09.夜の学園で二人きり……いえ、事件の調査です!
ジークハルトさまと事件を調べることになった翌日、私たちはまず、被害に遭った生徒たちの共通点を探すことにした。
これまでにわかっていることを整理しながら、何か手がかりがないか考えてみる。
「全員、寮で暮らしている生徒なのよね」
「ああ。それと、魔力量が多いらしい」
人のいない場所を選んで話しているので、ジークハルトさまもいつものくだけた口調だ。
「魔力を奪うのなら、魔力量の多い人を狙うのはわかるわ。でも、それだけでは説明できないわね」
「同じくらい魔力量の多い生徒は、ほかにもいるからな」
寮生で、魔力量が多い。
それだけなら条件に当てはまる生徒は何人もいる。
なぜ被害に遭ったのは、そのうちの一部なのだろう。
しかも、被害者たちは揃ってジークハルトさまに呼び出されたと言っている。
「俺の名前を使った理由もわからない。呼び出すだけなら、ほかにも方法はあるはずだ」
「そうですわね……」
考えても、すぐには答えが出ない。
何か、もう一つ条件があるのではないかしら。
そのとき、ふと前世のゲームを思い出した。
特定の場所に行くだけでは発生しないイベント。
あるアイテムを持っているときに限って、選択肢が増えたり、隠された仕掛けが動いたりする。
もちろん、ここはゲームではない。
でも、何かを持っていることが条件になる、という考え方は使えるかもしれない。
「ジークハルトさま。被害に遭った方々が、何か同じものを持っていた可能性はありませんか?」
「同じもの?」
「ええ。例えば、特定の品物を持っている人にだけ、魔術が作用するような……」
「触媒か。確かに、そういう術式はある」
ジークハルトさまは少し考え込んだあと、顔を上げた。
「そういえば、図書館で魔力測定の催しがあったな」
「魔力測定?」
「数日間だけ開かれていた。俺も参加したんだが、記念に栞を渡された」
栞。
その言葉に、記憶がつながった。
──そういえば、図書館で魔力測定の催しをやっている。興味のある者は覗いてみるといい。
先日、授業の終わりに、ロイド先生がそんなことをおっしゃっていた。
魔術理論を担当する先生で、魔術具の研究にも詳しい。
術式の話になると、つい説明に熱が入ってしまう方だ。
あのときも、いつもの魔術好きな先生らしい案内だと思って聞いていた。
「私も、ロイド先生から聞いた覚えがありますわ。参加者には栞が配られたのですね」
「ああ。何かの手がかりになるかもしれない」
私たちは、被害に遭った生徒たちがその催しに参加していたか、確かめることにした。
調べてみると、思いがけないほどはっきりした共通点が見つかった。
被害者は全員、図書館の魔力測定イベントに参加していたのだ。
しかも、記念品の栞を受け取っている。
「これで決まり……と言いたいところですけれど」
「参加しても無事な者がいる。俺もその一人だ」
ジークハルトさまは、持ってきてくださった栞を机に置いた。
細長い紙に、飾り模様が描かれている。
見たところ、どこにでもありそうな記念品だった。
「被害に遭った方の栞も、これと同じなのかしら」
「確かめてみよう」
幸い、被害者の一人が持っていた栞について、見せてもらうことができた。
並べてみると、形は同じなのに、模様が違う。
「……あら?」
ジークハルトさまの栞には細い線が交差する模様がある。
ところが、被害者の栞には、その中央に小さな円が加わっていた。
「別の種類があるのね」
「測定結果によって変えていたのかもしれないな」
その可能性を調べると、やはり栞は二種類あった。
魔力測定で一定以上の数値を出した生徒には、模様の異なる栞が渡されていたという。
そして、被害者が受け取ったのは全員、そちらの栞だった。
「魔力量が多い人にだけ配られた栞……」
「これが原因とは限らない。犯人が単に魔力量の多い者を選んでいるだけかもしれないからな」
「ええ。でも、調べる価値はありますわ」
何気なく配られた記念品が、魔力を奪う術の触媒になっているとしたら。
見た目は普通の栞だけれど、何か仕掛けが施されているのかもしれない。
そう考えると、実物を手に入れて詳しく調べてみたくなった。
「同じ栞を、もう一枚手に入れられないかしら」
「……そういえば」
ジークハルトさまが何か思い出したように口を開く。
「催しに参加したとき、トム君を見かけた。彼なら持っているかもしれない」
「トムさまが?」
生徒会メンバーのトムさまは、落ち着いた雰囲気の知的な美男子だ。
優秀な方だし、魔力量も多い可能性はある。
「聞いてみましょう。もし違う栞でも、参加者の話を聞くことはできますもの」
トムさまに声をかけると、すぐに話を聞いてくださった。
「図書館の魔力測定ですか。ええ、参加しましたよ」
「そのとき、栞を受け取りませんでしたか?」
「いただきました。確か、測定結果によって模様が違うとか」
詳しく尋ねると、トムさまは一定以上の数値を出し、特別な模様の栞を受け取っていたという。
やっぱり!
「その栞、まだお持ちでしょうか?」
「ええ。何かお困りですか?」
私は、寮生が魔力を奪われた事件を調べていて、栞に関係があるかもしれないと説明した。
「なるほど……。それなら、僕のものをお貸ししましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ。事件の解決に役立つのであれば、喜んで協力しますよ。ただし、事件に関係している可能性があるのなら、扱いには気をつけてください」
「もちろんですわ」
「それから、危険なことはなさらないでくださいね。何かわかったら、先生方に相談することをお勧めします」
「……はい。ありがとうございます」
トムさまは穏やかに微笑んだ。
王都の名門侯爵家の子息であるトムさまは、自宅から通学している。
特別な栞を受け取っていても、これまで被害には遭っていない。
そう考えると、やはり栞だけでは条件が足りないのかもしれない。
その後、トムさまから栞を貸していただいた。
「これで、同じ模様の栞が手に入りましたわね」
ジークハルトさまに見せると、彼は栞を眺めてから私に視線を戻した。
「それで、どうするつもりだ?」
「私が囮になります」
「……エリス嬢」
少し低くなった声に、私は慌てて続けた。
「もちろん、一人で犯人に立ち向かうつもりはありませんわ。ジークハルトさまにもご協力いただければと思って」
「危険だとわかっているのか?」
「ええ。でも、森では一緒に戦えたでしょう? 私だって、少しはお役に立てると思います」
「少しどころじゃない。君の魔術の腕は知っている」
思いがけない言葉に、思わずジークハルトさまを見つめた。
「だからといって、危険がなくなるわけじゃないが」
「それは承知しております」
ジークハルトさまは栞に目を落とした。
「ただ、これを持つだけでは足りないかもしれないな。被害者は全員、寮生だ」
「ええ。トムさまも特別な栞を持っていらしたのに、被害に遭っていませんもの」
私は王都の公爵邸から通学している。
夜になれば学園を離れてしまうのだから、犯人が寮の近くで動いているのなら、栞を持っていても狙われないだろう。
ならば、答えは一つ。
「夜の学園に行ってみませんか?」
「……何だって?」
「私が栞を持って、夜の寮の近くで待つのです。そうすれば、何かわかるかもしれません」
「君は自宅通学だろう。夜に来るとなれば、忍び込むことになるぞ」
「そうなりますわね」
「そんなにあっさり認めるな」
呆れたような口調に、つい笑ってしまった。
「でも、ジークハルトさまの疑いを晴らすためですもの」
「……君は本当に」
そこで言葉を切り、ジークハルトさまはしばらく考えていた。
「わかった。ただし、必ず俺と一緒に行動すること。危険だと思ったら、すぐに引き返す。それが条件だ」
「はい。お約束いたします」
私たちは、夜に学園で落ち合うことにした。
問題の栞をしまいながら、ふと気づく。
夜の学園で、ジークハルトさまと二人きり。
……いえ、事件を調べるためなのよ。そんなことを考えている場合ではないわ。
そう自分に言い聞かせたのに、森で抱き寄せられたときの金色の瞳が、また頭に浮かんでしまった。
困ったわね。
今度こそ、落ち着いてお話しできるかしら。




