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Day 20. 渡り鳥

「なあ、何やってんだ」

 いつものように、父に怒鳴られ殴られ、家の外から蹴り出され。道に倒れたところに作りかけのスープを頭から掛けられて。家の中で家族に笑われていることより、締め出されたことより、貴重な食材を駄目にされたことにダリアは虚しさを覚えてそのまましゃがみ込んでいたところ。

 枝葉の天蓋の所為で宵より暗い闇が落ちる夕暮れの中から、その人は現れた。

 髪と眼に、赤みを帯びた黒を持つ、全身に棘が生えたような雰囲気の青年。年齢は、二十くらいか。ダリアと同じくらい。そんな彼が、ダリアの前に立ち、昏い目でこちらを見下ろしている。

「あ…………ごめんなさい」

 通るのに邪魔だったのだろう。すぐにどかなければいけない。と思って、地面についた手に力を入れて立ち上がろうとして、無駄になった具材が目に入る。迂回したほうが良いのではないだろうか。

 だが、彼にはきっとそんなことはどうでも良くて。嬲れる相手が欲しかっただけなんだろう、とダリアは思う。父と兄は、そうやって何かといちゃもんをつけてダリアを殴っていたから。

 だから、なるべく相手の逆鱗に触れないうちに――

「あんたさ、今ひどい状態だって分かってる?」

 いつの間にか青年はしゃがみ込んでいた。ダリアの髪についた野菜を指先で摘んで取り払ってくれた。

「まだ温かいな、これ。作りかけか? 火傷してないか? よく平気な顔をしていられるな」

 不機嫌そうに畳み掛けられて、でも施されているのは親切そのもので、ダリアはただ呆然とした。

「匂いやベタつきもひどいな。いっぺん洗うか。ちょっと乱暴だけど」

 そして頭上から魔術で水を掛けられて。そのまま彼が泊まるという宿の連れて行かれて。綺麗な乾いた服を着せられ、まるまる一つの綺麗なベッドを一人で使わされ。ダリアはようやくここで、自分は彼に助けられたことを認識した。

 ようやく落ち着いて現実を認識したダリアが礼をいうと。

「いいよ。別に行きずりのきまぐれだ」

 そして事情を聞くと。

「人間って、本当にろくでもないんだな」

 まるで自分が同種の生き物でないかのように言う。彼の気持ちは、ダリアも分かるような気がした。()()()と同じ存在だとは思いたくない。

 彼の借りた宿の一室でぼんやりと過ごしていくうちに、ダリアは正常な感覚を取り戻していく。明日もしれないほど食べ物に困窮している中で食べ物を自ら無駄にする家族。自分で作ることもしないのに、まずい食事の所為だ、と見当違いな理由で飢えをダリアの所為にする愚かさ。そんな彼らにただ嬲られるだけの自分の虚しさ。それらに怒りを覚えるようにさえなり。

「ふぅん、もう大丈夫そうなんだな」

 健やかさを取り戻したダリアを見て、彼はあっさりと別れを告げた。

 まるで不要品を捨てるがの如く、ダリアへの関心を失ったような態度だった。だが、数日をともにしたダリアは、彼が本当にダリアを心配してくれたと知っている。〝行きずりのきまぐれ〟だなんて言っていたけれど――

「きまぐれだよ、ホント」

 貴方は優しい人だ、と必死に訴えるダリアに、彼は笑う。

「俺は人間だって嫌いなんだもん」

「貴方も人間でしょう」

 ゾクリとする昏い色の髪と眼は珍しくあったが、何処からどう見ても人間だった。少なくとも、畜生とも呼べないようなダリアの家族よりはずっと、人間味のある人だったのに。

 気まずそうに笑う彼の顔には、思わずぞっとするような暗さがあった。

「違うよ。俺は、何処にも住めない渡り鳥さ」

 その言葉を証明するように、彼がいなくなった部屋の隅には、鴉のように黒い羽が落ちていた。

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