第3話「処刑回避の絶対条件。それは『豊臣に付け入る隙を与えない』こと。(後半)
第3話後半です。
午後になると、城の広場は出陣の気配で満ちた。
私は侍女の小春に連れられて、表御殿の廊下から広場を見下ろした。
甲冑を着けた兵たちが整列している。槍の穂先が、春の陽光を受けて鈍く光る。馬が引き出され、兵糧を積んだ荷車が列をなす。その規模は、昨日よりも明らかに大きかった。
そして——義光が現れた。
思わず、息を呑んだ。
甲冑姿の義光は、別人だった。
普段の「娘の前ではデロデロ」な父上ではない。黒塗りの胴丸に、「丸に二つ引き」の家紋が入った陣羽織。腰に大刀を帯び、兜の前立てが陽光に映える。その立ち姿には、確かな威圧感があった。これが——「羽州の狐」の本来の顔だ。
義光が、ふと視線を上げた。廊下に立つ私と、目が合った。
一瞬だけ——ほんの一瞬だけ、その顔が緩んだ。
「駒、こんなところに出てきてはいかぬ」
「……父上」
私は廊下の端まで歩いて、手すりに両手をついた。
「お怪我をされないでください」
義光の顔が、また変わった。謀将の顔のまま、でも目の奥に何か柔らかいものが灯る。
「……案ずるな。すぐ戻る」
——お父様の「すぐ戻る」は、信用できない。
でも今は、それを言う場面ではない。
「お待ちしております」
私は精一杯の笑顔を作った。
義光が何か言いかけて、鮭延殿に「殿、出立の刻限でございます」と促された。その鮭延殿が、ちらりと私を見た。
目が合った瞬間、鮭延殿は小さく頷いた。
——密使の件は、動いている。
義光が踵を返し、広場へ降りていく。家臣たちが続く。馬の嘶き、鎧の音、号令の声。やがて城門が開き、軍勢が動き始めた。
私はその背中を、黙って見送った。
甲冑を着た父上は、確かに強かった。あの威圧感は本物だ。「羽州の虎将」の異名は伊達ではない。
でも——強さだけでは、豊臣には勝てない。
必要なのは、賢さと、仲間だ。
夕暮れ時、城は静かになっていた。
出陣した軍勢の分だけ、城内の人が減った。残った家臣たちは各自の持ち場に散り、奥御殿には侍女たちの気配だけが残っている。
私は庭に出た。
西の空が、燃えるように赤かった。出羽の山々の稜線が、夕焼けの中に黒く浮かび上がっている。春とはいえ、日が暮れれば空気はまだ冷たい。
足音が近づいてきた。
「姫様」
氏家守棟だった。
彼は私の隣に立ち、小声で告げた。
「密使の手配、整いました。明朝、伊達領へ向けて発ちます」
「ありがとうございます、守棟」
私は夕焼けを見たまま、答えた。
「……姫様」
氏家が、少し間を置いて言った。
「一つだけ、申し上げてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「姫様のお考えが正しいとして——義姫様が動いてくださるとは限りません。政宗様が聞き入れるとも限りません」
静かな声だった。責めているのではない。ただ、事実を言っている。
「それでも……やりますか」
私は空を見上げた。
夕焼けが、山の端に沈んでいく。赤から橙へ、橙から紫へ——色が変わるたびに、空が少しずつ暗くなっていく。
「やります」
答えは、すぐに出た。
「——やるしかないので」
氏家が、長い沈黙の後、深く頭を下げた。
その目に、初めて見る光があった。「この姫に賭けてみよう」という、静かな決意の光だ。
「……左様でございますか」
それだけ言って、氏家は下がっていった。
私は一人、夕暮れの庭に残った。
遠くから、馬の蹄の音が聞こえてくる。義光の軍勢が城下を進んでいく音だ。
——第一の協力者、確保。次は義姫様の返事を待つ。そして父上を止める作戦を練る。
処刑フラグを折るための条件は三つ。
豊臣に隙を与えない。東北を一つにする。そして——生き延びる。
全部、今ここから始まる。
「間に合う」
私は静かに呟いた。夕風が、髪を揺らした。
「まだ、間に合う」
空の色が、紫から藍へと変わっていく。出羽の夜が、静かに降りてきた。
私は、七歳の幼女の胸の中で、小さな炎を燃えしていた。
消えない炎を。
駒姫が策士っぽいなのは、現世の知識もありますが、義光の血の影響も大きいです。




