第22話「駒姫の次なる一手——『同盟を強固にするための経済協力』」(後半)
数日後。
お父様がドヤ顔で送りつけた書状への、政宗従兄様からのレスポンスが山形城に爆速で届いた。
お父様はわざわざ謁見の間に私を呼び出し、これ以上ないほど不機嫌極まりない顔で、その書状をバサリと広げた。
「……政宗め。生意気なことを書いてきおって」
お父様が忌々しそうに読み上げた政宗従兄様からの返書には、こう記されていた。
『義光殿へ。提案、確かに拝見した。紅花と馬の流通網、なるほど、理にかなっている。……あの幼女は、まだ何か考えているのか。面白い』
(――政宗お兄様、私のこと堂々と『あの幼女』って呼んでるし)
私は内心で、すんっと冷静にツッコミを入れた。まあ、七歳児なんて定義上は幼女以外の何物でもないから、ぐうの音も出ない事実なんだけど。
ところが、お父様は怒りに任せてバンッと激しく床幾を叩いた。
「政宗め、駒のことを幼女呼ばわりしおって! 俺の愛らしい娘を何だと思っているのだ!」
(お父様。七歳の女の子は、一般的に幼女と呼ばれます。それは辞書にも載っている揺るぎない事実です。怒るポイントが、完全におかしいです)
私が心の中でシュールなツッコミを連発していると、お父様はさらに不機嫌そうに、もう一つの封筒を懐から取り出した。
「……政宗の奴、『駒姫への文も同封する』と書き添えてきおった。ほれ、駒」
お父様から渋々といった様子で渡された封筒には、政宗従兄様の力強い筆致で私の名前が記されていた。
私はワクワクしながら封を切り、中身に目を通した。
『従妹殿へ。次の提案を楽しみにしている。酒造技術の交流とは、具体的にどういうことか、教えてくれ』
(――政宗お兄様、完全に食いついてきた!)
私は、内心で小さくガッツポーズを決めた。よっしゃ、計画通り!
政宗従兄様は、新しい知識や技術に対する好奇心が異常なほど強い。史実でも南蛮文化を積極的に取り入れていた彼だ。私の提示した「酒造技術の改良」という極上の餌に、見事に、そして一直線に食いついたのだ。
「お父様、私、すぐにお返事を書きます!」
私が目をキラキラ輝かせて宣言すると、お父様は「う、うむ……あまり無理はするなよ」と、愛娘が他の男(従兄だけど)と文通することに寂しさを隠せない、ひどく複雑な顔をした。……お父様、めんどくさい。
自室に戻るなり、私は迷わず筆を執った。
傍らには氏家殿が静かに控えている。これは単なる親戚への手紙じゃない。外交に関わる重要機密だ。重臣である彼が内容を検閲するのは、当然の義務。
「政宗従兄様へ。お久しぶりです。酒造技術の交流について、ご説明いたします」
私は前世の現代知識をフルブーストして、さらさらと迷いなく筆を走らせた。
「現在の濁り酒は、米の濁りが残っており、雑味が多く日持ちも良くありません。しかし、発酵が終わった酒に木灰を投入することで、濁りの成分を強制的に沈殿させることができます。これを上澄みだけすくい取れば、現代――いえ、透明で美味しい清酒が作れるのです」
私の書く文面を後ろから覗き込んでいた氏家殿が、かすかに、けれど確実に息を呑む気配がした。
「さらに、東北の寒冷な気候を活かした低温発酵を行えば、雑菌の繁殖を抑え、品質が格段に向上します。そして『火入れ』――つまり、完成した酒を低温で加熱殺菌する概念を導入すれば、保存性も飛躍的に高まります」
よし、一気に最後まで書き上げた!
「最上と伊達で、この酒造技術を交流させれば――東北の酒は、日ノ本一の銘酒へと発展します。そして、東北の酒が美味しくなれば、京や大坂でも高値で売れる。これが、経済協力の第二の柱です」
筆を置き、ふうっと満足げに息を吐く。
完璧だ。これで政宗従兄様も、あの胃痛持ちの片倉景綱殿も、経済同盟の圧倒的なバリューを完全に理解するはずだ。
その時。
背後に控えていた氏家殿が、ひどく静かな、探るようなトーンで問いかけてきた。
「姫様……この恐るべき知識は、一体どこから得られたのですか」
(――キタ、第2ラウンド!)
私はゆっくりと振り返って、七歳児特有の無敵なあざと笑顔を作った。
「勘です!」
氏家殿は、私の顔をじっと見つめたまま、微かに鋭く目を細めた。
「……姫様は、いつも『勘』とおっしゃいますね」
その静かな声には、明らかな疑念が混じっている。
(――氏家殿、マジで鋭い。)
伊達の片倉景綱と並び称される最上最高の知将。七歳の幼女が「勘」だけでこんなロジカルかつ革新的なメソッドを思いつくはずがないと、完全に見抜いている。
私は笑顔を一切崩さず、あざとさ120%でこてんと首を傾げた。
「はい、勘です。私、ときどき頭の中に、パッと良い考えが降ってくるんです」
氏家殿は、しばらくの間、無言で私と視線を絡ませていた。
脳の中までスキャンされそうな、恐ろしい沈黙。
やがて、彼は静かに、深く頭を下げた。
「……承知いたしました。姫様の『勘』は、最上家にとって天からの授かりもの。これ以上、深くは詮索いたしません」
氏家殿が顔を上げた時、その目には「この姫は何か決定的な秘密を隠している」という静かな確信が宿っていた。
(でも、追及はしないって決めてくれたんだ……!)
私は内心で、ホッと深い安堵の息をついた。
氏家殿は、私の知識のソースがどこであれ、それが最上家の利益になる限りは最大限に利用すべきだと、冷徹な軍師としてジャッジしたのだ。
「では、この書状は至急、米沢城へ届けさせます」
「はい、よろしくお願いします。氏家殿」
氏家殿が退出していくのを見送りながら、私は小さく、力強く拳を握った。
(これで、経済同盟のギミックが本格的に回り始める!)
十五歳での処刑フラグをへし折るための地盤作りは、極めて順調。
政宗従兄様がこの手紙を読んで、一体どんな顔をするのか。それを想像すると、私は少しだけ可笑しくなって、一人でくすくすと笑った。
現代知識をフル動員して、順調に経済同盟の地盤を固めつつある駒姫ですが、この時点(1588年)で彼女はまだ、ある重大な事実を見落としています。
それは、戦国時代後期が地球規模の寒冷化現象である「小氷期(ミニ氷河期)」に当たり、東北地方に深刻な凶作や飢饉(冷害)をもたらすという気候的な脅威です。
駒姫がこの気候変動という「最大の敵」に気づき、最上家の農業改革という次なる難題に直面するのは、もうちょっとだけ先のことになる予定です。




