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転生駒姫は、親バカな父・義光と従兄の政宗を和解させて東北大同盟を作り処刑フラグをへし折ります!  作者: 双瞳猫
第1部:転生幼女、親バカ父と暴走従兄の喧嘩を止める

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第47話「鳩は迷う——試行錯誤の夏」(後半)

 日中からの暑さが素肌に張り付くように残る夏の宵のことだった。

 居室で文机に向かってあれこれと思考を巡らせていると、障子の外から鮭延殿の気配がした。

「姫様、少々よろしいですか」

「どうぞ、入ってください」

 鮭延殿が静かに入室し、私の正面に座った。燭台の淡い明かりが、その端正な顔立ちに陰影を落としている。

「鳩のことで一つ、確認させていただいてよろしいですか」

「はい、何でしょう」

 鮭延殿が、少しだけ間を置いてから本題を切り出した。

「鳩は巣に帰る。ならば——山形から米沢へ文を送るには、米沢育ちの鳩を山形に持ってきて放す。そこまでは理解できます」

「はい」

「では——米沢から山形へ、その返事を送るには?」

 私は、一拍置いてから頷いた。

(うんうん、そりゃあ当然、抱くべき素朴な疑問だよね)

「……米沢の拠点にも、山形育ちの鳩を配備しておく必要があります」

 私の答えを聞き、鮭延殿が静かに先を促すように続けた。

「つまり——鳩を最大限に活用するためには、すべての拠点に、すべての宛先の鳩を置かなければならない……と?」

「はい。伝書鳩は基本的に片道通行です。往復させるには、両方に鳩を配備しなければなりません」

 鮭延殿が、しばし沈黙した。

「……仮に最上、伊達、戸沢。それにいずれは南部や津軽をも繋ぐとなれば……。網羅しようとすれば、各拠点に他家の巣の鳩が膨大に必要になる。それを常に維持し続ける。……必要となる鳩の数も、世話をする人手も、相当な規模になりますね」

 淡々とした、静かな声だった。決して私の計画を責めているわけではない。ただ、目の前にある冷徹な事実を、丁寧に並べているだけなのだ。

(分かってはいた。そのあたりのコスト面はちゃんと分かっていたんだけど。でも――鮭延殿にこうして論理的に言葉にされると、改めてなかなかハードな問題だなぁ)

 私は、文机の上の紙を見つめた。

(——これは単に『鳩を飛ばす技術』の問題じゃない。各拠点に鳩を配備し、健康に育て、維持し続けるための――体制の問題だ。つまり、インフラの構築問題だ)

「はい、仰る通りです」

 私は顔を上げ、鮭延殿の真っ直ぐな視線を受け止めた。

「だからこそ――まずは、山形と龍門寺の往復ルートを確立させようと思います。それができたら次に山形と米沢。少しずつ、確実に拠点を増やしていくのです。一度にすべてを完成させようとしない。それが、唯一の現実的な道ですから」

「……段階的に、ですか」

「はい。完成した網は、最初から網ではありません。一本の糸から始まります」

 鮭延殿が、静かに私を見た。

「……姫様は、いつも大局を仰います」

(鮭延殿こそまたそのセリフ……、褒めてます? 呆れてます?)

 でも——今日は少し、褒めてくれているような気がした。


◇ ◇ ◇


 試行錯誤は、その後も続いた。

 だが、事態が停滞したまま終わるはずがなかった。

そして——久蔵が、本格的に動き始めたのだ。

 ある朝、久蔵が私の前に一枚の紙を広げた。城の周辺を描いた、克明な手書きの地図だ。そこには、赤や黒の墨でいくつもの奇妙な印が書き込まれていた。

「姫様、鷹には縄張りというものがございます」

 久蔵が、無骨な指先で地図をトントンと叩きながら言った。

「私はこの十年、城の周辺に棲まう鷹の縄張りをすべて、この頭に叩き込んでまいりました」

(——これって、野生の鷹の『縄張りマップ』ですか!?)

 私は思わず文机から身を乗り出した。

「その縄張りを綺麗に避けて飛ぶ経路を引けば、鷹に襲われる確率を減らせる、ということですか?」

「はい。鷹という生き物は自分の縄張り外では、よほど腹が減っていない限りは狩りをしませんから」

 久蔵の指が、迷いなく地図の上を滑っていく。

「ここを避けて、この尾根沿いに飛ばせば——それだけで鷹の縄張りを三つ、完全に回避できます」

(——凄い。これは前世の知識には絶対になかった。本をいくら読んだって書いていない、鷹匠だからこそ持っている『生きたデータ』だ……!)

 胸の奥で、知的な興奮による熱いものがじわりと込み上げてくる。


 それから数日後、久蔵がまた新たな知恵を持って現れた。

「姫様、からすは集団で威嚇して鷹を追い払うことがございます」

「……からす、ですか?」

「ええ、鷹匠なら誰もが知っている常識です。烏の群れが集う場所に、鷹は好んで近づきたがりません」

「……ということは、烏の習性を利用すると?」

「はい。烏が多く棲む森の上を通る経路を選べば、鷹は手出しができません。烏が図らずも、鳩の『番犬』役になってくれるのです」

(——なんという逆転の発想! 鷹が苦手とする烏を、鳩の護衛にするなんて。久蔵を選んで、本当に大正解だった)

 さらに数日後。久蔵は三つ目の回答を持ってきた。

「姫様、鷹は群れで飛ぶ鳩を狙いません。いえ、狙えないのです」

「……狙えない? それはどういうことですか」

「どれを追うべきか、一瞬の判断に迷うからです。ですから、文を持たせるのは一羽だけにし、残りはすべておとりとして同時に放ちます。鷹は混乱し、どれを仕留めるべきか分からなくなります」

 私は、思わず「あ」と声を上げていた。

(——これが一番面白い。文を持たせる鳩は一羽でいい。残りは全部ダミーだ。鷹の目を欺くには、これ以上の方法はないかも?)

 そして——もう一つ、気づいた。

(——囮の鳩たちも、いずれ各拠点に配備する『片道問題の解決用』の鳩として、同時に育てればいい。訓練をさせながら配備の準備も進められる。一石二鳥だ)

「久蔵、それは——」

「はい。もちろん囮として使う鳩も、ちゃんと訓練を積ませてやれば、いずれは立派に文を運べるようになるはずです」

久蔵が、私の言葉を遮るように、静かに先を紡いだ。この男は、私が言おうとしていたことを、すでに同じ視点で理解していた。


◇ ◇ ◇


 夏の終わり。

 久蔵が作った縄張りマップをなぞり、烏の棲む森の上空を通り、そして囮の群れに紛れて大空へと放たれた鳩が――翌朝、約束されたかのように軒下へと戻ってきた。

 その小さな足には、紛れもなく私の書いた文が、しっかりと結ばれたまま残っている。

「姫様……」

 いつもは冷静沈着な久蔵の声が、かすかに震えていた。

「戻って、まいりました」

 私は縁側に立ち、その鳩をじっと見つめた。白と灰色の斑模様をした、どこにでもいる小さな鳥だ。ちょこんと軒下に降り立ち、何事もなかったかのようにぽっぽと鳴いている。

(——戻ってきた。私の仮説と久蔵の技術が、本当に現実を動かした)

 胸の奥から、じわりと熱い熱が、言葉にならない感動となって込み上げてくる。

(——でも。これはまだ、最初の一歩に過ぎない。次は飛ばす距離を伸ばさなくては。山形城から龍門寺まで、距離にして二里半(約十キロメートル)。それを確実に、迷わず往復できるようになるまで、先はまだまだ長い。それと同時に、龍門寺の側にも山形育ちの鳩を配備する準備を始めなければ。鮭延殿に言った通り、一本の糸を少しずつ、丁寧に網へと編み上げていく)

「姫様、鳩が……! 本当に戻ってきました!」

 隣で小春が、弾んだ声で目を輝かせている。

「ええ、戻ってきました。でも――これで満足してはいられません。ここからが本当の始まりです」

 私の言葉を受け、久蔵が静かに、だが確信に満ちた目で言った。

「姫様、あともう少しでございます。経路さえ完全に確立してしまえば、昼でも夜でも、季節を問わずに飛ばせるようになります」

「久蔵の生きた知恵があってこその成功です。この調子で続けましょう」

「……いえ」

 久蔵が、短く首を振った。

「姫様が、決して諦めようとなさらなかったからです」

 その職人気質な賞賛の言葉が、夏の終わりの爽やかな風の中に、静かに溶けていった。

(――おじい様は前におっしゃっていた。『お前は奥羽の根基を、作り直しておるのだ』と)

前世の知識を活かした農業改革が『領民の命を守る盾』だとするならば、この伝書鳩という情報網は『政治と軍事を一歩先へ進めるための矛』になるはずだ。その両方を揃えて初めて、この過酷な東北の地を生き残らせる基盤が完成する。

 今はまだ、一本の細い糸だ。でも――その糸は、今日確かに繋がった。

「久蔵、二つの課題を同時に進めます」

 私は顔を上げ、久蔵に言った。

「山形と龍門寺の往復経路の確立。それと——れから、龍門寺への山形育ちの鳩の配備。これらを並行して行います。」

「御意に」

久蔵が、深く、深く頭を下げた。

 見上げた夏の終わりの空は、どこまでも高く青かった。


鷹匠たかじょうは、鷹を訓練して狩猟に用いる専門職です。

日本では古墳時代にはすでにその存在が確認されており、戦国時代には大名の権威を示す「嗜み」として鷹狩りが盛んに行われていました。

織田信長も伊達政宗も、鷹狩りを愛した武将として知られています。

鷹匠の仕事は、単に鷹を飼うことではありません。

野生の猛禽を捕獲し、人に慣れさせ、獲物を追わせ、そして必ず手元に戻るよう仕込む——その過程には、鷹の習性・縄張り・飛行パターンに関する深い観察眼が不可欠でした。


久蔵が十年かけて積み上げた「城周辺の鷹の縄張りマップ」は、まさにその賜物です。

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