第7話 百合の秘密
須磨伊里高校2年、生徒会書記「神崎 百合」は水泳部に所属、大会優勝などの活躍を見せる。
だが、そんな彼女が優勝トロフィーを手にするまでに、どれ程の経験を積んできたのか……
――須磨伊里中学――
須磨伊里は中高一貫校である。
そんな中学に、神崎 百合は入学した。
「神崎 百合です。特技は水泳。」
水泳部に入部した彼女は3年生をも凌ぐ泳ぎの速さで記録を更新した。
「すごい!すごいわ神崎さん!!これなら地方、いや全国大会も夢じゃないわ!!」
「ああ全くだ!!俺はお前を代表として大会に出場させるぞ!!」
先輩や顧問からも期待された百合は大会に出場し、見事優勝して見せた。
「良くやった神崎!!流石俺の教え子だ!!」
顧問から力強い手で頭を撫でられた時、百合は涙が零れるほどの嬉しさに溢れていた。
「ありがとうございます先生!!皆も応援ありがとう!!」
だがそんな超新星の彼女の実力の底は不明。
「神崎さんって、よく顧問と一緒に最後まで残るよね。」
「みんな居なくなって2人っきりで何かやってるんじゃない??」
「嘘!?まさか肉体関係あるの!?」
ただならぬ噂は広まっていき、彼女たちは百合に事実確認する。
「神崎さんって何で最後まで先生と残っているの?」
「何でってそれは、コンディションの調整とかで……」
「嘘つけよ!!あたし知ってんだから!!あんたがこないだ先生と2人っきりで更衣室に入っていくのを!!」
彼女は百合と顧問が2人で更衣室に入る瞬間の画像を百合に見せた。
「な、何これ……」
「これ、完全にヤってるよね?手とか繋いじゃってさ、どう言い訳する気?」
「ちょっと待って!!誤解です!!これは足がつったから先生に更衣室まで連れてってもらっただけで、先生は入っていない!!」
写真では、顧問が更衣室の中にまで踏み込んでいるが、実際は百合が入った後に顧問は外に出ている。
つまり、更衣室には完全には入っていないのだ。
だが必死に誤解を解こうとするも、その画像がある以上、百合の声は届かなかった。
やがて騒ぎは大きくなり、当然顧問からの説明もあった。
「あの時は、大会直後の練習だったため、神崎の足はつりやすくなっており、転倒しないように更衣室まで案内したまでだ。」
「しかし先生、他にも証拠はあるんですよ?その時の録音もあるんですよ?」
部員が出したスマホから、録音が再生された。
「せ、先生やめてッ!!こんなのッ!聞いてなッッんんんッ!!」
「大丈夫だ、初めてでも何回もやれば慣れる。気持ちよくなれるさ。」
音質は酷いが、男性の声と女子の喘ぎ声だ。
「これ、確実な証拠ですよね?今までそうやってきたんですよね?」
「私知っています!!神崎さんが入部した時から、先生がずっとジロジロ見ていたのを覚えています!!」
見せびらかされた録音と画像、流石に顧問と百合の味方は誰もいなかった。
「違う!!俺は神崎には決して手を出してはいない!!お前らにもだ!!しかもその録音は音声のみで俺や神崎の声だという証拠が無い!!」
「先生は否定してるけど、神崎さんはそうでもないみたいだよ?」
「か……神崎?何黙っているんだ。早く誤解を解きなさい。」
「その声は……確かに私の声です。私と先生の声で間違いありません。」
……部室は、凍りついたかのように時間が止まった。
「間違いありません、けど!!それは初めてのストレッチを教えてもらっただけで!!性的な事は一切していません!!」
「ねぇ聞いた?認めたよ神崎さん。」
「……っ!!だから私は!!」
ヒソヒソと誤った事実が響き渡り、百合の声は誰も聞いていなかった。
「先生っ!!」
「神崎ぃぃぃ!!!違うと言えぇぇぇ!!!言いなさい!!今すぐ言うんだ!!違うと言え!!」
「せ、先生っっ!!」
ドカッ!!
顧問は神崎を殴ってしまった。
「ギャァァァァ!!!誰か!!他の先生を呼んで!!」
「待たんかぁぁ!!お前ら!!」
逃げる部員を捕まえては証拠のスマホを取り出し、破壊した。
「許さん、許さんぞお前らぁ!!」
他の部員を次々と殴っていく。
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!もう許して!!」
噂を最初に広めた部員は必死に謝罪する。
だが暴力行為は止まらない。
他の先生達がやってきて、挙句の果てに警察まで介入する事件となってしまった。
顧問は暴力行為、不同意性交により懲戒解雇に。
神崎は、1年間の停学となってしまった。――
――事件発生から数日後、学校側の保護者への必死な説得と、全校集会が行われていた。
「百合があれから口を開いてくれない!!お前達が百合の言葉を聞かないからこうなったんだろうが!!」
「聞いた話によれば他の生徒への体罰もあったと、百合は心身ともに大きな傷をおってしまったのよ!!」
百合の保護者は百合が所属するクラスの担任へ抗議していた。
この一件は、沈静化するまで3ヶ月にも及んでしまっていた。――
――百合の自宅――
「大丈夫か百合、何があってもお父さんとお母さんが着いているからな?」
「そうよ、あなたは何も悪くないわ。」
百合は部屋に閉じこもったまま出てこなかった。
だが、部屋の中では百合は必死に勉学に励んでいた。
「私が弱気になっていたからいけなかったんだ。私は弱かった、強くならなくちゃいけないんだ。もっと強く、もっと賢く。
私が弱者だったからあんな事件が起きてしまった。先生も、皆も、誰一人悪くない。
悪いのは弱い私だ。私はそんな弱さをも乗り越えてやる。強く強くなって、私の実力を証明してみせてやる。」――
――百合が部屋から出てきた時は事件から半年過ぎた頃だった。
髪は伸びて、食事もろくに取っていなかったため少し痩せていた。
「百合……大丈夫なのか……?」
「どうして何も返事してくれなかったのよ、お母さんを信用出来ない?」
「ごめんなさい心配かけちゃって、でももう大丈夫。誰も悪くはないよ。」
百合はその後、スイミングジムを借りて、猛練習していた。
「やっぱりタイムは落ちてる……もっと練習しなくちゃ…!!」
毎日休むこと無く、百合は泳ぎ続けた。
食事の時間でも、百合は疲労を補うために、食事を取り続けた。
「百合……暴飲暴食は逆効果になるぞ……」
百合の過剰なまでの行動に、両親も心配していた。
「大丈夫、どこが限界でどこが超えちゃいけないラインなのかは私が全部知ってる。
だから怪我をすることはない。」
百合は練習メニューも、食事のメニューも、全て1人で管理していた。
「父親でもトレーナーにつけたら、またあの時みたいになってしまう。
私一人でこなさなくちゃいけないんだ。」――
――それから数ヶ月後、百合の個人記録は以前の時よりも遥かに更新していた。
「いける!!これなら顧問とかに頼らずとも、私一人の力でやって行ける!!」
百合は初めて大会で優勝した時の嬉しさや達成感は既に無くなっており、今の自分に課した厳しいトレーニングを終えた時の記録更新に、より快感を覚えてしまっていた。――
――停学処分を受けてから1年後、伸びていた髪を切り、水泳部に戻ってきた百合だったが、あまり歓迎はされなかった。
「神崎先輩、あたしと勝負してくださいよ。」
「神崎先輩の実力が本当なのか、私たち確かめてみたいんですぅ!!」
新入部員もそれなりの実力者だったみたいだ。
「いいよ、誰からの勝負も受けてやるわ。ただし、私が勝ったら次の大会の出場枠を譲ってちょうだい。」
「おいおい本気で言ってるんですか先輩、私たち、推薦受けてるんですよ??」
「いいよ、そのぐらいがちょうどいい、私が負けたら水泳を引退するわ。」
「先輩だからって調子に乗らないでくださいよ?後悔させますから。」
そして、百合の退部と大会出場を賭けた復帰戦が始まった。
「なっ!?何だよあの先輩の泳ぎ!!追いつけない!?」
「何で……先輩はずっと停学だったのに、何であんなに速いんだよ……」
――結果は、2着とは大差をつけて百合の大勝だった。
「大会出場枠、ちゃんと譲ってよね。」
「ふ、ふざけんな!!この一戦だけで超えた気になってんじゃねえよ!!このクソビッチ!!」
「おい!流石にそれはまずいって……」
百合はため息をついた。
「はぁ、何にも分かっていないから、その程度なんだね。」
「な、何ですって……」
「あんたはそのクソビッチに負けたのよ。みんな大好きクソビッチは停学中も、1人で練習していた。
当然、停学明けても体が鈍らないように、必死にトレーニングを積み重ねたの。
私はそんな自分の強さを証明するために勝負を引き受けた。
だからそんな努力家のクソビッチに負けたあんたが弱かったってだけよ。」
「こんの野郎……下手に出てりゃ言いたいこといいやがって!!このっ!!」
「おいやめろ!!」
新入部員は殴りかかろうとするが、百合に流されてしまう。
「ごめんね、暴力行為はもう懲り懲りなの。驚いた?私は護身術まで勉強してるの。
もう私は弱い所を見せない、歯向かうってんなら私は逃げない。」
新入部員は、百合の憤怒している目を見て、崩れ落ち、戦意喪失した。
「も、申し訳ありませんでした……」
「分かったのならいい、あなたは何も悪くないから。」
――部長と話し合い、百合は大会出場した。
結果は大会新記録。
だが初めての時とは違い、心の底から喜ぶことが出来なかった。
大会後、百合は新顧問に部室に呼び出された。
「神崎……残念ながら全国大会に出場出来るのは高校生に上がってからだ。どうやら停学処分を食らった以上、中学生枠で出ることはできない。」
新しい顧問から突きつけられた事実に、百合は大してショックも驚きもしなかった。
「そう……ですか。でも大丈夫です。高校で出れる時まで怠りはしませんから。」
「あー……神崎、お前の実力はプロにも匹敵するかどうかのレベルだが、もう少し大人を頼ってみたらどうだ。
じゃないと、いつかは取り返しのつかないことになるぞ?」
百合は顧問の忠告を断った。
「結構です。それを信じた結果が、あの事件を招いたので。」
百合は他の部員とも仲良くなる気は無く、対して敵も作らない。
百合は自分で気づいた上で、ひとりぼっちとなってしまっていた。
「私は、誰にも弱みを見せない。私は強い。私は強い。私は……
私はっ……!!」
百合は鏡の前で、自然と涙が出てしまっていた。
本当なら誰かに頼りたい、大人の力を借りたい。
だがそれは自分が弱いと証明する行為、誰かに頼った結果があの事件を招いてしまった。
両親にさえ頼れない百合を救ったのは、高校生に上がってからの事だった。
それが、地区大会での吹雪との出会いだった。――
――現在――
「私が吹雪会長と会ってから、私の中で心を取り戻したような気がした。
頼れなかった先生とかも、愛理先生の言葉を信じていいのか分からないけど、私の中で迷いが生まれているの。」
「吹雪会長には言えないのは、弱みを見せたいのではなく、頼られなかったと思わせたくなかったからですか。」
「あんたに私の思惑を当てられると、はっきり言ってキモイわね。」
「でも、なんで俺に打ち明けたんですか。」
「……吹雪会長が、あんたのことを信用しているからよ。
あんたには、話してもいいってそんな気がしただけ。」
「そう、だったんですか……俺は嬉しいですよ!!」
「は?急にどうしたの。」
「神崎先輩、自分で強いって思っててもやっぱり人間です。
先輩は強みを表に出しすぎて中身は結局弱いままなんですよ!!」
百合は立ち上がった。
「ちょっと!!あんたマジで舐めてんの!?話は聞いたでしょ!!あんたよりも私の方が強いんだから!!」
「いいや!!先輩は中身弱いままです!!雑魚ですよはっきり言って!!誰もいない空間で泣き崩れないと強い自分を保てない!!
1人で抱え込んだ人の辿る道ですよ!!
そもそも、俺に打ち明けた時点でもう人に頼っている、自分が弱者だって認めているようなもんですよ!!」
「うるさい!!あんたに私の何が分かるのよ!!痛ッ!?」
無理に動いたため、足にダメージが入り、百合は動けなかった。
「隙だらけですよ、神崎先輩。」
殴りかかろうとする星明。
「ひっ……!!」
百合は不細工な防御態勢を見せた。
星明はちょっと殴る動作を見せただけで寸止めと呼べないほどの演技を見せたが、百合にとっては十分すぎるダメージだ。
「殴る訳ないじゃないですか、それでも神崎先輩の怯え方は尋常じゃない。
もう弱い自分を許してやってください。」
「舐めやがってッ!!私は!!」
「弱い自分を受け入れるのも、強くなるために必要不可欠ですよ!!」
「……っ!!私は……私はぁぁっっ!!」
百合は閉ざしていた弱い自分を解放したのか、壁が崩壊したのか、百合は事件前の大会以上に泣き崩れてしまった。
「……嬉しいですよ先輩、先輩の過去を聞いて、俺はより先輩のことをかっけぇと思いましたよ。マジで尊敬します。」
星明は号泣する百合を抱擁した。
別に深い意味は無い、ただカッコつけたかったと言うのと、彼女の声を聞く人がこの空間には星明以外にいなかった。
そんな2人っきりの保健室を背に、吹雪はしっかりと聞いていた。
「どうやら、問題は解決したようだな。」
吹雪は安心して、去っていく。
その後も、百合の涙は止まることはなかった。




