Day 16. 秘密基地
使っていたフォークが壊れた。ちょっとばかり無茶――山積みになった小麦をたくさん掬ったら、黒ずんだ木の柄が、ぼきり、と折れてしまったのだ。
幸い、金属部分に問題はなさそうで、柄を取り換えさえすればよさそうだ。しかし、直すのは後。今はどうにかして、この小麦の山を片付けなければならない。
「倉庫の奥に、古いのがあるはずだ。取ってこい」
「ふぇ~い」
倉庫までは遠い。が、面倒だと投げ捨てるわけにもいかず、しぶしぶイワンはだだっ広い農場を歩いた。掻き集めきれなかった小麦の穂があちこちに落ちている。もったいないようだが、完璧に拾い切ることなど無理。あとで家畜を放って食べてもらうしかない。
日が傾き、薄く暗くなった空の下を風が走り抜ける。
農場の端まで来て、ようやく倉庫に辿り着いた。大昔に遠くの森から木を運んで作ったらしいそれは、いつ崩れてもおかしくないほどボロボロだ。たまに補強して保たせているが、いい加減建て替えないといけないかもしれない。
そう思いつつ、イワンの心中は曇る。合理性を理解する一方で、生まれた頃からあるボロ倉庫がなくなってしまう寂しさがどうしても湧き上がってくるのだ。
扉を開ける。暗闇の中から埃っぽい空気が舞い上がる。両開きのそれを思い切り開けることで、明かりを入れた。灰色掛かった薄闇に足を踏み入れ、心当たりを探す。
あった。倉庫の奥の奥、右の角に立てかけてあった。なんとかフォークの形は保っているようだ。
柄を掴み持ち上げ、ふとその手前が気になった。そこは木箱が積み重ねてあったのだが、妙なことに箱を壁に寄せることなく、空間を残して置かれていた。きっちりした父らしくない配置。何故だろう、と奥を覗き込んで、
「……あ」
思わず声を漏らした。
置いてある荷物の隙間から入り込む薄明かりの中に、床に敷き詰められた藁と、古びて埃の積もった角灯と、手作りの玩具の剣が二つ転がっていた。
そこは、かつてイワンが友人と秘密基地にしていた場所だった。まだ一桁の年齢だった頃、イワンと友人は戦士に憧れて、よく玩具の剣を振るっていた。そして、ここは秘密の作戦室だった。剣を振るうのに疲れたあとは、ここで仮想の盗賊や大型の魔物を捕まえる作戦会議をしていたのだ。
その場所が、十年近くの時を止めたまま残っていた。
「うわぁ、懐かしい」
イワンは、一番手近の剣を拾い上げた。ほとんど棒切れと変わらないそれ。柄に当たる場所に彫られた『バルムンク』という大層な名前。――これは、グラムの剣だ。
結局イワンは家業を継いで小麦農家をすることを選んだが、友人は本当に戦士になった。木漏れ陽の街の〈木の塔〉に入り、あちこちを飛び回って人々を助けているらしい。それこそ英雄的な活躍もしているとか。
その原点が、このオンボロ倉庫の片隅だと、いったい誰が思うだろう。今は本人とイワンくらいしか知らない秘密。
やっぱりこの倉庫は建て直したくないな、とイワンは思った。




