Day 14. 卵
ナルシェは職業的には魔術師だが、魔術にはほとんど興味がなかった。一応〈木の塔〉に入れるだけの実力はあったので、これを生かして職に就いた形だ。
ナルシェの興味は、もっぱら文学だ。人と人の関係性を描き、一方でその時代時代の世相や思想を反映した物語。それを知り、味わうことがナルシェの喜び。とはいえ、それだけではとても食べていくのは難しいので、〝文学から魔術の歴史的背景を辿る〟のを研究テーマとして、魔術師をやっている。
最低限成果を出さなければならず、そのためにときに面倒な解析や報告書を書かなければいけないが、それでも好きなだけ文学がむさぼれるので、ナルシェ的には天職だ。
……と、文学書にしか興味のなかったナルシェだったが、あるときふと気が付いてしまった。〈木の塔〉は、物語の卵が存在する場所なのではないか、と。
例えば。
「なあ、頼むよ。グラムさん、ダグラスさん!」
階段を上ってきた青年たちが、騒ぎながら図書室のある三階を通り過ぎていく。あの魔術師らしくない武骨な見た目からして、〈木の塔〉の自警組織面を担う〈黒枝〉の戦士だろう。シャナイゼは魔物の被害の多い地域だ。だから〈木の塔〉の魔術師たちは、ときに魔物討伐に駆り出される。とはいえ、魔術師だけでは戦いに心許ないから、ああやって魔術ではなく武器を主として扱う戦士たちも囲うこととなった。
ナルシェとあまり歳の変わらない十七、八の青年たち。前の二人は何やら深刻そうな顔で階段を上っていく。後ろを追いかける必死な様子の彼をどう扱うべきか考えあぐねているようだ。とはいえ、それは鬱陶しさから来るものではなく、むしろ彼を心配してのことだと感じられた。二人とも時折視線を交わし、強く唇を引き結んでいる。何か重要な仕事に巻き込まないようにしているのか。
しばらくして、女の魔術師が上ってきた。有名な双子の魔術師の妹のほうだ。彼女は長い髪を振り乱しながら、図書室にいた長身の研究者を捕まえる。
「ねえ、ウィルド。グラムなんだけどさ――」
先ほど聞いた名前が、もう一度。なるほど、知り合いだったか。彼女はその〝グラム〟を心配して、どういうわけかあの長身の研究者に助言を求めているのだ。陰気で寡黙な雰囲気を持つその男は、難しい表情で女魔術師への言葉を選んでいる。
一連の出来事を、読書の横目で追っていたナルシェは、胸の高鳴りが止まらなかった。これは、絶対に事件の予感――物語の始まる合図だ。是非追ってみなければならない。
そして知る。〈木の塔〉には、こんなにもたくさんの物語の卵が転がっているのだ、と。
これは、本ばかり読んでいる場合ではないのかもしれない。
ナルシェは本を閉じ、立ち上がる。物語が生まれるところを見るためには、まずは登場人物たちの様子を知るための伝手を見つけなければならない。
ひとまず、あの同じ分野の研究者――ウィルドに声をかけてみよう。




