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転生駒姫は、親バカな父・義光と従兄の政宗を和解させて東北大同盟を作り処刑フラグをへし折ります!  作者: 双瞳猫
第1部:転生幼女、親バカ父と暴走従兄の喧嘩を止める

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第44話「駒姫八歳——最上の福姫、誕生」(後半)

 初夏の出羽は、あっという間にやってくる。

 梅雨の長雨が少ない東北の六月は、天が恐ろしく高く澄み渡り、水田を埋める苗が青々と五月の風に揺れる美しい季節だ。山形城の庭園でも、瑞々しい濃緑が一気に勢いを増していた。

 私は今日、久しぶりに城下を離れて農村へと足を延ばしていた。

 侍女の小春と、護衛の兵士を二人引き連れて、城下から半刻ほど歩いた先にある佐助殿の村だ。

 あぜ道を一歩踏みしめるたびに、湿った泥の香りと青草の匂いが混ざり合って、むっと鼻の奥を突く。前世の私なら「田舎の心地よい夏の匂いだ」とのんきに笑っていただろう。けれど、今の私にとってこの匂いは、最上家の命運をかけた「今年の勝負の匂い」そのものだった。

(——塩水選えんすいせんを試した苗は、本当に、ちゃんと育っているだろうか)

 胸の奥が、じわりと緊張する。

 私は佐助殿の村で『塩水選』を実演してみせた。種籾を塩水に沈めて、浮き上がった未成熟な軽い種を容赦なく捨て、底に沈んだ重く栄養の詰まった種だけを選り分ける技術。前世の農業史の知識に照らせば、発芽率は劇的に上がり、苗の揃いも均一になるはずだった。

 けれど、「はずだ」という理論と、「実際に成果を出す」という現実の間には、途方もない距離がある。

(——教科書的には正しいはず。でも、この十六世紀の出羽の土壌と、今年の気候、そして最上在来の種籾との相性がどう出るかは……この目で見るまで、絶対に分からない)

 焦燥に駆られながら歩を進めると、ようやく佐助殿の村が見えてきた。

 田んぼのふちに膝をついて苗を観察していた佐助殿が、こちらに気づいてすっと立ち上がった。

「姫様! よくぞいらっしゃいました!」

「佐助殿。苗の具合は——」

 形式的な挨拶さえももどかしく、私は言葉を被せていた。八歳の子供らしくない傲慢さだと分かってはいる。けれど、胸の焦燥がどうしても抑えきれなかった。

 私の問いに、佐助殿がふっと言葉を詰まらせ、少しの間を置いた。

(——この間が、恐ろしい)

「……それが、姫様」

 佐助殿の顔が、ゆっくりと動いた。困惑したような、あるいはまだ己の目を疑っているかのような、奇妙な表情だった。

「塩水で選んだ種の苗と、例年通りの種の苗。今年は二つの圃場ほじょうに並べて植え付けてみたのですが」

「ええ、それで?」

「……塩水に沈んだ種の方が、恐ろしいほどに揃いが良いのです」

 どくん、と胸が跳ねた。

「本当ですか」

「まだ育ちの途中にございますゆえ、秋の収穫まで確たることは申せませぬ。されど——苗の立ちが、明らかに違います。どうか、この目で見てやってくだされ」

 佐助殿が翻って、田んぼへと歩き出した。私はぬかるむあぜ道を、もどかしさに突き動かされるように小走りでお供する。背後で小春が「姫様、お転婆が過ぎます、走らないでください!」と声を上げているが、今の私の耳には届かない。

 田んぼの一角に、二つの区画が並んでいた。

 左側——例年通りの種を使った苗。ひょろひょろと細い苗が混じり、背丈は凸凹でまばらだ。これが、これまでの「当たり前」の光景。

 そして右側——塩水選を施した種の苗。

まるで測ったかのように背丈が美しく揃い、一本一本が大地に足を張るように、根元が太く逞しく自立している。葉の色も、生命力に満ちた濃緑の輝きを放っていた。

(——違う。素人目に見ても、明らかに違う!)

 私は泥に膝をつくのも構わずしゃがみ込み、苗を間近で見つめた。八歳の矮小な身体は、こういう時にこそ最大の武器になる。大人の半分ほどの低い目線は、泥に隠れた苗の根元まで、誰よりも克明に観察することができた。

「……分蘖ぶんげつの気配も良い。なにより、泥を掴む根の張りが、例年のものと全然違いますね」

「ええ。村の者も、ただただ驚愕しております。『塩水に浸けただけで、まさかこれほど変わるものか』と……」

(——よかった。本当に、よかった……!)

 張り詰めていた胸の奥の糸が、じわりとほどけていく。

 ──けれど、安堵は一瞬だった。まだ、何も終わってはいない。これはあくまで、スタートラインである「苗の段階」に過ぎないのだ。

この先、酷暑の照り返しをどう乗り切るか。もしも東北特有の冷たい偏東風やませが吹いたとき、この苗はどこまで持ちこたえられるか。秋の刈り入れまでに立ちはだかる関門は、まだ幾重にも残されている。

「佐助殿」

 私は立ち上がって、真剣な顔で言った。

「苗の揃いが良いのは、確かに嬉しいです。でも——勝負はこれからが本番です。夏の水の管理を、例年以上に丁寧に行ってください。特に、冷たい偏東風やませが吹いた日の水温には細心の注意を。冷水に長く浸かれば、せっかくの頑丈な苗も一晩で傷んでしまいます」

 私の言葉を咀嚼するように、佐助殿がじっとこちらを見つめ、やがて得心のいったように呟いた。

「……姫様は、もう先のことを考えていらっしゃるのですね」

「当たり前です。秋の収穫が出るまで、私は安心できません」

 張り詰めた私とは対照的に、佐助殿の口元に、どこか温かい笑みがこぼれた。

「姫様は……本当に、この泥深い村まで来てくださいますな。春の種蒔きの時も、そして今日も」

「約束、しましたから。見届けると」

「ええ。それが——村の者には、何より心強いのです」

 その言葉が、私の胸の奥底に、すとんと温かい塊となって落ちた。

(——私はただ、前世の歴史や農業の知識を切り売りしているだけだ。でも、佐助殿たちにとっては、その知恵以上に『城の姫様が、自分たち百姓を気にかけて、何度も泥にまみれに来てくれた』という事実そのものが、何よりの心の支えになっているんだ……)

 知識を与えるだけでは人は動かない。心を繋いでこそ、初めて改革は地を這って進む。私は佐助殿の目をまっすぐに見据えた。

「秋の刈り入れまで、私は何度でもここへ足を運びます。もし不審な立ち枯れや水の濁りがあれば、どんな小さなことでも、すぐに城へ知らせてください」

 佐助殿が、深く頭を下げた。

「勿体なきお言葉……ありがとうございます、姫様」

 ──帰り道。

再び長いあぜ道を歩きながら、私の頭はなおも水田のことで占められていた。

(苗は確かに揃った。でも、秋の収穫まではまだ遠い。本当に喜ぶのは、米俵が倉に積み上がってからだ)

 初夏の澄んだ風が、青々と育ち始めた早苗をさらさらと揺らしていく。どこまでも続く緑のさざ波が、出羽の台地を優しく包んでいた。

(——おじい様の言っていた『奥羽を守る』ということの、一番小さくて、一番確かな形が、ここにある。まだ始まったばかりだけど——確実に、動いている)


***


 その夜。

 私は燭台の明かりを頼りに、溜まりに溜まった文の山と格闘していた。

 叔母様からの愚痴混じりの近況報告とか、大崎家からのカタいお礼状とか、商人からのビジネスライクな問い合わせとか。……ん?

(——あ、小次郎くんからの文だ!)

 伊達小次郎くん。政宗従兄様にいさまの弟で、去年の演習の日に伝書鳩のアイデアを熱く語り合っちゃった、私より年上のはずなのに、弟みたいにしか思えなかった、お兄ちゃん大好きっ子のあの少年だ。

 文を開くと、すごく丁寧な字で近況が書かれていた。演習のこと、お兄様のこと、米沢の初夏のこと。

 そして、最後のほうにさりげなく、こんなことが書かれていた。

「……ところで、駒姫様が演習の日に仰っていた鳩の話、兄上に申し上げてみました。しかし『子供の夢想だ』と笑われてしまいました。残念です。でも私は、駒姫様の仰ることはきっと正しいと思っています」

 私は、しばらくその文章を凝視していた。

(——小次郎くん)

 心臓がぎゅっと掴まれる。

(——なんていい子なの! 私が「後で読もう~」とか言って放置してた間に、私の知らないところでずっと前に動いてくれてたなんて……!)

 本当に申し訳ない! と猛省しつつ、同時にフツフツと湧き上がってくるものがあった。

(それにしても政宗従兄様、「子供の夢想」って言ったな? フン、言ってろ独眼竜。今に見てなさいよ)

 鼻で笑われたのは悔しい。でも、それ以上に小次郎くんが私の言葉を真っ直ぐに信じてくれたことは嬉しかった。

 昼間、佐助殿の田んぼで「苗の揃いが違う」と言ってもらえた時と、同じ種類の温かさが胸に広がっていく。結果がまだ出ていなくても、信じて動いてくれる人がいる——それだけで、もう少し頑張れる気がした。

 燭台の炎が、ゆらりと揺れた。

(——よし! 次のプロジェクトは「鳩」に決定!)

 プレッシャーを楽しさに変えて、私は筆を握り直した。

(——絶対に形にしてみせる! 政宗従兄様が『子供の夢』って笑ったアイデアを、現実にして驚かせてやるんだ。小次郎くんの信じてくれた気持ちを、絶対に無駄にはしない!)

 私は小次郎くんの文を大切に文机の上に置くと、気合を入れて新しい紙を引っ張り出した。

「最上の福姫、ねぇ……」

 小さく呟く。

(——みんながそう呼んでくれるのは嬉しい。でも塩水選だって、まだ秋の収穫が出るまで結果は分からない。褒められて満足してる暇なんてない。やることが、まだまだ山ほどあるんだから!)

 筆を取る。

 白い紙の真ん中に、力強く『伝書鳩・試案』と書き殴った。

 初夏の夜が、静かに更けていく。

 燭台の炎は、ゆらりゆらりと揺れながら、それでも力強く、居室を照らし続けていた。


史実では、日本における軍事通信としての伝書鳩は、明治維新以降に欧米の軍事技術を導入したことでようやく実現したようです。

陸軍や海軍が正式に「軍用鳩ぐんようばと」の部隊を組織し、日露戦争や太平洋戦争での利用を経て、新聞社のスクープ合戦(甲子園の速報など)で大活躍することになりました。

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