第40話「奥羽、揺れる——諸大名それぞれの秋」(その2)
【葛西晴信——「政宗は、強くなりすぎた」】
陸奥登米郡・寺池城。
葛西家の本拠は、北上川の流れに沿った平野の城だ。会津の山城とは違い、周囲に遮るものがない。空が広い。秋の空が、どこまでも高く、どこまでも青く広がっている。
その広さが、今日の葛西晴信には、なぜか息苦しかった。
「最上・伊達の同盟は絵空事にあらず。上杉を退けた一戦こそが、その証左」
老臣の報告を聞きながら、晴信は腕を組んでいた。
怒鳴らない。嘆かない。ただ、静かに、その事実を飲み込もうとしている。
(——政宗は、強くなりすぎた)
葛西家と伊達家は、父の代からの同盟関係だ。大崎義隆との戦いでも、共に戦ってきた。政宗は敵ではない。
しかし——。
(同盟というのは、対等な者同士が結ぶものだ。今の伊達と葛西では……対等とは言えん)
政宗は最上と手を結び、北の憂いを消した。大崎との戦いも、今年の春に決着した。伊達は今、東北で最も勢いのある家なのだ。
そして葛西は——。
「殿、浜田広綱の件ですが……」
別の老臣が、声を落として言った。
晴信の眉が、わずかに動いた。
浜田広綱。葛西家の重臣でありながら、ここ数年、たびたび反乱の気配を見せている男だ。今年も、その動きが不穏だった。
(——外が動いている時に、内が乱れている)
これが、葛西家の現実だった。
政宗が最上と同盟を結び、東北の勢力図が塗り替わっていく。その嵐の中で、葛西家は内側から揺れている。家臣が言うことを聞かない。まとまらない。
(政宗は今、北の憂いも南の患いも消えた。兵力を温存したまま、最上という強力な後ろ盾まで得た。あの男が次にどこへ向かうか——考えたくもないが、考えないわけにもいかない)
「浜田の件は、引き続き監視を続けろ」
晴信が、静かに答えた。
「は。しかし殿、このままでは……」
「わかっている」
遮った。
老臣が、口を閉じた。
わかっている——その言葉の重さを、晴信自身が一番よく知っていた。わかっていても、どうにもならないことがある。内の火を消しながら、外の嵐にも備えなければならない。どちらかに集中できれば、まだやりようがある。しかし両方同時には——。
「最上の義光殿には、七歳の娘御がいるとか。その娘御が、大崎合戦の和睦を仲介し、今回の上杉との戦いでも……」
老臣が、噂を伝えた。
「……七歳の娘が」
晴信が、ぽつりと呟いた。
七歳の娘が大崎合戦を早期に終わらせた。その結果、政宗は消耗せず、兵力を温存したまま、さらには最上と手まで結んだのだった。
(——その娘御がいなければ、大崎合戦はもっと長引いておった。政宗はもっと消耗していたであろう。葛西家が内憂を抱えたまま時間を稼ぐ余裕も、もう少しはあったかもしれんな)
しかし——晴信は、その思考を途中で止めた。
(恨むつもりはない。七歳の娘が自分の家族を守ろうとしただけのこと。それを責める気にはなれん。ただ……)
ただ、現実は変わらない。
政宗は強くなった。葛西家は内側から揺れている。その二つの事実が、今は同時に存在している。
晴信は、窓の外の広い空を見た。
北上川が、遠くで光っている。秋の陽を受けて、川面がきらきらと輝いている。穏やかな光景だ。そしてその川の向こうには、今も伊達の領地が広がっている。
(——川は、今日も流れている。何も変わらないように見えて、すべてが変わっていく)
「殿……」
老臣が、心配そうに呼びかけた。
「……関白の動向を注視するのだ」
晴信が、静かに言った。
「秀吉殿がいずれ奥羽に手を伸ばす。その時、葛西家がどう動くか——今から考えておく必要がある」
「では、豊臣への使者を……」
「いや……」
晴信が、首を振った。
「家中を固めるのが先だ。浜田の火種を抱えたまま、外に使者など出せん。足元が固まらなければ、どこへも動けない」
老臣が、静かに頭を下げた。
晴信は、また窓の外を見た。
北上川は、今日も流れている。
川は何も変えない。変わらない。ただ流れ続ける。しかし川の流れに乗る者と、流れに飲み込まれる者がいる。
(——私は、どちらだ……)
答えは、まだ出ない。
寺池城の広い空が、どこまでも高く、どこまでも青く広がっていた。
その青さが、今日の晴信には、少しだけ残酷に見えた。
葛西晴信が本話で抱えている「内憂」——家臣・浜田広綱の反乱の気配——は、史実では秀吉の「奥羽仕置」(天正十八年・一五九〇年)後に本物の悲劇として結実します。
豊臣政権による領地再編に反発した葛西・大崎両家の旧臣たちが一斉蜂起した「葛西大崎一揆」がそれです。
皮肉なことに、この一揆を扇動したと疑われたのは、晴信本人でした。
結果として葛西家は改易——お家断絶となります。
「外の嵐に備える前に、足元を固めなければ」と晴信は言います。
しかし史実では、その足元こそが最後に彼を飲み込みました。
「内憂と外患が同時に来た時、人はどちらを先に片付けるべきか」——戦国の小大名たちが共通して突きつけられた、残酷な問いです。




