第41話「龍門寺への訪問①——祖父・義守との対面」(前半)
秋が深まった山形は、空気そのものがガラリと変わる。
夏のジメジメした重さが消えて、代わりにキーンと透き通るような冷たさが満ちてくる感じ。肺の奥まで一気にリフレッシュされるようで、前世の感覚なら完全に「秋の散歩日和」だ。
でも今の私の頭の中は、そんな呑気なことを考えられる余裕なんて、これっぽっちもなかった。
私は、小春と二人、山形城下の石畳を歩いていた。道の両脇の木々が燃えるような赤と黄色に染まっていて、風が吹くたびにはらはらと葉を落とす。足元の落ち葉を踏むたびに、かさかさと寂しげな音が響いた。
(——最上義守)
前世の記憶のデータベースが静かに、でも確実に検索を開始していた。
大学の講義で、最上家の歴史をどこまで習ったっけ。お父様については、鮭延さんとの関係も含めてそこそこ詳しく学んだ。でも、おじい様(義守)に関しては——正直、「先代の当主で、出家して隠居生活を龍門寺で送った人」くらいの、薄い知識しか残ってない。
でも——その薄い知識の中に、一つだけ、重い事実がある。
(——天正最上の乱。天正二年、一五七四年)
私が生まれるずっと前。お父様が、実の父親であるおじい様を山形城から力ずくで追放した事件。お父様の弟の義時様も、この乱のあとに殺されてる。敗北したおじい様は、髪を剃って龍門寺へ……。
つまり、おじい様はお父様に政変で負けて、お城を追い出された人なんだ。
私がおじい様にお会いしたことは、片手で数えるくらいしかない。それもほとんど幼い頃のぼんやりした記憶で、「白髪の優しくて静かなおじいちゃん」っていう印象しか残っていない。そんなおじい様が、お父様に対して、そして最上家に対して本当はどんな感情を抱いているのか。想像するだけで、ちょっと心臓がバクバクしてくる。
「……姫様、龍門寺はもうすぐそこですよ」
小春が少し先を歩きながら、振り返って声をかけてきた。
「……ねえ小春、ちょっと聞いてもいい?」
「はい、なんですか?」
「おじい様は……お父様のことを、どう思っているのかしら」
ずっと気になっていた質問を投げてみる。小春は歩くスピードをちょっと落として、うーん、と困ったように、でも真剣に考え込んでくれた。
「それは……私などのような侍女には、分かりかねます。でも——義守様は義光様のことを、よく『あやつは』とお呼びになっているとか。お側仕えの人いわく、別に憎んでる感じは全然ないそうです」
「……そっか」
(——おじい様、お父様を憎んでないんだ……)
その言葉が、胸の中でゆっくりと重りになって落ちていく。
お父様は私にとって、親バカ全開でたまに盛大に暴走するけど、根は誰よりも家族思いの最高のお父さん。でもおじい様にとっては、自分を力ずくでお城から追い出した息子なんだよね。なのに『憎んでない』って、一体どういう境地なんだろう?
(——もしそれが本当なら、おじい様は、私の想像を遥かに超えた人なんだろう……)
前世の歴史の授業で『天正最上の乱』を習った時は、最上義光を『権力のために父親を追放した戦国武将』として、かなりドライに暗記して試験を乗り切っていた。歴史の勉強なんて、そんなもんだったし。
でも今、私はその『追放された張本人』に直接会いに行こうとしている。これ、ただの可愛い孫娘のほのぼのおじいちゃん訪問記……とは、お世辞にも言えない緊迫感になってきたような……。
目の前に、どっしりとした山門が見えてきた。
ここが、龍門寺。
境内は驚くほど静かで、足元には赤や黄色の落ち葉がきれいに積もっている。木々のすき間から差し込む秋の光が、地面にパッチワークみたいな斑の模様を作っていた。風がそよぐたびに、その光がゆらゆらと楽しげに揺れる。
(——よし。年表の中の有名人、最上義守。一体どんなおじいちゃんなのか、この目で確かめてやろうじゃないの)
私はスーッと深く息を吸い込んで、緊張をほぐしてから、その山門を一歩くぐり抜けた。
おじい様の部屋は、境内の奥ひっそりとした場所にあった。
縁側の向こうには、真っ赤に紅葉した楓の木が一本。秋の光を浴びて、まるで静かに燃えているみたいに綺麗だ。
その縁側に、最上義守——おじい様が座っていた。
髪の毛は真っ白。だけど背筋はピシッと伸びていて、膝の上の手はすごくがっしりとした「武将の手」をしている。
振り返ったその目には——思わず息を呑むような、鋭い光がギラリと残っていた。
「駒か。よく来たの」
でも、かけられたのは、すごく穏やかで温かい声。
(——うわ、びっくりした。めちゃくちゃ穏やかだ……)
部屋に入ってきただけで空気をチリチリさせるお父様とは、完全に正反対。おじい様の声は、波一つない静かな水面みたいに、すーっと心に染み込んでくる。
「おじい様、お元気でしたか?」
「元気じゃよ。隠居生活というのは、どうにも暇でな」
おじい様が、ちょっと困ったように笑う。
(——『暇』、か。最上家のトップに君臨して、最後はお父様にクーデターで城を追われた歴史の重要人物が、今はこんなに優しく笑ってる……)
この事実の重さを、八歳の脳みそでどう受け止めたらいいのか、一瞬頭がフリーズしかけた。
「義光が伊達と和睦し、上杉と戦ったと聞いた。大変な年だったな」
庭の楓を見つめながら、おじい様が言った。
「はい。でも……お父様はご無事でした」
「……そうか」
短い、静かな一言。
だけど、その「そうか」の響きの中に、何かがぎゅっと詰まっている気がした。
(——おじい様は、お父様が生きててくれたことを、心の底から喜んでるんだ……)
自分を追い出した息子の無事を、こんなにも真っ直ぐに心配して、喜べるものなの? その横顔を見て、私は確信した。
(——この穏やかさは、諦めなんかじゃない。もっと別の何か……今の私じゃ、まだ言葉にできない特別な感情がそこにはあるんだ)
庭の楓から、風もないのに、ひらりと一枚だけ赤い葉が落ちた。その葉っぱが、ゆっくりと時間をかけるように、縁側の目の前に着地した。




