第26話「最上・伊達の合同軍事演習——奥羽の結束が目に見える形に」(後半)
演習場の外縁。鬱蒼と茂る初夏の木々の陰には、呼吸を殺した「招かれざる客」たちが潜んでいた。
蘆名、相馬、佐竹——周辺大名から放たれた、各国選りすぐりの密偵や隠密たちである。
「……おい、嘘じゃねえのか? 見てみろ。最上と伊達が……本当に、並んで動いてやがる」
草葉の陰から演習場を覗き見ていた男が、引きつった声で漏らした。その瞳には、信じられないものを見た時の驚愕が張り付いている。
「本当か? あの二家が本当に手を結んだっていうのか!? 大崎合戦で血みどろの殺し合いをしていたのではなかったのか!?」
別の隠密が、震える声で応じる。
無理もない。最上義光と伊達政宗。奥羽の覇権を巡って、隙あらば首を獲り合ってきた二大モンスターが、今、一つの有機的な暴力装置として機能しているのだ。
「最上の『出羽の狐』と、伊達の『独眼竜』……。東北の二大巨頭がよもや一つになりやがるとはな! もしあの軍勢がうちに向けられたら、一瞬で消されるぞ……!」
「……クソっ、一刻も早く御屋形様に報告だ! 呑気に構えている場合じゃねえぞ!」
顔面を蒼白にした男たちは、転がるようにして茂みの奥へと消え、死に物狂いで馬を走らせた。
——『最上と伊達が、完全にひとつになった』。
この合同軍事演習という名の「デモンストレーション」が叩き出した決定的な事実は、爆弾のような衝撃を伴って、奥羽全土へと爆発的な速度で拡散し始めていた。
演習の全行程が終了し、兵たちが土煙を上げながら陣の片付けに入り始めた頃。
私の元へ、一人の少年が静かに歩み寄ってきた。
「……駒姫様」
「はい、小次郎様」
振り返ると、そこにいたのは伊達小次郎様。
米沢城で初めて会った時の、「僕のお兄ちゃんを取るなー!」と喚いていたブラコン全開の嫉妬顔は、今日は見えない。今の彼の瞳にあるのは、真っ直ぐな探求心だ。
「さっき、左翼の動きが遅いって言ってましたよね」
小次郎様が、私の反応を窺うような、試すような目で見てくる。
「はい。両軍の間で、伝令の速度が噛み合っていないように見えました」
私が直球で答えると、彼は少しだけ視線を落として、ぽつりと呟いた。
「……実は俺も、同じことが気になってたんです」
(——えっ、マジで!?)
私は思わず、七歳児の仮面を忘れて目を丸くした。
小次郎様、ただのワガママな弟ポジションじゃなかったんだ。伊達の血筋は伊達じゃない(ダジャレじゃないよ)。戦場を見る確かな「目」を、彼はちゃんと持っていたのだ。
「でも、どうすればあの速度差を埋められると思いますか? 馬をこれ以上速く走らせるのにも、限界があるでしょう?」
彼が私に、問いかけてきた。
——質問された。これってつまり。
(キタキタキターー! これよ、これ! 主人公を敵視してた同年代の生意気な兄弟分が、その実力を認めて歩み寄ってくる……前世で読んだ某ラノベの神展開じゃないの!)
私は内心で小躍りしつつ、彼を一人の武将候補としてリスペクトし、真剣に答えることにした。
「将来的には、伝書鳩を使った通信網を整備すればいいと考えていました」
「伝書鳩……?」
「はい。訓練した鳩は、馬より速く、正確に文を運びます。各陣に鳩を配備し、合図を統一すれば、最上と伊達はまさに一つの生き物になれるはずです」
「……鳩を、戦に……っ」
小次郎様は私の言葉を何度も噛み締め、やがてその顔にパッと希望の光を宿らせた。
「それは……すごい! 兄上にも、すぐに提案してみます!」
「ええ、ぜひ。政宗従兄様もきっと、その提案を面白がってくださるはずですわ」
私が微笑むと、彼は少し照れくさそうに頬を掻き、踵を返した。
その後ろ姿を見送りながら、私は確かな手応えを感じていた。
(この子は救う。絶対に。史実の悲劇なんて、私の智略で粉々に粉砕してやるんだから)
ふと見ると、後ろで控えていた片倉景綱殿が、宇宙人でも見るような目で私たちを凝視していた。
「……あの、意地を張っていた小次郎様が、駒姫様に教えを乞うているだと? こんなに素直な姿、初めて見たかもしれん……」
景綱殿が胃のあたりを押さえながら呟く。私はいつもの「あざとい七歳児スマイル」で返しておいた。
少し離れた場所を歩いていた小次郎様が、ふと立ち止まり、風に乗るような小さな声で呟いた。
「……駒姫様は、私とは見えている景色が違うのかもしれぬ。本当に、普通の姫とは器が違うようだ」
東北の空に、新しい風が吹き始めていた。
十五歳での処刑回避というゴールはまだ遠いけれど。
今日、この演習場で、私は確かに未来を変えるための「特大の一歩」を踏み出したのだ。
本話の「合同軍事演習」という概念自体、戦国時代の日本にはほぼ存在しなかったようです。
同盟軍が連携して動くのは基本的に「実戦」の場のみでした。
最上・伊達がこうした形で「見せる軍事力」を演出することは、周辺大名への心理的抑止力として、現代の軍事外交にも通じる極めて先進的な発想です。駒姫の「前世知識チート」が、歴史を書き換えていきます。




