Day 04. 花桃
官僚の父がシャナイゼ地方に赴任することとなり、家族一緒についてきたメイジェーンが街にやってきて半年が経った。引っ越しを聞いたときは、見知らぬ土地の利便性や治安の心配をしていたものだが、半年も暮らしてみると馴染んでくるもので、意外に快適な日々を過ごしている。
しかし、そうして落ち着いてみると、小さな不満が蓄積されていくものだ。首都にいたときよりもできないことがたくさんあることに気がついた。社交のためのパーティとか、外に出てピクニックとか。目から楽しめる食事とか、色とりどりの花が咲き誇る庭だとか。
興味深いものはあった。魔術の総本山だけあって魔術利用のインフラは便利だし、魔具は実用的なものも娯楽用のものも種類に事欠かない。沙漠で西と隔離されていただけに文化も独特で、その価値観に基づいて作られた物語や絵画、音楽は目新しい。
でも。
「まったく地味だわ、この街」
屋敷の窓に頬杖をついて街を見下ろす。風が吹き抜け大樹の葉を揺らし、ついでにメイジェーンの波打つストロベリーブロンドの髪も揺らしていった。木漏れ陽は綺麗だが、この街は基本的に木の色と同じ茶と緑の二色しかない。はっきり言って地味だ。心浮き立たないし、目の保養にもならない。あまりに地味で、かつてあった森の喪に服しているようにさえ見える。――このシャナイゼの街の周りに本当に森があったのかは知らないが。
「景観の統一は分かるけど……もっと華やかにするべきよ」
確かに面白いものはたくさんある。しかし、どうしても華やかさが劣る。素朴すぎるし、可愛らしさもない。街の人々も慎ましやかすぎないだろうか。もっと心浮かれるようなことをすればいいのに。これでは旅行者だって来ないだろう。
あの大きな木は見ごたえがあるが、観光の目玉としては物足りない。
「……だったら、わたくしがこの街を変えて差し上げましょう」
首都にも負けぬほど華やかに、きらびやかに。思い立ったらすぐ行動。メイジェーンは父に相談すると、事業を立ち上げることを勧めた。十九の小娘がうまく立ち回れるように資金と補佐をつけてもらえたのは、お父上様々だ、と感謝する。
「いや、この街学術都市だし」
「観光客が殺到されても困るんだよなぁ。〈塔〉の人員を割くのは難しいよ」
面白くないことを言う人間は無視。理想に向けて、邁進した。まずは、協賛者を得ることだ。そうして訪れたのは――
「花桃、ですか」
茶色の三つ編みにワンピース。如何にもカントリーな娘が、立てた人差し指を顎に当て、唸りながら天を見上げた。
まずは街を華やかに。そのために、あちこちに花桃を植えてはどうか、とメイジェーンは思いついた。遠くからでも目を引く、大輪の花を枝につける豪華な花木。首都にいた頃はよく花見をしていた、メイジェーンお気に入りの花だ。こういうものであれば、人々も陰鬱な暮らしから解放されると思ったのだが。
シャナイゼの街の花屋に押し入り、自分とそう歳の変わらない店主に計画を話してみると、意外にも反応が悪い。
「正直、どうなんでしょう。ここは、花が満足するほど日差しが入りませんから」
アーシャという名前の店主は、眉を下げてそう言った。
街の中心に聳え立つ木は、魔術師たちが中を刳り貫いて塔にしてしまうくらいの大きさで、枝葉にいたっては街の端まで伸びている。この街はいつも木の葉の傘の下。慣れると気にならないが、青天の下にある街と比べると薄暗い。
「それに、この辺りは乾燥してますから。水と日光がないこの土地で生きるのは難しいんじゃないか、と」
「でも、誰かがお世話をすれば――」
「街中に植えるんでしょう? ご自身のお庭ならともかく、それはちょっと……」
メイジェーンは面白くなかった。誰も彼も、乗り気ではないみたいだ。せっかくみんなが喜ぶようなことをしようとしているのに。街のためにやっているのに。
……だけど、いきなり大掛かりな事をはじめるのも、確かに良くないかもしれない。
父の付けてくれた補佐は、さすが経営に明るい人物で、段階を踏んで身の丈にあった計画をするべきだ、と口酸っぱく言っていた。壮大なだけの計画は身を滅ぼすだけだ、とも。煩わしく思ったものだが、こうも反対されるなら、強ち大袈裟なことでもないのかもしれない。
「……良いわ。分かった。街中に植えるのは止めましょう」
街の至る所にピンクの花が咲いている夢のような光景を手放すのは惜しいが、無理を押し通して反感を買っては意味がない。
アーシャは反対こそすれ、考えそのものを否定はしなかった。意見を擦り合わせれば、きっと心強い味方となるに違いない。
「でも、花桃は仕入れていただきたいわ」
助言に従って、計画の規模は小さくしよう。しかし、理想を諦める気はない。
「まずはわたくしの敷地に一本。貴女の伝手、是非お借りしたいわ」
こうしてシャナイゼの街の一角に〈桃の庭〉が誕生した。
首都にかぶれたこの社交場の会員たちが騒ぎを引き起こし、〈木の塔〉の魔術師たちをたびたび困らせることになるのだが――それは、またいずれ、機会があれば。




