第26話「最上・伊達の合同軍事演習——奥羽の結束が目に見える形に」(前半)
一五八八年、初夏。
出羽の山々は、目に痛いほどの鮮やかな緑に包まれていた。吹き抜ける風が、湿った土と青葉の匂いを運んでくる。
舞台は山形城の近郊に広がる広大な平野。
明日、ここで行われるのは「最上・伊達合同軍事演習」。私は今、お父様と氏家守棟殿と一緒に、その演習場の下見に来ていた。
(……ついに明日か。最上と伊達が手を取り合って動く。これを周辺の大名どもに見せつけるのが、今回のメインイベントだ)
設営が進む陣地を眺めながら、私は内心で独りごちる。
東北大同盟は、単なる口約束じゃない。こうして「目に見える暴力装置」として提示することで、中央のバケモノ——豊臣政権への強烈な牽制になるのだ。
「駒よ。明日はあちらの高台から見ているのだぞ。馬は走るし鉄砲は鳴る。お前のような小さな子には危なすぎるからな!」
そう言って、奥羽の覇者とは思えないデレデレ顔で、私をひょいっと抱き上げようとしてくるお父様。
……はいはい、親バカ乙。
私はその大きな手を華麗なステップ(※物理)でスルーしつつ、七歳児特有のキラキラとした優等生スマイルを貼り付けた。
「はい、お父様。お心遣い、痛み入ります」
(まあ、高台からの方が戦場全体を俯瞰して見られるし。お父様の過保護判断、軍事視察的には大正解なんだけどね)
そんな私の様子を隣で見ていた氏家殿が、ふと、静かに口を開いた。
「姫様。明日の演習における真の目的、姫様はどうお考えで?」
おっと。それは七歳の幼女に投げる質問じゃない。
最上の知将として名高い氏家殿の、鋭く、私を品定めするような「試し」の問いだ。
私はあえて少しだけ声を潜め、彼の知的な瞳を真っ正面から見返してやった。
「……まずは奥羽の諸侯に、最上と伊達の結束が強固であることを知らしめること。それと——」
私は一拍置き、あどけない唇から「現実」を突きつける。
「——実戦形式で動くことで、両軍の連携に潜む『綻び』を炙り出し、確認することですね」
「…………恐れ入りました」
氏家殿は、深く、それこそ地面につくほど深く頷いた。
その瞳に浮かんでいるのは、私という「子供」への底知れぬ畏怖と、揺るぎない信頼。
(よし。知将の胃袋、もとい信頼は掴めたかな?)
翌日。
突き抜けるような青空の下、演習場には地鳴りのような法螺貝と、内臓を揺さぶる陣太鼓の音が轟いていた。
「おおっ……!」
高台の隣で、伊達小次郎様が身を乗り出して感嘆の声を上げる。
眼下に広がるのは、まさに「圧巻」の一言。
右翼には伊達の『竹に雀』、左翼には最上の『丸に二つ引き』。
奥羽を二分してきた二大巨頭が、今、巨大な一つの生き物のように統率されて進軍している。
重厚な金属音。馬の嘶き。舞い上がる土煙。
戦国武将たちが放つ圧倒的な熱量と殺気が、初夏の風を熱く焦がしていた。
(——これが、東北大同盟の第一歩。私の生存戦略(処刑回避)から始まったプランが、歴史を動かす大きな流れになってる……!)
静かな感動に胸を震わせていると、後ろに控えていた片倉景綱殿が、少し誇らしげに声をかけてきた。
「駒姫様、いかがですか。我が伊達と最上の軍勢は」
……あー。景綱殿、その「どうよ、うちの軍すごいでしょ?」的なドヤ顔。
悪いけど、私の目は誤魔化せない。
私は七歳児の無邪気な仮面を少しだけ外すと、戦場のクリティカルなポイントを指差した。
「……素晴らしいです。でも、一つ気になることが」
「ほう、何でしょう」
「最上と伊達の連携、まだ詰めが甘くないですか? 特に左翼の動き、右翼に比べて半拍ほど遅れてます。多分、両軍の間で伝令の速度や合図の取り決めがズレてますね、これ」
「……は?」
景綱殿が、漫画みたいに固まった。
そりゃそうだ。七歳の幼女が、軍勢のラグを秒単位で指摘し、その原因が通信プロトコルの不一致にあると看破したのだから。
「伝令の速度を統一しなきゃダメですよ。将来的には、戦場に伝書鳩を使った通信網を整備して、情報を一元化(一括管理)しては——」
……あ。やべ。つい口が滑った。
私はハッとして口をつぐむ。まだこの時代に「情報網のシステム化」は早すぎる。
「……あ、あはは。今の、ただの素人の独り言です! 気にしないでくださいね?」
慌ててあざと可愛い笑顔を取り繕ったけれど、時すでに遅し。
景綱殿は「……独り言、ですか」と、いつものように胃の辺りを押さえながら、深く、ひどく深い溜息をついた。
その頃。
眼下の演習場中央、ひときわ立派に設営された指揮台の上では、奥羽の覇者二人が並び立っていた。
(……ちょっと、政宗従兄様!? 演習の真っ最中に何やってんの!)
私は高台から、思わず心の中で全力のツッコミを入れた。
なんと伊達政宗が、全軍の指揮を執るべき采配をブンブンと振り回し、こちらに向かって無邪気に手を振っているのだ。ファンサか。ここはライブ会場か。
当然、隣に立つお父様の顔は、般若も逃げ出すレベルで真っ赤に染まっている。
「政宗! よそ見をするなと言っておろうが! 駒を見るな! 演習に集中しろッ!」
「固いことを言うな伯父御。駒姫は俺の愛い従妹だぞ? ついでに、俺の知恵袋だ。愛でて何が悪い」
政宗従兄様は悪びれる様子もなく、涼しい顔でサラッと言い返す。
「演習中だぞ! 大将が浮ついてどうする!」
「演習など予定通りだ、問題ない。それより伯父御、あの左翼の不自然なズレ……駒姫ならどう評価するか、気にならぬか?」
「……ぐっ、それは……。いや、確かに気になるが……!」
お父様が言葉に詰まる。
……だめだ、このおっさんたち。演習中に何言い合ってんの。これが奥羽の二大巨頭の真実かと思うと、頭が痛くなってくる。
私はいつものように、そっとこめかみを押さえて天を仰いだ。
けれど、次の瞬間。私はふと、その光景の「異常さ」に気づく。
いがみ合い、子供みたいに口喧嘩をしながらも——二人は同じ指揮台に立ち、同じ地平を見据えている。
(……並んでる。あの最上義光と伊達政宗が、本当に横に並んで軍を動かしてるんだ)
これこそが、私が描いた『東北大同盟』の具現化した姿。
不器用で、意地っ張りで、隙あらば私を溺愛ようとする困った武将たち。けれど、この二人が手を結んだという事実は、この北の大地の運命を、確実に、そして不可逆的に変えようとしていた。




