第4話「東北の現状分析。従兄の伊達政宗が暴れ回っていて頭が痛い。」(後半)
お父様(義光)自由人です。前線から帰ってきちゃいました(汗)
午後になって、山形城が突然騒がしくなった。
「殿がお戻りになった!」
廊下を走る足音と、そんな声が聞こえてきた。
私と氏家は顔を見合わせた。
「……え?」
二人の声が、見事に重なった。
義光が現れたのは、それから間もなくだった。
甲冑姿のまま、鎧に薄く埃をかぶっている。出陣してから半日も経っていない。その顔は——完全に「親バカモード」だった。
「駒! 父じゃぞ! 心配で引き返してきた!」
「……父上」
私は言葉を失った。
「出陣されたのでは」
「駒の顔を見ずには戦えぬ!」
——お父様……あなたは本当に……。
「殿っ!! 何のために出陣したのですか!!」
後ろから鮭延が追いかけてきた。その顔は、怒りと呆れと疲弊が混ざり合った、なんとも言えない表情だ。
氏家は深々と頭を下げたまま、微動だにしない。この状況をどう処理すべきか、必死に考えているのが背中から伝わってくる。
義光が「駒、何か困ったことはないか。欲しいものはないか」と聞いてくる。
——使える。
私は一瞬だけ考えて、口を開いた。
「父上、政宗様のことを、もっと教えてください」
義光の顔が、一瞬だけ変わった。
親バカの顔から、謀将の顔へ。ほんの一瞬だけ、目が鋭くなる。
「……政宗のことを? なぜ」
「父上の甥御様、わたくしの従兄殿のことを、もっとよく知りたいのです」
義光の表情が、複雑に揺れた。
夕方、縁側に並んで座った。
あの日も、こうして二人でここに座った。父上が縁側の柱にもたれて、ぽつりぽつりと話してくれた——大崎のことを、伊達のことを、惣無事令のことを——。今日も——そうなることを、私は期待していた。
春の夕暮れが、庭に長い影を落としている。遠くで鳥が鳴いた。
義光が、ぽつりと口を開いた。
「あやつは……義の子じゃ」
静かな声だった。
「血は争えぬ——気が強くて、止まらん。義にそっくりじゃ」
——義姫様にそっくり、か。それは確かに頷ける。
「頭はいい」
義光が続けた。
「わしが認めるくらいには、な。ただ……若すぎる。勝ちすぎている」
縁側の外、庭の木が風に揺れた。
「勝ち続けた人間は、負けを知らぬ。それが、一番怖い」
——お父様。
私は義光の横顔を見つめた。
それは正しい。政宗従兄様の本質を、この人は見抜いている。だからこそ——だからこそ、わたしが「負けを知らせる前に止める」必要がある。
「……なぜ、政宗のことを聞く」
義光が、再び問うた。
「父上と政宗様が、仲良くなってほしいからです」
義光の顔が、「……はあ?」という表情になった。
「父上の甥御様で、わたしの従兄様です。身内同士で争うのは、悲しいです」
義光の顔が——ぐにゃりと崩れた。
「……駒がそう言うなら……」
——使える。本当に使える。お父様、あなたは最高です。
私は内心でそう呟きながら、精一杯の笑顔を作った。
その時だった。
城の外から、馬の蹄の音が聞こえてきた。急いでいる。一頭だけ、全力で走っている音だ。
しばらくして、廊下を走る足音。
「急報にございます! 伊達軍、さらに進軍! 最上軍の先鋒と、明日にも衝突の見込みにございます!」
義光の顔が、一瞬で変わった。
縁側に座っていた大きな身体が、すっと立ち上がる。さっきまでの「ぐにゃり」とした表情は、どこにもない。
「……出陣の準備を整えよ」
低い声だった。
義光が立ち去っていく。その背中を見送りながら、私は静かに呟いた。
「政宗従兄様」
夕暮れの庭に向かって、誰にも聞こえない声で。
「あなたは敵じゃない。最大の味方になってもらいます」
——そのための第一歩は、義姫様の返事を待つことだ。
空が、橙から紫へと変わっていく。出羽の春の夜が、また静かに降りてくる。
時間はない。でも——やれる。
まだ、やれる。




