第25話「暴走する義光の対抗心——娘の気を引くために京から職人を呼び寄せる」(後半)
政宗従兄様からの確信犯的な荷物が届いた数日後。
私の居室に、米沢から一通の書状が届けられた。
送り主の名を見て、私は思わずはっと息を呑んだ。
宛名には、流れるような、美しくたおやかな文字でこう記されていた。
『親愛なる妹、駒姫へ』
——愛姫様からだ。
私は、かすかに震える手で、そっと丁寧に封を切った。
『駒姫様。あなたが米沢を去られてから、城内が少し寂しく感じられます。
あの夜の約束、決して忘れてはおりません。小次郎のことは、この姉が命に代えても見守り抜きます。どうかご安心ください』
その短くも力強い誓いの言葉に、私の胸の奥がカッと熱くなった。
——お姉様。本当に、ありがとうございます。
史実の残酷な運命に抗うため、私が藁にも縋る思いで託した願い。愛姫様は、それを正面からしっかりと受け止め、こうして「姉」として、これ以上ないほど力強い言葉を返してくれたのだ。
書状の続きには、米沢城での微笑ましい日常が綴られていた。
『小次郎は、あなたが帰ってからずっと「あの子は何者だったんだ」と私に聞いてきます。兄上を取られたくないと拗ねながらも、あなたのことが気になって仕方ないようです。素直ではありませんが、悪い子ではないのです』
私は、その文面を読んで、思わずふふっと声に出して笑ってしまった。
——小次郎様、素直じゃないけど、気にしてくれているんだ。兄大好きっ子で、ちょっと不器用で……本当に可愛い人だ。
政宗従兄様に構ってほしくて、私に必死にライバル心を燃やしていたあの繊細な少年の顔が浮かぶ。彼もまた、私が絶対に守り抜かなければならない、大切な「家族」の一人だ。
書状の最後は、こう締めくくられていた。
『離れていても、私たちは姉妹です。またいつか、必ずお会いしましょう。愛』
「……っ」
視界が、じわりと熱く滲んだ。
戦国という、あまりにも冷酷で血生臭い時代。十五歳で秀次事件に連座して処刑されるという、絶望的で理不尽な未来。
その暗闇の中で、私は確かに、温かく強い絆を手に入れていた。
「姫様、とても嬉しそうなお顔ですね」
傍らに控えていた小春が、目を細めて優しく微笑む。
「……ええ。とても、とても大切な手紙よ」
私は、溢れそうになる涙をそっと拭い、その書状をぎゅっと胸に抱きしめた後、大切なものをしまう漆塗りの文箱の奥深くに、そっと、丁寧に収めた。
その夜。
私は一人、静かに揺れる燭台の炎を見つめていた。揺らめく灯火を瞳に映しながら、脳内では「最上の未来」を冷静にシミュレートしていく。
——……お父様。その斜め上な対抗心が、まさか最上の国力をブーストさせる燃料になるなんてね。
京から最高の菓子職人と酒造りの名人が招かれる――。それは単なる贅沢じゃない。最上の技術力が、チート級の跳ね上がりを見せる歴史的転換点だ。
特に狙うは酒造りの革命。前世の知識……低温殺菌の「火入れ」と、木灰を用いた「濾過」。これをプロの職人の手に委ね、完璧な「清酒」として確立させる。
——そして、清酒の製造が本格化すれば、最上の酒は東北一の特産品になる。
最上ブランドの酒を、既存の紅花ルートに乗せて京や大坂へ流す。……いける。最上の経済力は盤石になり、伊達との同盟はもはや利権レベルで切り離せなくなるはず。
お父様は、ただ私のために動いている。政宗従兄様への意地だけで動いている。
でも——それがいい。それが結果として最上を強くし、私を死の運命から遠ざける力になる。
「……ふふ。これぞ、親バカが生んだ最高の副産物ね」
私は、誰もいない部屋で一人、小さく笑みを漏らした。
不器用で過剰すぎるほどの愛情が、私をあの六条河原の悲劇から遠ざける最強の盾になっている。本当に、ありがたい話だ。
「——さてっと。次は、合同軍事演習の準備に取り掛かるとしましょうか」
私は、次の一手を見据えて、すっと目を細めた。
最上と伊達。東北の二大巨頭が共に軍を動かす姿を、周囲に見せつける。この「東北大同盟」のデモンストレーションこそが、中央の化け物・豊臣政権に対する最大の抑止力になるはずだ。
ふと、視線を文箱へと向けた。
そこには、愛姫様から届いた温かな手紙が眠っている。
「——私には、守るべき『家族』が増えちゃったんだから」
自分の命を救うためだけに始めたこの戦い。
けれど、今は違う。お父様にお母様、竹丸。それに、政宗従兄様や愛姫様、小次郎様まで。
この地で生きる、不器用で愛すべき人たちをまるごと救いたい。
「処刑回避の道はまだまだハードモード。でも……一歩ずつ、確実に進んでみせるわ」
静かな、けれど鋼のように硬い決意。
七歳の幼女という最高にキュートな皮を被った私の戦いは、いよいよ新たな局面へと突入しようとしていた。
本話中に登場した「金平糖」ですが、これは戦国時代にポルトガルから南蛮貿易でもたらされた砂糖菓子です。当時の日本では純粋な砂糖は極めて貴重であり、織田信長も宣教師ルイス・フロイスから贈られて大変喜んだという記録が残るほどの「超高級品」でした。
また、義光が「京から職人を呼ぶ」と息巻いていますが、当時の京や畿内(奈良など)は酒造りの最先端地域でした。そこから最高峰の職人を呼び寄せるという義光の「親バカ」な行動は、結果的に最上家の技術水準を一気に引き上げるチート級の投資へと繋がっていきます。




