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くろねこの冒険~目指せ!異世界一周~  作者: 葉桜丸
第一章 はじめまして、異世界
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39話 マルガリータ

クルルとジャックのお話に戻ります。村を出るまでは、まだしばらくかかりそうです。

「ミー!ミー!」

「メェー♪」

「あははは待て待てー!」

「速いぞヤギライダー!」

「こ、こら……」

教会の前の広い草地で白いヤギが駆け回っている。それを追う子供達と、丸い獣耳の少年。ぽかぽかと温かい日差し、空は青く雲一つない、時折鳥のさえずりが聞こえる。

なんとも牧歌的で平和な景色なのだが、俺は力の限りに悲鳴をあげ助けを求めていた。だってその疾走するヤギの頭に紐で縛りつけられているのだから。つーか助けて、ほんとお願い。


楽しそうなヤギと小悪魔供を止めようと、さっきからずっとクルルが追いかけているのだが、強く叱ることができないらしくおろおろと追随しているようにしか見えない。

軽やかなステップで、捕まえようとする子供の手から逃れ続けるヤギ。その頭の上で固定されてる俺は、ヤギが跳ねるたびにぶいんぶいんと上下左右に振られ気絶寸前である。もはやゲロも出ない。


ヤバイ、なんか目が霞んで今までの思い出的なものが脳裏に浮かんできた…楽しかった小学校の遠足、水着を忘れて大変だった臨海学校、ああ、受験勉強大変だったのに遊んでばかりだった大学生時代…なんか学校に関することばっか思い浮かぶな…

「何をしているんですかーっ!」

「わっ、シスターだ!」

「逃げろー」

「お待ちなさーい!」

バタバタと逃げ出す小悪魔供を追って、長いスカートの裾を翻しながらシスターが走る。

皆あっという間に裏庭のほうへ消えていった。静かになった草原で唖然と立ち尽くすクルル、ヤギも動きを止めている。回転していた視界が静止し、逆によりいっそう目が回る。

「…クプッ」

「あ」

俺の喉が何かが込み上げる音をたてると、はっと気づいたように駆け寄ってくる獣耳少年。

おっそいよ、し、死ぬかと思った。


それから俺がヤギの頭から解放されるまでには更に何十分もかかった。ぐったりと脱力して待つ。

ヤギの頭はふわふわで案外気持ちがいい。揺れさえしなければだが。

どうやらクルルはちょうちょ結びの解き方を知らないらしい、変なとこを引っ張ったせいで固結びになってしまい、紐を相手に四苦八苦していた。ヤギは大人しく横で草食ってたんだけど、何度も紐を引っ張るからちょっと不機嫌になってそのたび俺が必死で喉を鳴らして気をそらすはめになった。なんとこのヤギ、俺の喉の音を聞くと大人しくなるのだ。さすが異世界、いや関係ないかな。

結局クルルは紐をほどけなくて、諦めて爪で切ったようだ。俺の背中まで切られやしないかとヒヤヒヤもんだった。


「はーふ…」

「大丈夫か、ジャック?」

クルルの手のひらの上で寝そべり、げんなりとした吐息を吐いた。生きてる、俺生きてるよ。

この教会に世話になり始めてまだ数日だが、もう一生分ジェットコースターに乗った気分だ。体力のない小動物にはしんどすぎる。


動かない俺を心配そうに見下ろしていた少年だが、そろーっと俺の体を持ち上げたかと思うと自分の肩に子猫のちんまりした前足をちょんと掛けさせて、後ろ足の下を支える姿勢にしてくれた。

あ、これ楽かも。体の前面がぺたっとクルルの肩にくっついてるのが安心するな。

俺が落ち着いたのを確認すると、空いたほうの手で頭から背中を撫でてくれた。むふー、苦しゅうないぞ。

「プルルルル、プルルルル…」

心地よくて自然と喉が鳴る。しばらくそうして撫でられていた。



今日の朝ごはんの席には、じいさんがいなかった。それというのも、いつもの朝なら向こうから起こしに来るじいさんが、今朝は日が昇っても姿を現さなかったらしい。

クルルもめちゃ早起きなんだが、じいさんは昨日も一昨日もそれより早く起きて庭をぶらぶらして、ご飯の時間が近くなるとクルルの部屋へ声をかけてくる。まだ外が真っ暗なうちに目が覚めてしまうと言っていたし、あのじいさまは見た目は若くとも想像以上の高齢と思われる。


そんなわけでおかしいなと思ったクルルがじいさんの部屋を訪れると、青い顔してベッドで呻いていたそうな。

二日酔いだそうだ、なんて羨ましい…俺なんてこっちの世界に来てから酒どころかジュースすら飲めないというのに。

体がだるくて起きられないというし、今にも死にそうな顔をしてるしで心配したらしい、俺はその時まだ寝てたから顔見てないけどさ。


クルルに撫でられながらそんなことを思い出す。

じいさん、まさかとは思うが二日酔いでひっそり死んでたりしないよな?異世界とはいえ、まさかだよな。

ふと、クルルがぼんやりと呟いた言葉が聞こえた。

「…酒、か。一杯だけで、あんなになるなんて、恐いもの、だな」

え、一杯だけ?そんでじいさん二日酔いになってんの?よ、よっわ。



その後はクルルと教会の畑に移動して朝の日課を始める。

なんとここの教会は広大な草地や牛の牧草地っぽい土地に、畑まであるのだ。教会の建物も建て増ししたみたいに妙な形しててでっかいし、じいさんの家まで同じ塀の内側にたってる。俺のイメージする教会とは違うとこなのかもしれない。

この広い敷地の端っこが、村と外との境界線になってるらしい。その一面だけ壁が高く分厚くなっているそうな、でもその辺りはあんまりにも遠いから普段はほったらかしで草ボーボーみたい。


ちなみにじいさんの家にやっかいになり始めてから、クルルは進んで雑用をこなしている。

村に来た当所、こいつは暇を持てあましていた。

俺が見てて感じた限りだと、病み上がりみたいなもんだから周りが気を使ってそっとしといたふうなんだけど。こいつにそういう気遣いはちょっとわかりにくかったようだ。

皆忙しく動きまわってるのに、と自分には何も出来ないと悩み落ち込んでいたのをみかねて、朝だけでいいからお願いねと言ってシスターが草むしりを任せてくれたのだ。


暖かい日差しを浴びながらでっかい手で器用にぷちぷちと雑草を引き抜いていくクルルを、俺は地面に降りたって応援していた。

これが子猫の仕事である。俺にだって出来ることがあるのだ、胸を張って言えはしないけども。

「ミー」

「う。がんばる」

俺を見下ろしはにかむように頬笑むと、さらに草むしりにせいをだす少年。こういう作業は始めてらしいが、案外うまいじゃないの。


多分、こいつは不安なんだと思う。これから自分はどうなるのか。どうすべきなのか。

王都へ行って鑑定を受けて、それから?

有罪無罪がわかって、それから先はどうする?

聞いた話じゃ、こいつの出身地は不明らしい。本人がぼやいてたけど記憶がないそうだ。

奴隷にされた時季もわからず、親も知らず、外見の特徴からだいたいの年齢と種族が猫人だと予測できる。その程度の情報しかない。過去がないとも言える。

こいつは口下手でどんくさくて、でも真面目で、優しくて。そんないい奴がこんな境遇にあるということが、腹立たしくてやるせなかった。

命を救われておきながら、何もしてやれない自分がせつない。恩返しとまではいかないけど、早くでっかくて強い魔物になって、使い魔として支えてやれたらいいな。

この頃はそう思うようになってきた。そうやって強くなることを生き甲斐にしていけたら、もしかしてこっちの生活も楽しめるんじゃないか?って。


やっぱり人間に戻りたいし、元の世界にも帰りたい。それが偽りのない本心なのだが、多分…こっちの世界に来る前に、俺死んでるっぽいからね。何度も思い返してみたが、やっぱり。

瞼に涙が溜まってきてぎゅっと目を瞑った。ぶんぶん首を振って涙を振り払うとネガティブな思考を中断する。

いかんいかん、めそめそするのはもういい。人生はこれから、俺はまだ赤ちゃんなんだから。



決意とともに、ひたすら真剣に草を引っこ抜いていくクルルを心の中で応援しつつじっと見守る。

「ミュッ!」

「ああ、大きかった、な」

俺の驚きの声に、クルルが笑顔で応じる。

引っ張られた雑草が根っこごとゴソッと、大きな土の塊を纏って抜けたのだ。それぞれが長くて数の多い根がわさわさとぶら下がる様は、まるでエイリアンみたいに見える。

しっぽを震わせて謎のわくわく感に酔いしれていると、その抜けた跡の穴に何かが動いているのに気づいた。


あ、ミミズ…異世界でもミミズは同じ形なんだ。うんにょろうんにょろ蠢いてて気持ち悪い。

そういやこいつらって顔どこ?目とか鼻とかあんのかな。

今の手乗りサイズの俺なら超アップで見られるんじゃね?

ちょっと気になる、キモいから傍で見たくない気持ちもあるんだが、逆にじっくり見たい気もする。怖いもの見たさってやつか。


ずりずりずり。


好奇心に取りつかれて地面を這うと、ミミズの方へと移動する。

俺は回りの地面より一段高いとこに乗せられていた、これって畝ってやつか?確かここに種を埋めるんだよね。うろ覚えだけど。

うんしょ、うんしょ。

ミミズは畝の中程、坂になったとこにいる…気をつけないと転げ落ちそうだ。慎重に、ゆっくりと。


「………」

ふいに頭上に影がさしたのに気づき、顔を上げ横を見た。

「ミ?」

なんだ、大きくて白っぽくて丸みのある壁みたいな柱が宙に二本浮いてる。柱に挟まれた空間の奥には真っ白な布があり、その回りにはひらひらのカーテンみたいなもんが、舞台の緞帳みたく一面に揺れていた。

んー?

目の前を塞いでいるそれがなんだか分からず、視線をさらに上に上げる。


「…真っ黒い子なんていたかしら?ふふっ、貴方ちっちゃいのね」

「ミイ!?」

そこには金髪の、14歳くらいの女の子がいた。柔らかく笑いかけるその顔は整っていて、まるで人形のよう。鈴を転がすような声は幼くなんとも可愛らしい。

つーか、それじゃ俺の目の前にあるこれは…視線を下げて改めて前を見る。彼女はしゃがんでいて、足元の俺を見下ろしている。

思わず、スカートとペチコートに囲まれた眼前の白い布(フリルとリボン付き)をじーっと凝視してしまった。

ロ、ロリコンじゃないよ!?でも、目の前にあると、つい気になって…

「…だ、れ?」

小さな呟きが聞こえた。

女の子の声に気づいたクルルがしゃがんだまま顔だけ振り向いて、おどおどと話しかけていたらしい。知らない人だから警戒してるのか、怖がっているのか。


畝をななめに挟んでしゃがみ、見つめあう二人と見上げる俺。

女の子はびっくりした顔をしていたが、ふいに困ったように笑った。

「ねえ、名前を聞くのならまず自分から名乗るものじゃない?」

呆れたように言いながら俺を抱き上げる。

俺を膝の上にちょこんと立たせて、足と腹についた土を優しく手で払ってくれた、這って動いたせいで俺がほぼ全身土まみれなのに気づくと、ハンカチを取り出し念入りに拭いてくれる。

白いスカートに土がぱらぱら落ちてるのに、それを見ても嫌な顔一つしない。いい子じゃねーか、土まみれでごめんね。


それをじっと見ていたクルルはこちらへ向き直り、少し考えてから呟いた。

「お、オレは、クルル…その子は、ジャックだ」

「クルルくんと、ジャックちゃんね。ずいぶん立派な名前をつけてもらったのね、かっこいいわよ」

「ミュー」

指先で頭を撫でられた。

でも、この名前ってかっこいいの?地味じゃね?ジャックだよ、確か日本でいう「太郎」的な名前なんでしょ?何かまんがかテレビで見たぞ(適当)


「私はマルガリータよ。リタでいいわ」

ハンカチをしまいながら笑いかける、リタ。クルルは戸惑うように小さく会釈で返していた。

こんな可愛い女の子が相手だと普通は照れたりするもんじゃない?なんでこいつ平然としてんだか。頬赤くするくらいあってもいいのではないかね、好みじゃないのかな。


向かい合ってしゃがんだまま、リタは俺を持つとクルルの手へ載せてくれた。もうちょっと美少女の抱っこでも良かったんだけどなー。

「教会に新しい人が来たって噂になってて。気になって見に来たの、ここって年の近い子が少ないからうれしいわ。これからよろしくね」

リタはすごく嬉しそうだ。

そっかこの村、子供はみんなちびっ子だったな。この娘と年が近いのっていったら、キャシーと…あのロドリックとかいう派手男くらいか。あとそのオマケっぽい取り巻き二人。

「あら、マルガリータじゃない。朝から教会にいるなんて珍しいわね」

お、キャシーが来たみたいだ。でもなんか声がいつもより甲高いよーな…


「おはよー!」

「…それ、なんのつもり?」

「え?」

晴れやかな笑顔で片手を上げるキャシーに、リタはひきつった微笑みと質問で返した。しかし言われた本人はその理由がわからないらしく、わざとらしく小首を傾げているのだが。

いやいや、おれも聞きたいよ。なにそれ!?

いつもだったら無造作にてっぺんでひとつに束ねただけの髪型が、今日はなにやらぐるぐるびょんびょんしているのだ。

たてロール…なのか?動くたびにもっふもっふとほどけていってるけど。前髪もくりんと巻いてておかしなことになっている。で、顔がまた、なんというか。一言で言うと、変だった。

「貴方、お化粧したことないでしょ?」

「な!?何よいきなり、化粧くらいしたことあるわよっ」

「ふーーーーん?」

どもるキャシー、嘲るように鼻で笑うリタ。その顔には出会った時の天使のように無垢な雰囲気は欠片も見当たらない。

あ、あれ?リタさん、あれぇ?君ってこういう子なの?

「お化粧っていうのはねぇ、人を笑わせるためにするものじゃないのよ。欠点をカバーして美しく見せるための技術なの。分厚く塗りたくればいい、そんな単純なものじゃないわ」

「うぐっ」

「だいたい何、そのありえない色!不自然なライン!はみ出てるし!」

「ううううっ」


立ち上がってずいずいとキャシーに迫るリタ、なんかちょっと怒ってるみたいだ。

まぁ、でもあの顔は…俺もないとは思うよ。

キャシーの小さい顔は全面真っ白におしろいが塗りたくってあり、瞼は眉毛に届くようなとこまでピンクに丸く染めてて、目じりにはうねった黒い太い線が描いてある。口紅は血をすすったみたいな濃ゆい赤、しかも本来の唇の倍くらい塗ってあるのでちょっと怖い。

「その口紅ステラの新作でしょ!?なんてもったいない使い方してるのよ馬鹿!」

「だだだだってー!」

「いくら村の外から…っ、っと、いけない」


怒ってたリタが突然、何かに気づいたように声を潜めた。周囲をきょろきょろと見回し、ほっと胸を撫で下ろす。それからクルルを見てまたはっとしたかと思うと、半泣きのキャシーの耳に口を寄せ何事かごにょごにょと囁く。

「あー…どうだろ?あたしは家でパパに聞いたから」

「私も昨夜父様と母様から聞いたわ。彼、どう?難しい話は苦手っぽいけど…」

「うーん」

ぼそぼそと二人で話し合いを始めた。なんか、目の前で内緒話されると気になるぞ。

クルルと顔を見合わせ、見守る俺だった。


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