Day 17. 濃霧
基本的に天気を気にしなくていいのが、シャナイゼの街の良いところだ。乾燥気候のため滅多に雨は降らないし、天は枝葉が覆っているために直射日光にあぶられることもない。昼夜の気温変動は比較的大きいが、やはり天蓋のお陰で日中は心地の良い温度で過ごせる。
つまり、カフェにテラス席を設置するには、かなり好適な環境である。
『カフェ・ヴェルト』は、西から来たケイネスのお気に入りの店だ。シャナイゼの街の南端と中央の大樹のちょうど真ん中あたりに位置する場所。人は多くなく、かといって寂れるほど少なくもなく。程よい営みが感じられる区域にある。
大樹から離れていることで、枝葉の密度もほどよく、陽射しの入りも理想的。
この街の建物の規格に合わせた茶色の壁と緑色の屋根の建物は、ちょっとした丸太小屋の雰囲気を感じさせる凹凸があり、中はカウンターとキッチンがあるだけ。そこで飲み物を注文して、右手側の出口からテラス席に出る。腰の高さまでの煉瓦の塀で四角く囲い、中に金属で模様を作ったガーデンチェアと丸テーブルが、適当に五つ置かれている。
ケイネスは、テラス席への出入口にほど近い場所にいつも座っている。
テーブルに肘をつき、人通りを眺めやりながら、しばし。テーブルの傍に人が立つ。
「お待たせいたしました」
灰の色味の強い豊かな銀髪を後頭部の高い位置でまとめた女性が、盆を持って立つ。その上には、素朴なカップが一つ。中には夜空よりも暗い褐色の珈琲。南の国の最南端に位置する多雨の一地域でしか取れない豆を煎って湯で抽出した珍しい飲み物は、ケイネスは故郷でたびたび飲んでいたが、このシャナイゼでは見られなかった。しかし最近、首都から来たお嬢様が販路を作ったことで飲めるようになったらしい。ここはそんな貴重な飲み物が飲める数少ない場所だ。
「ありがとう、シビーユ」
ケイネスは肘をついた格好のまま、給仕の女性を見上げた。彼女は接客業にはあるまじき表情に乏しい顔でカップを置いた。ケイネスはその横顔をじっと見つめる。
「相変わらず可愛いね」
表情に乏しい顔が歪んだ。半ば据わった灰色の瞳が向けられる。
「世辞が過ぎる」
「そんなことないよ。本心だよ、俺は」
右の頬が引き攣った様子に、ケイネスは笑う。彼女の表情が変わるのは、実に楽しい。
シビーユは目をきつく閉じ、腹腔から長々と息を吐き出した。苛立ちを押さえつけてから、またこちらに灰色の目を向ける。
「世迷言もほどほどにして。……ごゆっくり」
型に嵌まった言葉を置いて、店の中に戻っていく。その背をじっくりと眺めてから、ケイネスは珈琲に口づけた。毎日のように通い詰めているケイネスの好みの味を楽しみながら、頭の中ではシビーユの顔を思い浮かべていた。
お分かりのように、ケイネスはシビーユに懸想している。表情が乏しく金属を思わせる冷たさにある美貌も非常に好みだが、それ以上に気になるのは、あの灰色の瞳だ。
この乾燥したシャナイゼでは滅多に見られない、晩秋の森の朝方に見られる濃霧のような瞳。何度あの目を見ても、彼女の感情は見通せない。
その霧の奥にあるものが、ケイネスはどうしても気になって仕方がない。森の奥に隠された古城のような秘密が隠されているような気がしてならなくて、それを見てみたいと思っている。
どうしたらもっと彼女に近づけるだろう。手立てをいくつか考えながら、ケイネスは珈琲を再び口にする。
苦みの強い果実感。芳醇な味わいは、まるで彼女のようだと思う。




