Day 06. サラダ
シャナイゼでは、新鮮な生野菜を食する機会は珍しい。地方の大半が乾燥地帯であるからして、肥沃な土壌を有する地域が限られており、地域の全人口に十分に行き渡るほどの生産性がないのだ。西には砂漢があるため、湿潤地域からの輸入も難しい。南からの販路は距離がある上に道の狭さもあって、やはり鮮度を保ったまま多くを輸入するのは難しい。仮に強行したとして、魔物たちの襲撃の恐れもある。だから、街に住む者たちは、基本的に加工品ばかりを食べているのだが。
今日、珍しいことにリグたちの目の前に生鮮野菜があった。研究室の長であるクラウジウスが、縁あって購入したそうだ。珍しいから、とそれを手ずから調理してきてくれた。レタスにキュウリ、彩りにトマト――瑞々しい野菜で作り上げられたサラダ。贅沢品を前にして、リグたちは生唾を飲みながら、躊躇いがちに手を伸ばしたのだが。
「うーん……いまいち。苦い」
部外者といえば部外者。でも、リグとリズが所属している関係でこの研究室に入り浸りがちなグラムが、もそもそと草食動物を思わせる仕草でサラダを食べる。不満そうな様子に、リグはリズと身体を硬直させた。顔を見ないようにしているが、同じ円卓には持ってきた本人のクラウジウスもいるわけで。
――ごちそうしてもらってる身で、文句を言うか⁉
「こっちのトマトは水っぽいなぁ。水のあげすぎか? 今年ってそんなに雨たくさん降ったんかな。んでも、こっちのキュウリは逆にスカスカだ」
片っ端からこき下ろしながら、フォークで野菜を突き刺し、口に運ぶ。文句言う割にきちんと食べるのは感心するが、目の前のサラダの低評価に、珍しいものに沸いたリグたちも、当事者のクラウジウスも消沈してしまった。みんなフォークを弄ぶきり、野菜を突こうとしない。
そんな中で一人サラダボウルを空にして、グラムは眉根を寄せて顔を上げた。
「これ、本気で商品っすか? 趣味の園芸の貰い物とかじゃないんすよね?」
「いや……間違いなくセント村の人から買ったものだよ」
街の人間ならみんな知っている農村である。
「じゃあ、廉価品とか?」
正規価格であること、その値段をクラウジウスが伝えると、グラムの表情はさらに曇った。
今でこそ街で〈木の塔〉の戦士として活躍しているグラムだが、もともとは農村の出身らしい。それだけに街の人間よりは農業や食材に詳しく、味覚のほうも鋭い。なので、普段は間の抜けたことばかり言っていても、食事に対する評については信頼性が高かった。
なら、クラウジウスは悪徳業者にでも引っ掛けられたのだろうか。
「そんな人じゃないんだけどなぁ……」
などと擁護するクラウジウスも、首を傾げながら腕を組んで、いささか自信がなさげである。
いずれにしろ、クラウジウスも、リグもリズもすっかり残念な気持ちになってしまった。だが、せっかくの食事だ。珍しいし、捨てるなどできるはずもなく、有難くいただこうと、のろのろとフォークを持ち上げた。
「……なんだろ。なんかあったのかな。正規品でこれとか、村の存続にかかわると思うんだけど」
珍しく難しい顔で、しきりに首を傾げるグラムに、情けない顔で皿の中身を見下ろしていたリズが視線を上げた。
「どういうこと?」
「農村ってブランド商売で成り立っているからさ、知名度ってのは重要なんだよ。 だから、まずい食材をそのまま売りつけるなんて普通は有り得ない」
味の劣るものは加工品に。そうして出荷するのが、シャナイゼ地方の農村の一般常識なのだという。
「販売は村管理でしてるから、正規品である以上は間違いなく村が許可出してるはずなんだけど」
つまり悪徳業者の可能性は低い、と。
「でも、農作物なんて、いつも安定した品質のものを作れるわけじゃないだろ?」
「そーなんだけど、ここまでのものとなるとなぁ。土か人か知らねーけど、なんかあったんじゃないかなって、思っちゃうんだよな」
どうやら不味い不味いと言い続けてきたグラムは、不満だったり腹を立てていたわけではなく、純粋にその村を心配しているようだ。
シャナイゼでは生野菜は珍しいからこそ、生産地はかなり気を配って野菜を育てている。それは、何処に至っても。だから急に、此処まで品質が落ちるとなると、何かしら問題が起きたのではないか、と思ってしまうそうだ。
天候不順による不作か、土壌の変化か、はたまた無能な責任者が仕切っているのか。
リグたち三人は、互いの顔を見合わせた。
「……それとなく、上に上げてみます?」
〈木の塔〉の〈緑枝〉には、地質に詳しい研究者がいる。
「うーん、そうだね。下手すると政治の話になってしまうんだけど」
彼の村の直訴がない以上、杞憂となる可能性も高いのだが……万が一を考えると、このまま何もなかったことにするのも躊躇われてしまう。伝えるだけ伝えて、あとは任せてしまおう、とこの場で結論し、後日クラウジウスに情報を上げてもらったのだが。
セント村が、魔物被害とその糞による土壌の変化に苦しんでいたことが明らかになり、その後〈木の塔〉はしばらく騒ぎになった。




