Day 11. 直線
傷だらけで今にも割れそうな木の床の上に置かれた真っ白いキャンバスに、画面手前から奥に向けて格子状の線が引かれていた。なんとなくぼんやりと見つめていると、その白い平面板に引き寄せられるような――向こう側へ連れていかれるような錯覚がした。
「パースという。これは二点透視法というやつだな」
背後から掛けられた声に、レンは我に返った。シャボン玉が弾けたような感覚の中で、今しがた自分が感じていたものに疑問を覚える。ただの直線に、何を惑わされているのか。
振り返ると、家主が立っていた。そう、ここはレンの家ではない。絵描きのミンスのアトリエだ。レンの工房で出た石屑を配達に、今日はここに来ていた。まだ貧乏画家である彼は、塵の中から石屑を分別して顔料を作っているから。
石屑を引き渡して、『ちょっと待ってろ』と言われて突っ立って、そしてパースとやらが引かれたキャンバスに見入られていたわけだ。
さて、レンにはパースとやらが分からない。そういうと、ミンスはすぐに解説してくれた。
「ものを見ていると、手前は大きく、奥に行くにつれて小さくなっていくように見えるだろう。それを絵に落とし込むために、こうやって案内となる線を引くんだ」
画面の中に一つ点を置きそこを起点に広がる様を『一点透視法』、二点を置いた場合を『二点透視法』というらしい。それで遠近に納得感を持たせるのだ、とミンスは言った。
「へえ、そうすると見たままの絵が描けるんだ」
「……いや、そういうわけでもないぞ」
レンは首を傾げた。納得感が出る、と言ったではないか。
「不自然な印象を緩和するけど、見たままと完全一致するわけじゃない。そもそも人間は球面で物を見ているんだから、直線で現実を完璧に反映できるわけがない」
「なんだ、そうなんだ」
言われていることに納得はするも、少しばかりがっかりした気分。レンは別に絵描きではないが、もし描くことを求められたら完璧に写し取りたいと思う傾向にあるので。無論、そこまでの技量はない。
「でも、そんな完璧な絵なんて必要ないだろ」
レンの気質をそれなりに知っている友人は肩をすくめた。
「俺が描いているのは芸術だ。再現じゃなく、表現だ。この直線で何を感じさせられるかが重要なんだから、現実との整合性なんて、 二の次でいいんだよ」




