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くろねこの冒険~目指せ!異世界一周~  作者: 葉桜丸
第一章 はじめまして、異世界
35/102

35話 幕間 魔人侵攻(前編)

今回、読んで嫌な気分になるかもしれない描写があります。苦手な方はご注意下さい。

クラレンス帝国の東、国境の町アラベラ。周囲をぐるりと山に囲まれ、さらにその内側には見上げるほど高い防壁がそびえ、町を守っている。


普段は開け放たれ、多くの商人や旅人でごったがえしているはずの大きな門は閉ざされていた。国境だというのに衛兵すら一人も立っておらず、気味の悪い静けさに包まれている。

石造りの堅牢な門は防壁と繋がっていて、その上部は建物の三階に相等する高さの見張り台になっていた。簡素な屋根のついたそこは非常に狭く、鎧を纏った衛兵なら3人ほどしか立つことはできないだろう。


その狭い空間に、ただならぬ様子の二人の騎士が立っていた。遠眼鏡を手に、眼下の街道の先に広がる森を見つめる。その眼光は鋭く、しかし表情にはかすかな困惑が浮かんでいた。

「隊長、あの木の影と岩場の向こうに」

「…やはりか。お前の目で確認させるまでは確信が持てなかったが、悪い予感というものは当たるようだ」


髭をたくわえた壮年の騎士が顔を歪める。

傍らの騎士はまだ年若く、緊張からか青ざめた顔をしていた。彼はこの国にしては珍しく庶民から騎士へと任命された若者であり、その恵まれた体躯と鋭い感覚、希少な探索スキルによって瞬く間に一番隊の副長へと抜擢された。


「確認できた個体だけで10体ほど。それと、やはり…魔獣の類いではありません。私のスキルでは詳しくはわかりませんが、呼吸していないようです。あんなもの魔物図鑑でしか…」

若い騎士の声はだんだんと消え入るように小さくなっていた。

隊長は目を閉じて空を見上げ、耳をすました。だが聞こえてくるのは時折吹き抜ける風の音だけ。


長い逡巡の後、苦悶の表情で瞳を開く。

「…この期に及んで天の助けを待つなど。青髪はいつどこに現れるかわからぬ、あてにする訳にはいかん」

やるせない思いで頭を振り迷いを払う。


彼が望んでいたのは、民草の危機に颯爽と現れるヒーロー。しかしそんな奇跡など現実にはないと心底わかっている。ただ、願わずにはいられなかった。この、逃げることのできない絶望の中では。


ゆっくり進軍していると思われる奴等の本隊はまだ遠い、しかし小数の偵察部隊がこちらの出方を見張ってはいる。すなわち、大々的に街から避難しようとすれば一気に攻め込むということだろう。奴等にはそれだけの機動力がある。

すでに東門、北門の周囲も囲まれている、事態に気づいてすぐ救援の要請を出したが、おそらくこの包囲を抜けることなどできはしない。現に、協力してくれたテイマーの使い魔とは連絡がついていない。鳥形の、しかもスピード特化型の魔物だったはずだが、街を出て数分で魔力反応が途絶えたらしい。


こうなればもはや脱出は不可能。ならば、我らに出来ることをするしかない。

「衛兵隊は全員非常召集をかけています!」

「入国審査の列にいたものは全員門の中へ避難させました!万が一を考えただいま精査中ですっ」

部下達の報告を受け、覚悟を決める。

「よし。1番隊は南門を死守。2番隊、3番隊は各門の防衛。4番隊以下は防壁に沿って備えろ…昨夜夜間警邏だった者は少しでも仮眠をとっておけ。後で起こす」

「ムチャ言わないで下さいよ、眠れませんて!」

慌てた声が聞こえて足元に視線を移すと、下階からの梯子がかかっている穴からたくさんの頭が覗いていた。どの顔にも不安が見え隠れしていて、思わず失笑する。

これから敵と戦うのに、その相手がなんなのか全く分からないというのは不安を高めるのだろう。


「…パペット種、か」

苦々しい気分で呟くと部下達の顔が緊張に強ばるのがわかった。隣に立つ副隊長も何か言いたげにこちらを見つめる。

「俺も実際に見た訳ではないが、古参の連中に話は聞いたことがある。奴等はアンデッドのようなものだ、とな」

内心の動揺を悟られないよう、出来る限り落ち着いた声を心がける。

こいつらをさらに不安にさせてはならない。はんぱな情報を得ることでさらなる絶望を与えてしまうのも、避けねばならない。

「パペット種の魔物は、操る者の魔力によって動いている。その体もただの土や石であり、術者の魔力で加工しているだけだ。決して不死身ではない。だが、アンデッドとは違い急所が存在しないのが厄介かもしれん、体をバラバラにしてもそれぞれが動いていたというからな…」

副隊長が息を飲む音がした。

魔王侵攻の時代にしか確認されていない、文字通り化けものの軍団である。

「いいか?パペットマスターは魔人の中でもごく少数で、そのほとんどが10年前に討伐されている。おそらく今回のパペット共の操者は一人、そいつを仕留めれば食い止められる…援軍が到着するまで数日はかかるが、なんとしてもそれまで保たせるんだ」


軍勢は多くとも、仕留めるべきは一人。援軍の要請もおそらく期待できないが、今言うべきではない。

何があっても、こいつらを、町の人々を一人でも生き延びさせるんだ。

振り返れば眼下に広がる濃い緑、その中に刻一刻と迫っているであろう化け物の軍勢を思い、隊長は眉間に深く皺を寄せた。





背の高い木々が立ち並び、生い茂る葉で空も見えないほどに暗く、生き物の気配がなく不気味な静寂に包まれた森。

森に住む魔物はその禍禍しい魔力に怯え、すでにみな逃げてしまった。ここにいるのは彼らだけである。


カチャカチャカチャカチャ…


甲高く耳障りな、積み上げた皿を揺らすような音が無数に響き渡る。

それらの蠢く様は他のどの生き物にも似ておらず、だがその体にはどこかヒトを思わせる箇所が見受けられた。

あちこちに木の根が浮いた地面、藪の中、岩の上…あらゆる場所に彼らはいた。言葉もなく心もなく、この森の中へ溶け込みながらまるで滑るようにゆっくりと這い、前へ進んでいく。


あるものは頭が三つあり、しかしどの頭にも目はなく、ヒトの胴体の側面いっぱいにムカデのような足が生えていた。

あるものは上半身はヒトの姿をしていながら足が十本あり、歪に膨れた頭部から野獣の牙のような突起が無数に生えていた。

またあるものは幼い少女の身体に獣のような手足と太い尾を持ち、四つ足で歩いている。

どれもが見るもおぞましい、どこか狂った造形の異形の群れ。そのいずれにも生命の営みは感じられず、肌は白く血の気が感じられない、まるで石像のようだった。


ドンッ!!


突然、群れの一部が爆発し一体が吹き飛ばされた。真っ赤な炎が巻き上がり、さらに数体が熱風に絡めとられ木をなぎ倒しながらでたらめな方向へ飛んでいく。

「…くそっ、やはり人間なぞ混ぜても改善されぬか」


それを後ろから見ていたものが低い声で毒づく。

この群れの中にあって唯一正常なヒトガタを持たその男は、黒いローブを纏った一人の小柄な老人だった。

身の丈よりも長い杖を持ち、白いひげが口元から胸まで垂れ下がっている。眉間に深い皺を刻みながら苛立たしく何事かつぶやく様子は、一見普通のヒト族にしか見えない。だが、その周囲に這いまわる異形を気にも留めず歩いていくことからも、老人が到底まともでないことは伺い知れた。

地面を覆う異形の群れは、老人が杖を軽く振ると一斉にその動きを止めた。聞こえてくるのは、森の木々が焼ける音のみ。



「ギ…ギギ…」

大人の背の高さまで炎が揺らめき、暗い森の中でそこだけが明るく浮かび上がる中心に、一体だけ動き続ける異形がいた。半身が焦げ小刻みに揺れながら、頭部からは軋むような音が漏れる。

「ギギ…ブ、リジッ…」

光りのない瞳は瞬きをすることはなく、少年のようなその顔の造作を異質なものに見せていた。それでも、その彫像のような唇からは微かに言葉が紡がれる。彼の足元には…一体の、小さな異形がいた。


「この失敗作が、いらぬ手間を増やしよって!」

老人が小さく吐き捨てる声が聞こえたかと思うと、少年の顔をした異形が一瞬で全身をばらばらに分断され、細かな欠片となって地面に散らばった。

「…ア」

その瞬間、小さな小さな、声ともとれない音が小さな異形から漏れた。表情は変わらないまま、だがその体を一度ぶるりと震えさせ、腕を2本地面に向けて伸ばす。

その様子を目の端で見とがめた老人が、忌々しそうに舌打ちをした。

「チッ、こいつもか…まったく、加工する時間だけ無駄だったな」


ドカッ!!


老人が杖を一振りすると小さな異形が吹き飛び、燃え盛る木に激突し、その根本に崩れ落ちた。ヒビの入った胸に一瞬輝く魔法陣が浮かび上がり、ふっと消える。

魔力の供給を、術者とのつながりを解除したのだ。役立たずなど老人は必要としていない、こいつに回すはずだった魔力を別の研究にまわしたほうがずっと効率がいい。

「動きはよくなったが、どうにも馴染みが悪いようだの。やはり人間のような汚れた魂はパペットには向かぬか」


ブン……


「…なんだ、魔餓蜂?」

老人の頭上、木の上方を飛ぶ黒い影。

それは昆虫型の魔物にしてはやや小さい、ゆるく曲線を描くシルエットをもっていた。

この国で長年隠れ潜んできた老人にとっては馴染みが薄い、久方ぶりに見る類の魔物であった。たいして脅威でもないが物珍しさから上を見上げたその目がいぶかしげに細められる。


いつのまにここまで近づいていたというのか、木々の狭間の空からこちらへ先ほどの魔物とは段違いの大きな影がゆっくりと降下してきたのに気が付いたのだ。

真っ黒な、視界を覆うほどに大きな翼をもつそれが、羽ばたきで山火事を吹き消しながら地面に降り立つ。

老人のほうへ向きなおりながら、ちらりと木の根元にうずくまる小さな異形を見る。

それは翼をもつヒト型であった。老人にとっては久方ぶりに会う同族、しかし互いに顔に浮かぶのは嫌悪。


「ズンバ、貴様わかっているのか」

黒い髪に黒い瞳、黒い服を纏った青年が翼を揺らしながら老人を睨みつけ低い声で問いかけた。

「ロキか。この臆病者が、その言葉そっくりそのまま返すわ。今まで何をしておったのじゃ?」

老人があざけるように吐き捨て、睨み返した。

ロキと呼ばれた青年は眉一つ動かさずその視線を受け止める。

この老人が、彼と彼らの同胞に無断で行動を起こしたこと。それがどんな事態を招くのか、この老体は知っているのだろうか。


青年の無言の目線を受け、老人が口の端をかすかにあげた。

「あんなちっぽけな竜一匹にいいようにあしらわれた上、何年も傍観を続けて来た貴様に文句を言われる筋合いなどないわ。そこでワシが手柄を立てるのを指をくわえて見ておるがいい」

「…最強の竜種を、ちっぽけとは。お前こそ賢者に消し炭にされたことを忘れたのかと呆れてしまうがな。その体、どこまでが己のものだ?パペットマスター殿」

「なんだと?」

剣呑な空気の中、互いに睨みあう。老人はその顔を憎悪にゆがませ杖を持つ手は震えているが、青年はただ瞳だけで怒気を放つ。


しばし睨みあった後、青年はふうとため息を一つつき、小さな小瓶を取り出すと老人に向けて軽く放り投げた。老人は小瓶を受け取り、目をすがめて手の中の小瓶と青年とを観察する。

「そんな弱体化した体ではやまったことをするな…そう伝言を預かってきた。これ以上、いたずらに人間共を刺激するな、とも」

「………」

青年の言葉を聞きしばし無言で立ち尽くしていた老人だったが、小瓶を握りしめ静かに背を向けると再び杖を振り、異形達を従えて森の向こうを目指し歩み始めた。



残された翼のある青年は、表情を変えぬままその後ろ姿をただ見送っていた。

今、あの老人を止めることはできたのかもしれない、だが止めたとして何になるというのか。もうどうにもならないところまで来ている、自分たちはもう、後戻りはできないのだから。

やりきれない思いのまま、背後を振り返り、未だ煙を上げ燻り続けている森を見た。黒こげになった木の根元で動かない小さな異形を。


パペットマスターさんのくだりはちょっと暗いお話なので、せめても楽しそうな名前をと思い、ズンバと名付けました(笑)

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