表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生駒姫は、親バカな父・義光と従兄の政宗を和解させて東北大同盟を作り処刑フラグをへし折ります!  作者: 双瞳猫
第1部:転生幼女、親バカ父と暴走従兄の喧嘩を止める

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/47

第18話「伊達家の内情——片倉景綱、胃を痛める」(後半)

 夜が訪れた。

 伊達軍の陣営は、しんと静まり返っている。

 焚き火の周りでは、兵士たちがのんびりと夕食を取りながら、ようやく訪れた安らぎを噛み締めていた。

 片倉景綱は、夜回りのために陣内を静かに歩いていた。

 ふと耳を澄ませば、遠く最上軍の陣営から陽気な笑い声が風に乗って聞こえてくる。

(――和睦、か。張り詰めていた両軍の糸が、わずかに緩んでいるな)

 そんな感傷に浸りながら歩を進めていると、背後から声をかけられた。

「片倉殿」

 振り返れば、そこには伊達成実が立っていた。

 景綱は足を止め、短く応じる。

「成実殿」

 成実は吸い寄せられるように景綱の隣に並び、二人は無言で陣営を見渡した。

 やがて、成実が探るように、そしてひどく重々しく口を開いた。

「……片倉殿。あの姫様は――恐ろしい姫様ですな」

 景綱の眉がピクリと跳ねる。

「……あの姫様、とは」

「決まっている。最上の駒姫様だ」

 成実の言葉に、景綱は深く、重く頷いた。

「左様。わずか七歳であの聡明さ。そして――何より、殿を動かしてみせた」

「正直に言う。俺はあの姫君と目が合った瞬間、背筋に冷たいものが走った」

 成実の告白に、景綱はわずかに目を見開いた。

「……成実殿、貴殿もですか」

「ああ。あれはただの幼子ではない。七歳という皮を被った『何か』だ。あのお方を言葉一つで説得するなど、並の人間では到底できぬ。……底が知れぬほど恐ろしい」

 景綱は一瞬の沈黙の後、ためらいながらも「現場」の状況を共有した。

「……政宗様も、駒姫様に並々ならぬ興味を抱いておられる」

 成実がギョッとしたように絶句した。

「……それは、本気で言っているのか? まずいのでは……」

「左様。何より、あの義光殿が黙っておるまい」

「あの方は駒姫様を、目に入れても痛くないほど溺愛していると聞く。もし政宗様が距離感を誤って近づきすぎれば――」

「――義光殿が、般若となって激怒する」

 二人は無言で顔を見合わせた。

 最悪の未来予想図が、二人の脳裏でぴたりと重なった瞬間だった。

 焚き火の炎がパチパチと爆ぜ、夜の静寂を乱す。

 成実が、藁にもすがるような目で景綱を見つめた。

「……片倉殿。貴殿なら、政宗様を止められるか?」

 景綱は、天を仰いでから深く、深くため息をついた。

「……わかりませぬ。殿は一度何かに執着されると――止まらぬ御方だ」

「……それは、俺が一番よく知っている」

 成実は諦めたように自嘲気味に笑った。

「しかし、止めねばならぬ。殿が暴走すれば、せっかく結ばれた和睦の糸が、無残に引きちぎられかねん」

「左様。片倉殿、頼んだぞ。殿の手綱を握れるのは、貴殿しかおらぬ」

 成実から託された責任の重さに、景綱は重々しく頭を下げた。

「……死力を尽くしましょう」

 二人は再び、静まり返った陣営に視線を戻した。

 春の夜風が、二人の髪をいたずらに揺らして吹き抜けていく。

 景綱はそっと、疼き出した胃のあたりを掌で押さえた。


 景綱が自陣の幕を潜ると、そこには静寂だけが横たわっていた。

 張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、彼は泥のような疲労感とともに床几しょうぎへと身体を預ける。

 脳裏を過るのは、今日という一日に起きた怒涛の出来事。

 そして、認めたくはないが認めざるを得ない、あまりにも恐ろしい一つの「確信」だ。

 ――殿が、七歳の幼女に入れ込んでいる。

 冗談であってほしかった。だが、現実はどこまでも残酷だ。

 あの駒姫という少女は、確かに異常なほどに聡明だった。そして、あろうことか「東北の覇者」伊達政宗を、たった一言で、その場しのぎではない「本気」の和睦へと動かしてみせたのだ。

 七歳の幼女が、あの独眼竜を説得する。本来なら驚天動地の快挙なのだが、今の景綱にそれを手放しで喜ぶ余裕はない。

 もし、殿があの姫様に深入りしすぎれば、伯父である最上義光が黙っているはずがない。

 そうなれば、我らが主君はまた制御不能な暴走を始めるだろう。

「はぁ……」

 今日何度目かも分からない、深く、重いため息が漏れた。

 主君の暴走を止めるのが自分の役目だ。景綱は悲壮な決意を胸に刻み、静かに目を閉じる。

 だが――景綱は、まだ知らない。

 翌日の宴会で、政宗が「当然の権利だ」と言わんばかりの顔をして、駒姫を自らの膝に乗せることを。

 それを見た義光が、文字通り般若のような形相で爆発し、天幕が吹き飛ぶほどの怒号を上げることを。

 そして――何より、景綱自身の胃壁が文字通り限界を迎え、物理的な悲鳴を上げることを。

 景綱は無意識に、鈍い痛みを感じ始めた胃のあたりをそっと押さえた。

「……俺の胃は、本当にもう持たんぞ……」

 吐き出された一言は、夜の闇に虚しく消えていった。

 天幕の外からは、和睦を喜ぶ最上軍の楽しげな笑い声が風に乗って聞こえてくる。

 伊達家の苦労人が独り胃を痛めている間に、春の夜は静かに更けていく。

 明日、さらなる地獄――もとい、カオスな宴が待ち受けていることも知らずに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ