ、私の近くに迫っていた馬から振り落とされていく人達。角があって筋肉もりもりの大きな馬は戸惑ったように首を降りながら、速度を緩め背後に消えていった。なんか一瞬木下なんとか君が何か言ってた気がするけど。


よし!やれる、この調子で無力化していこう!

ここ数日のガルムとの特訓で私がメインに使ったのは「食料召喚」だ。奴に、これはいける!って自信たっぷりに言われて半信半疑でやってみたら、これが意外と使えたのだ。


まず、魔法もスキルも、一般的には「詠唱」という呪文みたいのを唱える必要があるらしい。それによって、体内の魔力とかを練り上げてやっとこ発動させることが出来る。詠唱が不要な人もいるけど、それはかなり熟練の人か一部の天才だけみたい。

で、私は召喚者だからか分からないけど、魔法もスキルも長い呪文を口に出すことなく発動させることが可能だった。発動までの溜めがない、これは大きい。早口言葉は苦手だから、そういう意味でも嬉しい。

さらにこの「食料召喚」ってスキルには便利なポイントがあった。

言われるまで気が付かなかったけど、ある程度の距離までなら離れた場所に出現させることが出来るのだ…宙に浮かせたまま、動かすことも出来る。ちょっと集中力がいるけどね。

さらに、自分では持ち上げることができないほど重い物でも浮かせることが出来た。一度地面に下ろしたらもう一度浮かせるってことは出来ないっぽいけど、この特性のおかげで…

「召喚!米1俵!!」


ズズーン!!

「ブヒ!?ヒヒヒーン!」

「ぐああああ何事―!?」


とりあえず追いかけてきていた馬車の進路に米俵を落として進行妨害してみた。

馬車をひいていた馬っぽい生き物が眼前に落ちてきた米俵に驚き、大慌てで足をふんばったせいで、御者台にいた兵が一人吹っ飛んだ。それ以外の乗客(?)も、倒れる馬車に巻き込まれて街道に投げ出される。

背後に迫っていた馬車があっという間に離れていくのを見て、額の汗をぬぐう。

だが倒れた馬車と散らばる兵を鮮やかに避けて2台目の馬車がすぐ追いすがってきた。す、すごい、あんな動きもできるなんて。馬車なのに、まるで自動車みたい。


背後の動きに驚嘆しながら、私がしがみついている馬車を目で確認する。な、なんかさっきからちょっと揺れ方がおかしくない?

「ヤマダ様、魔法攻撃ですっ」

「え、どういう…うわっ」

御者台の騎士さんに言われて気づく、よく見たら馬車全体に細い蔓のような物が巻き付いているようだ。足元をまるで蛇のようにずるずると這いまわる蔓を見て、背中を寒気が襲う。なによこれ!?

その蔓は街道の両脇の森から伸びていて、ほんのりと魔力がこぼれ所々光っていた。馬の走るパワーに負けてぶちぶちと引きちぎられてはいるものの、どんどん新しい蔓が馬車に絡みついてくる。

まさか、こんな魔法もあるなんて。自分の勉強不足を痛感する、これってまずいわよね、この調子でスピードを落とされていたら、あの馬車だけじゃなくて次の追手にも追いつかれちゃう。それにもしかしたら馬車本体が壊れちゃうかもしれない。


「…!伏せてください、攻撃魔法が来ます!」

騎士さんの切羽詰まった声に、咄嗟に背後の馬車を視界に収め凝視する。

いた!お揃いの黒いローブを纏い、杖をこっちに向けてる人達がいた、あれが魔導師だ!

彼らの構える杖は強い光を放っていて、詠唱もほぼ終わり魔法を発動する直前ということがわかった。だから、私は慌てずこんな時のための奥の手を召喚する。


「召喚!かつおぶし、山栗!」

私の力が及ぶギリギリの距離に具現化させた一本のかつおぶしを、慎重に回転させはじめる。

一緒に作り出したたくさんの山栗…一般に出回っているのより小さい栗…を、宙に浮かせたままその横に一列に並ばせていった。その間も追加の栗をまだまだ召喚し続けている。この山栗は山に自生して自然に実るもので、おいしいけど殻がかったいのだ。

狙うのは魔導師の放つ魔法、でもきちんと狙いを定められるほどの集中力は私にはない、だから。


「ファイヤーアロー!」「アイスストーム!」「ロックアバランチ!」

「回れぇ、かつおぶし!」


魔導師達の叫びとともに杖から炎が、氷が、岩が放たれた。それとほぼ同時に、私はかつおぶしを一気に高速回転させ、無数の山栗をその前に飛びこませた。


ガガガガガガガガン!!


バットで打たれたような音を響かせて、かつおぶしに当たった山栗が魔導師達の放った魔法に次々と激突していった。大きな火の玉が、氷でできた竜巻が、雪崩のように押し寄せてくる岩が、無数の小さな山栗に貫かれて徐々にその勢いを失っていく。


かつおぶしと馬鹿にする事なかれ。削る前の塊の状態だと汚れた木か干からびたサツマイモみたく見えるけど、ちょっとした鈍器並みに固いのだ。間違ってもこれで人を殴ってはいけない。

「ば、馬鹿な!?」

やった、魔導師達が放った魔法は全部相殺できたみたい!ガルムの言う通りにやってみて良かった。

魔導師さん達の顔はローブのせいで見えないけど、なんか驚いてるっぽい。よし、この隙にやっちゃいましょう。

「召喚!ロールケーキ、ハム丸ごと、ケバブ!食パン!えーっと、くさや!」

「ぶっ」「ぐむ!」「ぶほ!」「むっ!」「ぎゃぶっ…」

魔導師さん達が固まってる内に、一気にそれぞれの口の中へ食料をぶちこんだ。

すぐ食べつくされたり吐きだされてしまうと足止めにならないので、ちょっとサイズが大きい物、飲み込みにくいものをチョイス。これもガルムからの助言である。

御者さんにも食らわせたので、魔導師さん達の馬車はすぐ動きを止め離れて行った。

とっさに適当な食べ物を選んでしまったけど、まぁ大丈夫だろう。し、死んでないよね?


「す、すごい…」

私の背後から騎士さんの感嘆の声が聞こえてきたけど、それどころじゃなかった。

深くため息をつき、その場にぺたりと尻もちをついてしまう。ほっとしたら力が抜けたぁ。

こ、怖かった…!まだちょっと指先が震えてる。

私は喧嘩もしたことのない普通の女の子、16年生きてきてこんな恐ろしい荒事なんて見たことすらなかった。怖くて不安で逃げだしたかったけど、なけなしの勇気を奮い立たせて戦った。だけど、もう限界…心臓がものすごい速さでドキドキいってる、集中しすぎてなんだか頭痛もする。

でも、もう大丈夫、このまま皆と合流できれば、もう安心だ。早くみんなの無事な顔を見たい。


揺れる馬車の中でへたりこんでいたら、なんだか馬車とは違う揺れが…小刻みな、ドドドドッていう地響きがお尻に伝わってくる。騎士さんにも分かったらしく、二人して顔を見合わせた。

「どおりゃー!待てこの反逆者めぇ、勇者様から逃げられると思うかああああ!!」

「え…うそっ」

遠くからすごい勢いで近づいてくる声、もう影も見えない馬車に変わって背後に見えてきたのは、街道を全力疾走してくる一人の少年だった。なんか足がものすごい光ってるような…まさか、ああいう魔法とかもあるってこと!?馬車より速いよ!

「おらー!!」


ズガーンッ!!!


「きゃあああ!?」

「や、ヤマダ様!」

走る勢いのままに少年が跳躍し私の乗る馬車を真上から斬りつけると、まばゆい光とともに衝撃が走り、私は抗う間もなく宙に投げ出されていた。ものすごい風がでたらめに吹きつけて息が止まる。

地面に激突する寸前に何かが体を強く締め付けた気がした。



「ぜはー…ぜはー…っぐ、ぶはぁッ!」

…近くで誰かが苦しそうに息を荒げている音がした。

ゆっくりと意識がはっきりしてくる、体があちこち痛い。一体何が起こったというの。

「…っ!?」

薄く目を開いた瞬間飛び上がるほど驚いた、そこには赤黒い血がべったりついた…見覚えのある服。吐きそうなほどに濃い鉄の匂いが鼻に届き、息を飲む。


気が動転してもがくように体を起こすと、私を胸に抱え込んでいた逞しい腕が、背中からずるりと落ちた。

私の目の前で体のあちこちから血を流し、ぴくりとも動かないのは。騎士さんだ、騎士さんが…私が地面にぶつかる前に体で包んで守ってくれたんだ…!

口元を手で覆い悲鳴を飲み込む。血が、こんなに。どうしよう、どうすれば…!?


「ぜはー…っくそ、やっぱ生きてやがったなこのクソ女…!ま、待ってろよ、今すぐぶちのめして、王の元に…げほっ、げほっ!」

この声は、木下…なんとかっていう馬鹿勇者。そうだ、こいつが…!こいつが騎士さんを!!

私は、剣を突き付けられている恐怖も忘れ憤った。恐怖も何もかも忘れていた、ただこいつを叩きのめしてやりたかった。

こいつはどうやら何らかの魔法を使ったせいで疲弊している。私も体中がズキズキするし、口の中が鉄っぽい味がしたりしているが…騎士さんが庇ってくれたから、動ける。


目の前で私に剣を向けながら咳き込んでいる少年に向けて、素早く両手を向けると叫んだ。

「…召喚!唐辛子!」

「え…ぐぼぁッ!」

急に叫んだ私に反応することもできず、少年は両方の鼻の孔に唐辛子を受け入れた。思いっきり勢いをつけて放ったため、その勢いに押され後ろへひっくり返る。

唖然とした顔で鼻を抑え、すぐその目に涙が滲みはじめた。辛いか、痛いか、どっちだろう。

「ラー油、タバスコ!えーとえーと、ハバネロ、ジョロキア!!」

「や、止めっ、ぎゃあああああ痛ぇーーーー!?」


ズドドドドドッ!!


続けざまに大量の辛そうなモノを呼び出し、ろくに狙いもつけず少年にたたきつける。

ビンや包装の口を開けた状態でイメージしたため、うまい具合に奴の全身にくまなく振り掛けることに成功した。毒々しい鮮やかな色合いの液体やら粉末やらを体中に浴び、地面を転げまわり悲鳴を上げる少年…ちょ、ちょっとやりすぎたかな。


のたうちまわる少年を放置して血だまりの中の騎士さんを抱え起こそうとするが、重い、体を起こしてあげたいのに全然持ち上がらない。くぅ、鎧のせいだ、これどうやって脱がせたらいいの?

「…うぅ…わ、私の荷物、に…」

「い、生きてる!生きてるのね、良かった…そうだ、たしかあれがあったはずっ」

私は、うめき声を上げかすかに体を震わせた騎士さんから慌てて離れ、真っ二つに壊れた馬車に駆け寄った。


昨夜出発前にもらっていたポーション…怪我を直してくれるすごい薬みたいなの?を、3本まとめて騎士さんの口に流し込もうとしたら固辞された。

なんでも、外傷が酷い場合は直接肌にかけたほうが効くそうだ。おたおたしながら傷口を確認し、鎧の隙間にビンをねじ込むようにして体にふりかけていった。おかげで、まだ苦しそうだけど少し呼吸が落ち着いたようだ。出血も止まった、ように見える。でも失った血は戻らないみたい、肌が真っ青だ。

「め、面目ありません、私がついていながら…」

「そんなことないわ、騎士さんが助けてくれたからあいつをやっつけられたのよ。でも、馬車…どうしよう」

「…車軸がこれでは直しようがないですし、馬もおそらく…」

騎士さんが助かったことで安堵していたが、もはや馬車ではなくなった残骸を見上げて軽く絶望しそうになっていた。

馬は破片が当たったようで瀕死の重傷、ポーションはもう使い切ったから治療もできないし…どうやって皆と合流する地点まで移動すればいいの?


その時、視界の端に気絶した馬鹿勇者・木下が見えた。目に染みる異臭が漂っている、臭いだけで辛い、多分この人お風呂入っても数日は辛い匂いが染みついてるわね。

…食料、召喚。食料…そうだ!

「諦めるのはまだ早いです!…ちょっと縛っていいですか?」

「は?」

勇者一行は倒せたけど、すぐ次の追手が来るだろう。だから私はたった今思いついた作戦を急いで実行に移した。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



あらかじめ決めていた合流場所に到着すると、御者を務めてもらった兵が歓声を上げた。

どうやら、エリシャの馬車も無傷で着いていたようだ。他にもいくつかの馬車が並び、騎士や兵士、メイドさん達が走り回っている。


よっしゃ、全員…いや、待て。馬車が一台足りない。

辺りを見回すも、やはり数が合わない。そして騎士が駆け回り馬車を2台元来た街道へ曳いて行こうとしていて、メイドさんが何人か顔を抑え肩を震わせていた、まさか…まさか。

思わず、彼女が来るはずの街道に向けて全力で駆け出していた。

「ガルム!?待って、馬車を出っ」

「ソラーーーー!」


ゴウッ!!


俺の呼び声を聞きつけて頭上に相棒の影が踊る。木々をへし折り爆風を巻き起こしながら低空飛行する相棒に向けて飛び上がろうと、足にぐっと力を籠め…た、ところで異変に気が付いた。

なんか、向こうから妙な音が…声も聞こえる。背後で俺を追いかけようとしていた騎士達も足を止めて様子を伺っていた。


ゴン!ガッバキィ…ドドドッ!

「あああ、そっちじゃないよ!えい、えい!」


…向かっていた街道の脇、生い茂る木々の向こうから、何かを叩き折るような音や地面をこするような音が絶え間なく聞こえてくる。

その内、木々の隙間から巨大な何かがまっすぐ俺に向かって突っ込んできた。

「うおっ!」

「きゃーーー!」

咄嗟にその物体を両腕で抱え込み、食い止めた。ちょっと衝撃があったが無事に勢いを殺すことができた。が、なんだよこれ?

「と、止まったぁ~…良かった、騎士さんも…ちゃんとくっついてるぅ~…」

俺が両腕で抱えて固定した、それ。巨大な魚に見えるそれの上には、小柄な少女が跨っていた。見れば魚の胴にはロープが巻かれ、一人の血だらけの騎士が縛りつけられている。


魚…そうか、これもこいつの世界で「食料」に分類される種類のものなんだろう。魔物っぽいサイズだが、魔力はあまり感じないし。それを浮かせて、乗ってきたってのか。むちゃくちゃだな。

魚の上で大きく息を吐き倒れ込むように崩れ落ちる小さな少女を確認し、自分の頬が緩むのを感じた。




「まったく、とんでもねぇな。あのちっこい勇者は」

「勇者?…ふふっ、まぁ。確かに、あの子は“勇ましい者”と呼ぶにふさわしいわね。でも女性に対してちっこいとか言ってはだめよ?」

「へーへー」

ちっこいのの無事をひとしきり喜んだエリシャや騎士達は、慌ただしく支度を整え馬車に乗り込んでいく。俺はここでお別れだ、ここまで来れば後の不安は国境越えくらいか。

「ガルム殿、あのワイバーンの群れはやはり…?」

「おお、ちょうどいいタイミングだったろ?若いのに頼んで追い込んでもらったんだ、途中で何匹か逃げちまったが奴らをびびらせるにゃ十分な数だったろ」

「う、うむ…感謝する…?おかげで無事に奴らを振り切れたのは確か、なのだが…」

ちょっと怖かった、とか小声でぶちぶち言う騎士達の背中を叩き、馬車に押し込む。

そっか、言うの忘れてたな…こいつに渡してあった鱗はワイバーンの上位種の物だから、襲われることはありえないってことを。無駄にびびらせちまったかな、ま、いっか。


全員が馬車に乗り込んだのを確認して、エリシャの乗る馬車に両手を掛けて中を覗き込んだ。

…エリシャの膝を枕にして、黒い髪の小さな少女が寝息をたてている。その幼い寝顔を、どこか呆れて眺めた。

このちっこい勇者、ヤマダ・キララとか言ったか。王国最強の召喚勇者を、たった一人で撃退しやがった。俺が一緒に考えた戦法とはいえ、実際にはこいつが自分一人でやった。こんな、争いなんて縁がなさそうなのが。まったく、たいしたもんだ。

腕を伸ばし、小さな頭をそっと撫でてから馬車を離れた。

これからこのちっこい勇者は、どんな人生を歩むんだろうな…走り出した馬車を見送りながら、俺はなんだか楽しみで仕方がなかった。






※ちなみに皇太后一行を追った兵士の方々は皆軽傷で、じきに快復した。だがロールケーキや恵方巻を口につっこまれた者と、くさやをつっこまれた者との間で、しばらく気まずい雰囲気が残ったそうな。なお、現場周辺に飛び散ったおびただしい数の山栗は、後日近隣の小動物がおいしくいただきました。

次回は本編に戻ります。

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