38話 親方の夜と冒険者達の朝
GWが終わってしまった(悲哀)
「じゃあ親方、また明日」
「おうお疲れさん!」
荷物を担いだ弟子達を肩で見送り、工房の片付けの確認をする。
よし、問題ない。ようやくあいつらも一通り出来るようになりやがったか。
「あー…」
片手で肩を押えぐるぐる回す、ゴキゴキという鈍い音が響いた。職業病と思って諦めてはいるが、年々酷くなるなこれは。
ため息をつきながら工房の明かりを落としていると、パタパタと小さな足音が聞こえてきた。
「とーちゃん、ご飯!」
「はやくー」
「ああ、今行く」
開きっぱなしのドアからひょっこり顔を出したのは、だぶだぶの服を着た子供達。
手には古いランタンを持っている、この工房から奥の家に行くには一度外を通る必要があるからだ。俺が一人で行く時は貸してくれないのに、子供達には甘い嫁なのである。
一日立ちっぱなしでくたくたに疲れてはいるが、俺の両手に笑顔でしがみつく子供達を見たら動かない訳にはいかない。それにここで一休みするにも、工房には酒を置いてないのだ。
子供らに手をひかれ、家への帰路についた。
暖炉の火が赤々と燃える暖かなリビングでようやく人心地つく。そろそろ春ではあるが、このへんの夜はまだ冷え込む。
ああ、今日の酒もうまかった。もちろん料理も。
「あんた、そういえば夕刻に村長がいらしたんだよ」
「なぬ?なんだ、なにかあったのか?」
工房に来なかったということはたいした用事ではないだろうが、珍しいことだ。
「なんかねぇ、ほら、村のアレの話を子供らに説明するの…忘れてたらしいわ」
「………」
気まずい沈黙。
まぁ、全く予測がつかなかったわけでもない。
賢者様は、あー、この頃とみに…忘れっぽいというか、うっかりしてるというか…
嫁と同時にちらりと子供らの様子を伺うと、小さな皿を手に二人揃ってタンスの後ろを覗きこんでいた。
あの隙間には、数日前から猫が潜り込んでいるのだ。嫁が言うには何かに怯えているらしく、しょんべんの時以外出てくることがない。飯もろくに食わないらしく、めっきり痩せてしまったようだ。
「ねぇ出ておいでー」
「ごはんだよー」
優しく呼び掛けるも出てくる気配はない。子供らが振り向いてこっちを見るが、ワシがやっても出てこないんだからどうしようもない。
うーむ、他の家でも似たようなことになってるらしいし、さすがに心配になってきたぞ。
昨日ヨルンさんが森の魔物供を確認に行って、何も変わらないと言ってはいたが、動物達が理由もなくここまで怯えるというのも妙だ。
魔物でないなら、まさかとは思うが災害の前触れとか…地震、火山の噴火、川の氾濫…うむむ、いろいろ考えると不安になる。
「あんた?どうかしたのかい」
訝しげな嫁の声で我に帰る。軽く頭を降り不吉な想像を振り払った。
「なんでもない、それより、よぉ。なんて説明するべきだと思う?」
「うーん、そこだねぇ。あたしゃてっきり、賢者様がうまいこと言ってくれてるもんだとばかり」
うむむ、ワシより嫁のほうが口が上手いと思うんだが、むぅ。
ふと考えてみればここに住み着いてはや9年。その間に、嫁ができて子供ができて、弟子まで持てた。
武器を振るう以外何もなかったワシの人生がこんなにも賑やかになるとは、当時は思いもしなかった。この幸せは多分全部、彼女の存在から始まっている。
「…シンシア様が生きていたら、きっと喜んで下さったろうな」
思わず口をついて出た言葉に、嫁が弾かれたようにこっちを見る。非難めいた視線、だが、ワシの表情に気づくとその剣呑な雰囲気は消えた。何を考えていたのかわかったのだろう。
椅子に座り直し、二人して無言で子供らの後ろ姿を眺める。
うちに来た時はどっちも小さくて、毎晩のようにピーピー泣いていたのが嘘みたいだ。
「…そうだね、あの方はきっと誰のことも恨んじゃいないもの。はなっから許してる、だから今まで村を隠してきたのは、全部あたしらの我が儘なんだ」
寂しそうに頬笑むと、ガタンと音をたて立ちあがり、台所へ向かう。
「お茶でも煎れてくるよ」
くぐもった声音、袖口で目尻を抑える様子からも泣いてるのがわかった。
最近やっと皆元通りの生活を取り戻して泣かなくなったというのに、思い出させてしまったようだ。そう思うと苦しくなる、自分も目が潤んできてしまった、やっぱりダメだ。
「悪い、酒にしてくれるか」
「ふふっ、あたしも付き合うよ」
「ははっ…今夜はガキ供も付き合わせるか」
揃って鼻声で笑い会う。
タンスの裏の猫を引っ張り出すのを諦めた子供達が、目を押さえて肩を震わせるワシに気づき駆け寄ってきた。
「と、とーちゃん!?」
「どうしたの、どこか痛いの?」
驚きに目を見開いている幼い顔を涙越しに見つめ、順番に頭を撫でた。
そうだな、こいつらもこの村の始まりを知ってもいい頃だろう。
「どれ、話をしよう、お前らにとっても大切な話だ。そら、椅子に座れ」
泣きながら言うのは少々恥ずかしいが、これはもう仕方ない。これを平然と話せるようになるにはまだまだ長い時間が必要だろうから。
顔を片手で押さえ、しゃくりあげながらゆっくりと話をはじめたワシを、嫁が泣きながら笑顔で見守っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カーテンの隙間から明るい光が差し込むのを見て、ゆっくりと目を開く。
「…眠れなかった」
独り言のつもりだったが、隣のベッドで身じろぎする音がしてなにげなく横を見てみれば、並んだベッドの全員の顔がこちらを向いていた。どいつも目が座っていて瞼には浮腫が見られる。
人のことは言えないが元々の人相の悪さと相まって山賊のようであった。きっと俺もあんな顔をしているんだ。
仲間の一人が弱々しい声で呟く。
「こんなふかふかの布団始めてだよ…見てくれ、尻が沈むんだ」
「ああ、部屋も広いし片付いてるしな。この部屋が暖かいのは隙間風がないせいだろう、こんなしっかりした造りの家珍しいぞ」
「俺、風呂なんて始めて入ったぜ?飯食ったら焼き菓子が出るわ、酒も無料で…」
「なのに、なんで眠れなかったんだろうな」
「「「「………」」」」
全員が死んだ目で天井を見つめる。
思えば、この村へ入った時からどこかおかしいとは思っていた。
そもそも、あの森に集落があるなんて話は聞いたこともないのだ。
村の入り口でなんとなくあちこちからの視線を感じてはいた。
冒険者という仕事柄辺鄙な場所に行くこともあるし、そういう所では余所者は物珍しさからじろじろ見られることが多い。
だが、この村で感じる視線はなんていうか…最初はたいして気にもとめてなかったけれど、やっぱりおかしい。
普通、余所者をじろじろ見るにしても、もうちょっとこう…怪しい奴だとか、何か悪さをするんじゃないのかとか、そういった空気だと思う。
だがこの村では、ものすごく見られているのは分かるのに、みんな見てないふうを装っているというか。嫌な言い方をすれば気配を消して見張られているような嫌な気分になる。
やましいことはないと思うのだが、あんなふうにちらちらと見られているとなんだか落ち着かない。
そんなこんなで居心地が悪く、元々ここへ来るまでに疲れていたせいもあり、買い物もせず逃げるようにまっすぐ宿屋に向かったのだ。
店主は気難しそうなドワーフだったが、料金は格安なわりに食事はまぁまぁ、酒が無料な上珍しい焼き菓子を振る舞われ、さらに驚くべきことに風呂があるという。しかも宿泊費に込みだというので喜び勇んで全員で堪能した。いつもならせいぜい湯をもらい体を拭くだけなのに、この人数で一度に浸かれるほどでかい浴槽を見て目を疑ったな。
風呂を出る頃にはもはや村へ入った時の不信感は頭から消えていた。皆上機嫌で、あてがわれた広い個室に入り、調度類の豪華さにまた盛り上がって。
この村はいいところだ、明日すぐ帰るのはもったいない、これからはここを拠点にしたい等と楽しく話をして。
明日もこの豪華な宿で目覚めるのを楽しみに、幸せな気分で柔らかな布団に潜り込んだ。
そこまではいい。最高の気分だった。
問題はそこから朝まで。思い出すのも恐ろしい、恐怖の夜だった。
思い出して肩をぶるりと震わせると、壁際にベッドにいたモルツが大きな体を縮ませるように俯き体を震わせていた。
「…っ、ぐすっ…おれ、い、家に帰りてぇ…」
「モルツ…」
かわいそうに、あの気の強い彼が見る影もない。
「なぁ、結局あれは…?い、今は気配が消えてるけどよぅ、まさかゴーストとかじゃねぇよな?」
「馬鹿な、ゴーストだったら隠れて見てるだけな訳ないだろ!とっくにとりつかれてるよ」
一晩中、天井の裏から漂っていた恐ろしい気配。
不思議なことに殺気は感じないのがまた不気味で、正体のわからない禍々しい存在にただひたすら見られているという圧を肌で感じるのだ。これで眠れるやつはいない。
けっきょく物音一つ聞こえなかったが…夕べほど自分が冒険者として感覚が多少鋭いことを後悔したことはない。こんな思いをするくらいなら、背後にゴブリンがいても気づかないくらい鈍いほうがずっと良かった。
布団に入ってすぐあの気配に気づいてからは、一睡もできないどころか身動きすらとれずひたすら恐怖に震え寝たふりをしていたのだ。背中はじっとりとした汗で湿り、全身に強ばりが残り指先はまだ震えていた。
「なぁ、ティダやばくないか?目の焦点が合ってない…」
それほど勘の鋭くない俺でもわかるほどの威圧感だったのだ、気配感知のスキル持ちのティダの消耗度合いは気の毒なほど酷かった。
布団からのそのそと這い出てくる男達の中で一番顔色が悪く、一晩で頬がげっそりとこけてしまったティダは、怯えるように肩越しに天井を盗み見ていた。その肩はかすかに震えている。正気を保てたことを天に感謝したほうがいいかもしれない。
おれたちはあの恐怖から解放されたことに安堵しつつ、これで終わりと安心する根拠も考えつかずベッドの端に腰かけて頭を抱えるしかなかった。




