第2話「父・義光は謀将のくせに、私にはデロデロの親バカでした。」(後半)
駒が義光に追い打ちをかけます(笑)
昼過ぎ、義光が再び現れた。
軍議を「一時中断」して来たのだと、後ろで鮭延が天を仰いでいた。
庭の縁側に並んで腰を下ろし、義光は「駒よ、何か欲しいものはないか」と聞いた。
「父上のお話が聞きたいです」
義光の顔が、ぱあっと明るくなった。
「そうか! では何でも聞け! わしは何でも話してやるぞ!」
——よし。情報収集、開始だ。
私は相槌を打ちながら、義光の「昔話」に耳を傾けた。義光は喋り好きだ。しかも娘に話を聞いてもらえると思うと、饒舌になる。
「大崎の義隆はな、儂にとっては義理の兄じゃが……少し頼りなくてな。あやつが大崎をしっかり治めておれば、政宗も付け入る隙がなかったのじゃが」
——大崎家の内情。義隆は頼りない。内紛があった。それが政宗に攻め込まれる原因になった。
「政宗のやつは、あやつの父親——輝宗が死んでから変わった。あやつは止まらん。伊達の旗の下に奥州を束ねるつもりじゃろうが……」
——伊達家の現状。政宗は父の死後、急速に領土拡大を進めている。止まらない、か。義光自身もそれを認めている。
「南の猿が惣無事令とやらを出しおった。ふん、東北まで口を出すつもりか。大名同士で戦うな、じゃと。笑わせる」
——豊臣の圧力。義光は秀吉を「南の猿」と呼んで軽んじているように見えるが、その目の奥には警戒の色がある。この人は馬鹿じゃない。ちゃんとわかっている。
私は相槌を打ちながら、頭の中で地図を描いていた。東北の勢力図。最上、伊達、大崎、葛西、南部——それぞれの力関係と、豊臣という外圧。
「駒よ」
義光が、ふと真剣な顔になった。
「わしはな、お前のためなら何でもできる気がするぞ」
——その言葉、後で使わせてもらいますよ、お父様。
「……駒は、父上のことが大好きです」
「ぬ、ぬおっ……! また言いおった……!!」
義光が顔を赤くして悶絶している横で、私は静かに情報を整理した。
そこへ、家臣が走ってきた。
「殿! 急報にございます! 伊達軍、大崎領深くへ進軍。最上軍との衝突、時間の問題かと!」
義光の顔が、一瞬で変わった。
縁側に並んで座っていた大きな身体が、すっと立ち上がる。緩みきっていた表情が引き締まり、目が鋭くなる。先ほどまでの親バカの顔は、どこにもない。
「……出陣の準備をせよ」
低い、静かな声だった。
「……政宗め。伯父の言うことを聞かぬか」
——伯父として、政宗を気にかけている。完全な敵意ではない。
私は義光の横顔を見上げながら、静かに思った。
——来た。これが第一の分岐点だ。
夜、城内では出陣準備の音が続いていた。
鎧を磨く音、馬の嘶き、兵糧を運ぶ足音。山形城全体が、戦の気配に満ちている。
私は居室に一人で座り、今日一日で得た情報を整理した。
一つ目。お父様の親バカは、予想の三倍だった。これは最大の武器になる。
二つ目。鮭延秀綱は気づいている。この姫が普通ではないと。いずれ、協力者になれる。
三つ目。義光は政宗を「伯父として」気にかけている。完全な敵意ではない。そこに楔を打てる。
そして四つ目。大崎合戦は、このままでは止まらない。
——ならば、止めに行くしかない。
私は文机に向かい、小さな手で筆を取った。
書くのは、義姫様への文だ。
義姫。義光の妹。伊達輝宗に嫁ぎ、政宗を産んだ人。最上家と伊達家の、血の繋がり。気性が激しく、行動力抜群——そして、私の叔母上様。前世の記憶が、そう教えている。
筆を墨に浸し、静かに書き始めた。
叔母上、初めてお文を差し上げます。駒と申します——
七歳の子供が書く文としては、あまりにも整った文字だった。侍女たちが見たら驚くだろう。でも今は、そんなことを気にしている場合ではない。
書き終えた文を、燭台の明かりにかざして見る。
「今日わかったことが三つある」
独り言を言う癖は、前世から変わらない。
「お父様の親バカは想定の三倍だった。鮭延殿は使える。そして——義光という人は、身内のためなら動く」
燭台の炎が、静かに揺れた。
「処刑フラグを折るための最初の一手は、お父様の『甥バカ』を引き出すことだ。政宗お兄様は、父上の甥でもある。そこに、楔を打つ」
私は文を丁寧に折り畳んで、懐に収めた。
明日、氏家殿に頼んで密使を立てよう。七歳の姫が単独で動くには限界がある。でも、文を送ることならできる。
「叔母上——義姫様」
夜の闇に向かって、私は静かに語りかけた。
「あなたの力が、必要です」
城の外から、風の音が聞こえた。出羽の春の夜は、まだ冷たい。
でも私の胸の中には、静かな炎が燃えていた。
七歳の幼女が、天下を動かす。
——その第一歩は、明日から始まる。
叔母上(義姫様)は少し怖いかも?




