Day 21. モーニングセット
金銭を使う機会がめったにないということもあり、ウィルドは朝食をいつも外で取っていた。シャナイゼの街の北東側、ひっそりと建つ小さな喫茶店。周囲に溶け込むものの粗末な民家と変わらないこの店は、いつも夜が明ける頃から開いており、基本的には夜勤を終えた寡黙な人々が立ち寄る。
その中で一日最初の食事 を取るウィルドは異質な部類だが、店長も含め誰一人馴れ合うこともないので、その異質ぶりを奇異な目で見られもしない。孤独を貫ける、落ち着いた場所だ。
「お待たせいたしました。本日の朝食セットになります」
パンだけは固定で、おかずは店長のその日の気まぐれで作られる朝食セットが、壁から張り出したようなテーブルの上に置かれる。白い丸皿の上に炒り卵と焼いた鶏肉。上には細かく刻んだ根菜の入ったソース。いささか重めなのは、先に述べたように、仕事終わりの人間が多いからだ。
「いつもありがとうございます」
こちらの飲み物としては一般的な、馬乳も置かれる。それで、いつもは黙って引き下がるのだが、今日は何故か店長が留まっていた。
「……何か?」
そういえば、今朝は珍しくウィルド以外の客がいない。だからか、とも思うが、用向きがウィルドには図れなかった。
「この店は、私で三代目です」
唐突に語りだし、ウィルドは眉を顰めた。知っている。実は初代の頃からこの店に来ているのだから。
相槌さえ返さない客に、店長は澄ました顔のまま続ける。
「長きにわたり、ご贔屓にしてくださった方のおかげだと思っております」
ウィルドはただ黙した。つまり彼は、七十年以上に渡ってウィルドがこの店に通い詰めていることを知っているというわけだ。幾度となく名と姿を変えているというのにもかかわらず。
言葉もほとんど交わさないというのに、それを看破づるとは。ここの店長は代々人を見る目があるようだ。
しかし、何故敢えてそれを言うのか。
表情も反応もなく疑問に感じるウィルドに何を読み取ったのか、店主の表情が少しだけ変わった。
「だからこそ、貴方を変えたものに興味がある」
ウィルドは店長を見上げ、瞬きした。年齢は――三十半ばくらいになっただろうか。彼が引き継いだときは、ウィルドの見た目と同じくらいの年齢だったというのに。顔は丸くなり、口元の線が濃くなり、いよいよ立派な大人になってきている。
一方でウィルドは、髪型や服装、立場、名前、いろいろと付け替えてはきたが、肉体そのものは変化がなかった。悠久に等しい年月を停滞して過ごしている。変化など縁がない――と思っていたのだが。
ウィルドは身体の力を抜き、カップを手に取った。昔は、癖のあるこの白い液体を飲むのに苦労した。今は、すっかり舌に馴染んでいる。
「長く生きていると、変化のないものなどないのだ、とつくづく思わされます。ここの食事もそうですね。先代と比べると、あなたの作る料理は豪快だ」
旨い、辛い、こってり。分かりやすい味付け。疲れた身体にガツンと来る味は、労働者たちをさぞかし喜ばせていることだろう。
先代の料理は、もう少し薄味だった。〝味わって食べる〟ためのものだった。それも美味しかったものだが、今この味に変わっているのは、三代目が客層の要求に応じたものを作っているからだ、とウィルドは知っている。
――ここだけの話、自分には少し重いが。
変わらないものなどない。ウィルドの感じかた然り、店の味然り。
「それでも、変わらない場所があるというのは貴重なものです」
いつもと同じ店に行き、いつもと同じ朝食を食べる。機械仕掛けのようなワンセット。退屈にも思えるそれが、実は軸になっている。
意識的に、あるいは無意識に。きっと誰もが何かしら持っている習慣。
ウィルドは、結局回答しなかった。自分を変えたものがある一方で、変えなかったものもある。
それだけ伝われば充分だ。
「今後ともご贔屓に」
店主は、おとなしく引き下がる。この店はまた、互いに不干渉な場所に戻った。
少しだけうねった、しかしすぐに元に戻った、いつも通りの朝が始まる。




