40話 幕間 勇者山田の旅立ち(前編)
入れるのを忘れてしまいそうなので、この辺でちょちょいと幕間を挟みます。
それは突然だった。
私は学校の帰り道でいきなり、この異世界へと転移した。正確には召喚されてしまったらしい。
初めは言葉も何もわからず、突然知らない場所で大勢の人に囲まれてパニックに陥り、あっさりと昏倒してしまった。
朝が来て起きたら覚める夢だと思っていたが、次の日目が覚めても状況は変わっていなかった。なんか中世っぽい恰好をしたおじさんが数人で、私が横になっているベッドを囲んでいたのだ。
寝顔を見られていた恥ずかしさと混乱で、布団で顔を覆って絶望していたら、なにやら偉い人っぽいおじさんが必死に身ぶり手振りでコミュニケーションをとろうとしてきたのだ。彫りの深い北欧っぽい顔立ちの人で、真剣な表情で何やら腕をうにうに動かしてはこっちの反応を見ている。私は戸惑い、首を傾げてしまった。
ここが異世界だとその時はまだ知らず、おじさんの言葉も初めはてっきり英語かと思っていたけれど、分かる単語が一つもないので徐々に不安が大きく膨らんできたのを覚えている。
泣いてる私と泣きそうなおじさんが途方にくれて見つめ会っていたら、あいつがやってきたのだ。
そう、あいつ!
私と同じ日本人ぽい顔立ちに髪も黒っぽくて、日本語でおはようって言ってくれたんだ。言葉がわかるとわかった瞬間、ものすごく嬉しかった。あまりの感動にまた涙をこぼしながら、必死にあれこれ話しかけたっけ。
あいつは私の肩を優しく擦りながら、わからないほうの言葉で他の人達に何か説明してた。その後、なんて言ったんだか知らないけど他の人達はぞろぞろと部屋を出ていって。
一人残ったあいつが私にこう言ったのだ。
「ねぇ、君こっちの言葉がわからないの?大変だったね、俺は木下恭二っていうんだ。君は何ていうの?何高校?」
妙に馴れ馴れしいとは思ったが、なにせ心細かったところへ同じ日本人がいると思うと嬉しくて、抱きついて泣いてしまった。
肩を震わせて嗚咽する私の背中を撫でながら、あいつはしばらく胸を貸してくれた。
こう書くとイイヤツっぽいな。でも今思い返してみると鳥肌ものの愚行だったとわかる。だって背中の撫でかたがすっごく厭らしかったもん。でも、その時の混乱した私にはそれがわかってなかった。
「君、名前は?どこの出身なのかな」
優しく促されて、私は色々なことを話してしまった。
だって怖かった…彼に見放されたら、この世界で私は一人きりだと思い込んでいて。
そして聞いた。ここが、外国なわけじゃなくて、異世界だということを。もうそれを聞いた時私の頭の中はぐちゃぐちゃだったんだと思う。
たしかに、さっきいた人達はみんな鎧を着たり剣や杖を携えていた。そんなものが日常生活にある世界なんだという恐怖と不安感に、私は打ちのめされていたのだ。
しゃくりあげながら一生懸命しがみついていたら、ふいに肩を捕まれ密着していた体を離された。
「かわいそうに、もう大丈夫だよ。これからは俺が傍にいるから」
じっと目を見つめられ、耳元で優しく優しく囁かれた。
…が、私はこの時多分一気に醒めていた。
なんていうか、ドン引きしていたな。好きでもない、好みでもない相手にこういうセリフを言われるとこんなにもイラッとするってことを始めて知った。
そして、あろうことかあいつは私の顎をくいっとつまんで、顔を近づけてきたのだ。んーっ、て目を瞑ってさ!もう背筋を悪寒が走りまくり、男のキス待ち顔っていうの?そんなものが目の前に…ああダメ、思い出したらまた寒気がしてきた。
唇が触れる前にとっさに頬を叩こうとしたら、なぜか私はいつのまにか両手で大根を握りしめていた。ので、ついそのまま心のままに腕が動いてしまったのは誰にも攻められないだろう。
ドゴッ!!
「ぐはぁ!?」
非力な私の腕力でも、立派な大根のおかげで無事乙女の唇を守ることに成功した。
そこから先は、正直かなり記憶があいまいだ。
床に尻餅をついたあいつが私に向かってギャーギャーと何か喚き散らしていた。私は震える両手で大根を握りしめたままへたりこんでしまったのだが、すぐに部屋に駆け込んできた人々によって両腕をがしっと捕まれて、半ば担がれるように…違う部屋へと運ばれてしまった。
あいつはなんて言ってたんだっけ…何か、自分が傷つけられるはずがないとか、どんな武器でも無効化できるのに何故だーとか喚いてた気がする。それどころじゃなかったからうろ覚えだわ。
後で知ったけど、武器の攻撃を無効化するスキルを持っているから、無敵の勇者様とか称えられてたらしいわ。でも私から一撃くらったのは仕方ないと思う、だって大根は武器じゃないもん。
でもほんと、あの時あいつは皆にどう説明してたのかな?思い出すとムカつくんだけど。だってあの後の私は、牢屋にこそ入れられなかったけど鉄格子の嵌まった窓のある部屋でずっと監禁されていたから。犯罪者扱いよね、あれ。
ベッドとテーブル、椅子しかない部屋で、食事の配膳の時以外誰も来ない。それだって全身を鎧で覆った兵士っぽい人が必ず二人組で、しかも槍をこっちに向けながら。すっごいびくびくしてるし、私は怪物か何かなの?
何故かそこだけドアが作ってあって繋がってるからトイレには行けるけど、お風呂も水道もなし、ベランダもなし。窓から外を見ようとしても、3階くらいの高さの窓から見えたのはひたすら深い森。どんよりした陰気な森と、その向こうに大きな山が連なってるのしかわからなかった。
ちなみにその時私が持っていた物はというと、制服のポケットに入っていたハンカチ、携帯電話、リップ、生徒手帳のみ。あ、あと携帯ストラップ。
カバンも持ってきてたはずなんだけど、こっちに召喚された時の部屋に落としてそれっきり。
何かされる訳じゃないんだけど一歩も外へ出られないまま、もう訳がわからなくて怖くて不安で、三日くらいはずっと部屋の隅で膝抱えてめそめそして過ごしてた。私が何かまずいことをしてしまったのか、じゃあどうすれば良かったのか。元の世界に、家に帰れるのか、そもそもここから出してもらえるのかなって。
でも、あんまりにもお腹がすいてだんだん冷静になってきたの。
だって、食事は一日一度、手のひらの半分くらいの小さな黒いパンとスープだけ。スープには具なんて入ってなくて、かすかに野菜の味がする濁ったお湯って感じだった。調味料がない世界なの?って思うくらいの薄味。はっきり言ってまずい。
いくら私が定期的にダイエットに励んでて空腹に多少慣れているとはいえ、あれは限度を超えていた。多分、飢え死にする寸前まで弱らせるつもりだったんでしょうね。ぞっとするわ。
で、あんまりにもお腹がすいて、四日目には食べ物のことばかり考えるようになってた。
そして思い出したのは、私のファーストキスを守ってくれた、あの大根。
あれ、あのまま握りしめてればもしかしたらここに持ってこれたのかな。大根て、生でも食べられるよね…とか考えてたら、突然頭のなかに『食料召喚』って文字が浮かんで目の前に大根が現れたの。ぎょっとして、私はしばらく何が起きたのか理解できなかった。
少し落ち着いてから、試しにもう一度頭で強く願うとやっぱり大根がどこからともなく出てくる。
三本目くらいまではマッチ売りの少女みたいに空腹の余り幻覚を見てるのかと思ったけど、五本目あたりで納得したわ。これは魔法だ!って。異世界にいるんだから、魔法が使えるようになっててもおかしくないんだ、って。もうお腹すいて正直細かいことはどうでもよかったのかも。
出てきた大根を一心不乱に食べて一心地ついた私は、食料召喚って魔法…まぁ魔法じゃなくてスキルだけど、その時はそうとしか思えなかったからね。その名前から、大根以外の物も出せるんじゃないか?って考えて、何回も挑戦した。でも、出てくるのは大根ばかり。
多分、出したい物をきちんとイメージ出来てなかったんだと思う。そしてあの時あいつを殴り飛ばした大根のイメージが強すぎたのもあるかも。乙女の唇を守ってくれた恩人(?)だもん。
それから何日かは毎日大根をかじって飢えに耐えた、皮も剥いてない生大根を丸のままかじる自分を想って切ない気持ちになりつつ、食べ物があるだけ幸せだって自分に言い聞かせてた。
で、まぁやることもないし、何もしないと不安が膨らむだけ。それに魔法なんて始めて見るから興味があった。
何度も何度も大根を召喚して部屋を埋め尽くすくらいになった頃。
ふと、せめて料理した大根が食べたいなぁ、煮物がいいなって願いながら召喚したら、成功したの。現れたのは大根の煮物!一週間ぶりに味付けしてある料理を食べて、お醤油と味醂の味が本当においしくて泣けてきたっけ。
でも、大満足で食べ終わった後に気がついた。大根の煮物は青色の深皿に入って現れたから、お皿だけ残ってしまってた。これ、どうしよう?って。
うんうん唸りながら、これ見つかったら私が魔法使えるのがわかっちゃう、どんな話になってるか分からないけど、この隔離っぷりからすると…なんか、バレたらまずいことになる可能性が高い気がして必死で考えたわ。相談できる人もいないし、そもそも一人きり。
こっそり隠しておける場所があれば…そう強く願った時。今度は『アイテムボックス』って文字が頭に浮かんだのよ。
びっくりしたけど、試しにそれを使うよう念じたら、手に持ってたお皿がすうっと消えた。びっくりして手のひらを凝視すると、今度は何もない所からお皿がぬーっと出てきて、また手のひらの上に載ったの。
びっくりして、なにより面白くって何度も出し入れして。試しに枕とかハンカチとかも入れてみたけど、問題なく使えた。大きい物も入れられるのかな?どれくらいまで入るの?って確認したかったけど、部屋にあったものはベッドにテーブルとイス、あとは家具みたいな大きなのがなかったから、部屋に積んであった大根を全部しまったりもして。あれ何本くらいあったのかしら。
大量の大根を全部アイテムボックスにしまって、すっきりとした部屋。カーテンと絨毯も入れてみようかなとかのんびり考えていたけど、もしかして、他にも使える魔法があるんじゃない!?って思い付いた。
わくわくしながらあれこれしてたら、今度は頭に『鑑定』って文字が浮かんだ。手元のお皿に使ってみたら、「日本製の皿。陶器。金箔が張ってあるため電子レンジ不可。」って文字が書かれた枠がお皿の前に浮いた。ゲームとかに出てくるステータス?っぽい感じで、日本語だったからほっとしたわ。
もう楽しくなっちゃって部屋中の物に鑑定を使いまくった。なんと窓の向こうの離れた場所や壁の向こうも鑑定できた、壁は一枚までっぽかったけど。
だって娯楽も何もなかったんだもん、スマホはとっくに電源落ちてたし。
ちなみに壁越しに鑑定した場合、得られる情報は少なくなるらしい。食事を持ってきた兵士さんをこっそり鑑定したら、名前・年齢に体力・攻撃力とか色々事細かに表示されたけど、壁越しの場合は職業やレベルとかしか出てこなかった。
そうこうしてたら、なんか急に体がだるくなって頭が朦朧としてきたの。多分、魔力切れだったんだと思う。その日はもう何もする気になれなくて、おとなしくそのまま寝た。
そんなこんなで暇にあかせて、疲れて動けなくなるまで鑑定魔法を使った後寝るだけの生活がさらに数日過ぎた頃か。私の生活に少しだけ変化があった。
閉じ込められている部屋の窓の、鉄格子の間に挟まるようにして小さな包みが届くようになったのだ。
毎晩続いたそれは、小さな布の包みを雑に紐で巻いた物。中身は木の実だったり干し肉だったり。紐には必ずきれいな貝殻みたいな物がくくりつけられていて、なんだか可愛いの。
その頃にはもうお腹をすかせることはなくなっていたんだけれど。でも、すごく嬉しかったな。この世界に来て始めて、自分のことを気にかけてくれる人がいるって思えて、どこか救われた気分だった。
私の体感で監禁生活が1か月くらいたった頃。
日課になりつつあった鑑定魔法で壁の向こう、廊下をたまに行き来する人達をぼーっと観察していたら、なんかすごい人が通った。
[ 種族 ] 人間
[ 職業 ] ヴラスタ王国皇太后
[ 称号 ] 隠居した治世者
[ レベル ] 25
その前後には近衛騎士って職業の人が4人歩いていて。
わー、ここって王政なんだー…ってのんびり眺めてたら、表示されたステータスの枠が、なんと私のいた部屋の前でぴたりと止まった。
言葉はわからないけど何か言い争うような声がいくつか聞こえた後、静かになって。一日一度の食事の時間はまだ先なのに扉が開いて。
あれよあれよという間に、私は部屋から連れ出されてかなり離れた別の建物へと連れて行かれたのだ。
外へ出て始めて、それまでいたのが大きなお城の中だと知ったわ。皇太后様達に連れて行かれたのは、お城から通路で繋がった二階建ての別棟っぽいところ。これまた大きくて端が見えないくらい。後で教えてもらったけど離宮って場所らしいわ。
応接室っぽいソファのある部屋に案内されて、何か悲しそうな顔で色々話しかけられて戸惑った…あの時は解らなかったけど、皇太后様は王様達が私へした仕打ちを謝ってくれていた。でも、言葉は理解できなくても表情やしぐさでなんとなく伝わったのよね。この人は悪い人じゃないって。
それからは、その建物で皇太后様と騎士さんに見守られながら、メイドさんたちに言葉を教えてもらえるようになった。子供向けの絵本からスタートして数ヵ月で会話が出来るようにまでなった、皇太后様が言うには召喚された勇者は様々な才能を授かってこっちに来るから、その影響らしい。てっきり自分が語学の天才になったんだと思ってた、今考えると恥ずかしいな。
言葉が少し解るようになってきたところで、私は皇太后様に魔法のことを相談した。この人なら、信頼できると思ったから。
案の定驚かれた、私が使える魔法は相当珍しくて、鑑定魔法が使えるとそれだけで商売ができるとも教えられた。ほんとに、お城のほうでバレなくって良かったと思う。セーフだわ。
てっきり、もう一人の召喚者のあいつも同じことが出来るのかと思っていたんだけど、なんでもあっちは攻撃に関する魔法ばかりとのことで。対して私が出来るのは『食料召喚』『鑑定』『アイテムボックス』の三つ。見事に戦闘向きじゃないのばかり。
鑑定とアイテムボックスは希に使える人がいるらしいけど、食べ物を召喚するという魔法は聞いたことがないと言われた。しかも、厳密には魔法ではなく『スキル』という、固有の特技のようなものと聞き驚いた。
たしかに、『魔法』である鑑定と違って『スキル』のアイテムボックスと食料召喚はたくさん使っても疲れないし、妙だなとは思ってたんだ。使用回数の制限がないってなんだかお得な感じ。
皇太后様達が特に関心を寄せていたのは、食料召喚のほう。
試しにミカンを出してみせたら、甘くておいしいと大いに喜んでくれた。
食べ物を召喚するスキルなんて、珍しい所じゃないらしい。そして私のいた世界に基づいた食べ物を呼び出すらしいと伝えると、傍に控えていたメイドさんや近衛騎士さん達は顔が引きつってた気がする。皇太后様は子供みたいにきゃいきゃい喜んでたけど。
私の告白を聞き終えると、驚きながらも納得したと言っていた。お城で私がただ閉じ込められていただけだったのは、この力が原因らしい。
私は、召喚勇者に理由もなく突然襲いかかったことになっていたようで。あいつマジで許さない。
国の英雄である勇者を害した。通常であったら即犯罪者として刑罰を執行されるところ、私も同じ召喚者だった。しかも、言葉がわからないし、無敵の勇者に一撃入れられる「武器」を召喚したことにされてた。大根は武器じゃありませんよ。
そもそも勇者は日頃の行いが悪いらしく、一部の人達からは疑われていたらしい。あの時は部屋に二人っきりだったし他に証言する人もいないし。信用ないな、実際あいつ嘘ついてるけど。
勇者がはなから嘘をついていたら、無実の私を処刑するのは大変まずい。
しかも、監禁する際に押さえつけ無理矢理引っ立てていったのに、まったく抵抗する様子もない従順っぷり。さらに、勇者に劣らない戦力を秘めてるかもしれないってことで、実は未だに偉い人たちが連日会議を繰り広げ揉めてるらしかった。それならせめてもう少し待遇を改善すれば、後の心証が違ったのにね。なによあの食事内容は。こちとら成長期よ、あれじゃ死ぬっつーの。
で、そんな騒ぎの張本人が、今何故こんなのんびり出来てるのか疑問ではあったけれど。そういやこの方皇太后様だしね…折を見て恐る恐る聞いてみたらだいたい想像通り。
もし私を懐柔することになった時、監禁して放置してたではまずいですわよと説き伏せて、皇太后様の監視付きって条件で監禁場所を移動することを了承させたらしい。この、彼女の住む離宮?とかなんとかいう建物の中にいる限り、全力で守ると誓ってくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなわけで、優しい人達に守られながら快適な生活が続き、すらすらと会話が出来るようになり教育係のメイドさんにお墨付きをもらった日。
皇太后様がお祝いにちょっとした食事会をしましょうと言い出した。
そして、頑張ったご褒美にステキな人を紹介してあげると。内心ものすごくびっくりした、てっきりお見合い的なもの!?って。
この世界の成人は15才くらい、結婚適齢期も遅くとも二十歳前後って聞いていたから。私は高校生であの時は16才だった、だから皇太后様を信じていたつもりだったんだけど、その時はちょっと疑ってしまったの。皇太后様の息子である王様の親戚とか貴族とかの家に嫁がせて、取り込もうとしてるんじゃないかって。
でも、そんなの考えすぎだったわ。
食事会当日、メイドさん達によってたかって着せ替え人形にされて、ヒラヒラのドレスを着せられて席につき30分。噂の「ステキな人」は中々来なかった。
皇太后様がそわそわして、結局先に始めちゃいましょうと笑って配膳が始まった時、奴はやっと到着した…轟音を伴って。
ズドオオオーンッ!!
突然ものすごい音が響き渡り部屋全体が揺れた。何事かと狼狽える私を、皇太后様の近衛っていう騎士さんが背後に庇ってくれたっけ。あの時はちょっとときめいたわ。
でも、皇太后様は座ったまま一人落ち着いていて、右手で額を押さえてため息をついてた。多分、奴の仕業だってわかってたんでしょうね。
何が起きたのかわからないでいたら、バタバタと足音がして、兵士さん達がお屋敷中を見回ったり城へ走っていったり、はたまた城からの兵士さんがお屋敷に走ってきたりと大騒ぎになった。
で、ようやくお屋敷が静まりかえったくらいのタイミングで、窓から奴が顔を出したの。
「やー、遅れてわりぃ。遅刻しちまった」
そこは二階だったのに、窓枠をひょいと飛び越えて部屋に入ってきた。あの時はまだ色々知らなかったから、一拍おいてからすごく驚いたっけ。
で、のこのこと椅子につこうとしたとこで皇太后様に滅茶苦茶怒られて、すぐまた退場。近衛騎士さん達がものすごい憤怒の形相で引きずってったのを覚えてるわ。
そのままお風呂へ連行されたらしい。だってその時の奴…ガルムは全身煤だらけで服もボロボロ、焦げ臭くって、無精髭もかなり伸びてたんだもん。そりゃ高貴なご身分の人でなくたって怒るわよね。
私は、火事場から逃げてきたみたいな恰好してるし、お風呂よりも手当てするのが先じゃない?ってハラハラしてた。あいつがそう簡単に怪我するわけないって知らなかったからね。
まぁ、お風呂に入らされて服を着替えさせられて、改めて部屋に入ってきたときは見違えた。そういやあの時はひげもきれいに剃られてたわね、あの状態を維持すればモテるだろうに…
それから皇太后様に紹介されて、なんだかわからないけど一緒にご飯を食べたの。
どこのどういう人、っていう説明はなかったし、これはお見合いじゃないっぽいな、ってちょっと残念…いえ、いえいえ!誰があんなの!だいたい好みじゃないしおじさんだしっ!
あー、あの時は皇太后様とガルムが楽しそうにお話するのを、横で大人しく聞いてた感じね。なんかひたすら怒られてたな…離宮にはこっそり来るように!とか、もっと静かに行動して!とか。
デザートを食べる頃、皇太后様から驚きの事実を聞いた。
私が部屋に閉じ込められていた時、毎晩差し入れを窓へ届けてくれたのは彼だ、と。そしてそれをお願いしたのは皇太后様だったらしい。
ずっと…私が理不尽に閉じ込められていることを知ってから、彼女は気にかけてくれていたのだ。
話を聞いた後胸の奥が温かくなるような気持ちになって、じんわりと嬉しさがこみあげてきて。実は少し泣きそうになってたのよね。
この、自分以外すべての人が他人だと思っていた世界で、この人だけは…仲間っていうのかな?家族とも違う、でも私のことを考えてくれてるんだってわかって、とっても心強くなった。守ってくれているんだって、実感できたの。
そして、あの贈り物を届けてくれたのはこの人だったのか。
そう思うとなんていうかちょっと意外で。ぽかんと口を開けて奴を眺めていたら、ガルムは子供みたいにニカッと笑い返してきた。いたずらに成功した悪ガキみたいな顔で。




