第23話「最上の紅花と伊達の馬——そして東北の酒を美味しくする計画」(前半)
私が「酒造技術の交流」という、最高に魅力的な強烈な餌を撒いてから数日後。
山形城の私の居室に、米沢城の政宗従兄様から早馬で返書が届いた。
私は、ワクワクと胸を高鳴らせながら、その封をペリッと開いた。
『駒姫へ。清酒の造りについて、もう少し詳しく聞かせてくれぬか。例の『木灰』を投げ入れて濁りを除くという濾過の技、具体的にどのような手順で行うのだ? それと『火入れ』とやらも気になる。其方の話は、聞けば聞くほど興味が湧く。其方の言葉で、また詳しく教えてほしい』
(――政宗お兄様、完全に食いついてきた!)
私は内心で、力強く小さくガッツポーズをした。よしっ。
新しい技術や未知の知識に対する政宗従兄様の貪欲なまでの好奇心は、前世で学んだ史実通り。これで、最上と伊達の経済同盟は確固たるものになる。私の処刑回避ルートも安泰だ。
その時、廊下の奥からドスドスと、まるで熊でも迫ってくるかのような重い足音が近づいてきた。
「駒! 政宗め、何を書いてよこした!」
バンッ、と勢いよく襖を開け放ち、文字通り飛び込んできたのは、我らがお父様だった。その後ろには、氏家守棟殿が「殿、お待ちください」と、この世の終わりのように困り果てた顔で続いている。また胃を痛めているに違いない。
私は慌てて、政宗従兄様からの文をサッと背中に隠した。
「お父様、これは私への文ですわ」
「俺はお主の父だ! 愛する娘への文を見て何が悪いか!」
お父様が、奥羽の覇者を争う大名の威厳など微塵もない様子で、ドスドスと地団駄を踏む。完全に駄々をこねる子供である。
氏家殿が、深く、ひどく深くため息をついて、静かにたしなめた。
「殿……それは、政宗様との『駒姫様と文のやり取りをする』という和睦の条件に反しましょう。娘御とはいえ、他者の私信を覗き見るなど、一国の大名たる者の振る舞いとは申せません」
お父様は「……わかっておるわ」と渋々答えたが、その顔は明らかに一ミリもわかっていない。隙あらば文をひったくろうと、戦場で見せるような鷹の鋭い目で、私の背後をギラギラと狙っている。
(お父様、いくらなんでも過保護すぎます。相手は従兄ですよ……)
私は内心で盛大に呆れながらも、「政宗従兄様が食いついてきた」という確かな手応えに、静かに、そして確信に満ちた笑みを深めた。
駄々をこねるお父様をなんとか追い払った後、私は氏家殿を傍らに控えさせ、政宗従兄様への返書を書き始めた。
「火入れとは、完成した酒を低温で加熱することで、腐敗を防ぐ技術です」
私は前世の現代知識を、この時代の人間にもわかりやすい言葉に変換しながら、すらすらと筆を走らせる。
「今の酒は命が短く、夏が来ればすぐに酸味が出て腐ってしまいます。ですが、この『火入れ』を行えば、酒を悪くする目に見えぬ虫を封じ、長く保たせることができるのです。京や大坂まで運んでも、味が落ちません」
さらに、木灰を使った濾過の具体的な工程――灰の分量や、上澄みをすくい取る絶妙なタイミングなどを、詳細かつ的確に書き記していく。
「姫様……」
その時、そばに控えていた氏家殿が控えめに声をかけてきた。ゆっくりと顔を上げた彼は、私を真っ直ぐに見据えている。その瞳には、最上家最高の知将としての、底知れぬ冷徹な光が宿っていた。
「姫様は……この先、最上家をどのようにしたいとお考えですか」
その問いは、私の本質を真っ直ぐにえぐるような、恐ろしい鋭さを持っていた。
私は少しだけ間を置き、七歳の無邪気な幼女の仮面を一枚だけそっと剥がして、静かに、ありのままの言葉で答えた。
「最上も、伊達も、奥羽の地すべてが平穏であってほしい……。私はただ、この乱世を生き抜きたいだけなのです」
氏家殿が、かすかに、本当に微かに息を呑むのがわかった。
「……姫様」
(――氏家殿は、いつか私の秘密に気づくかもしれない。でも……今は、これだけ言えれば十分だ)
私は、再び年相応の愛らしい笑顔に戻り、「この文、お願いしますね」と氏家殿に封筒を手渡した。
氏家殿はその封筒を両手で恭しく受け取ると、「……はっ」と、これまでで一番深い一礼をして、静かに部屋を下がっていった。




