第15話「義光の条件——『政宗、駒に免じて今回は許してやる』」(後半)
義姫様が、扇の向こうで優雅に微笑みながら続けた。「駒姫を『切り札』にする——それは、兄上の愛情の表現です。冷徹な計算ではありません」
お父様が、図星を突かれたようにわずかに目を逸らして咳払いをした。
政宗従兄様が、それを見てわずかに口角を上げて笑った。
——義姫様、ありがとうございます。
義姫様が、お父様のどうしようもない親バカぶりを、見事なまでに「愛情の表現」として肯定し、この場を丸く収めてくれたのだ。さすがは奥州のゴッドマザーである。
一方、天幕の隅では、片倉景綱殿が息を潜めて静かにこの状況を観察し続けていた。
——殿が、親バカに負けた。
「駒に免じて」という、およそ戦国武将らしからぬ言葉が、あの頑なだった殿の心を動かしたのだ。
義光殿は、確かに娘を「切り札」として使った。しかし——それは決して、他国を出し抜くような冷徹な計算ではない。「娘がこれほどまでに頑張ったのだから、その成果を無駄にせず活かしてやる」という、あまりにも純粋な、親バカ的な論理に過ぎない。
そして——あろうことか殿は、その親バカぶりに、呆れて苦笑しながらも、素直に応じようとしている。
——(……殿が、たった七歳の幼女と、その父親の親バカに負けた)
景綱殿は、その信じがたい確信を、ごくりと静かに飲み込んだ。
——(……胃が、本当に限界だ)
胃の辺りを押さえる景綱殿のすぐ隣で、氏家守棟殿が小さく、同情するように咳払いをした。
「……片倉殿」
「はい」
「お互い、大変ですな」
景綱殿は、氏家殿の言葉に宿る深い疲労感に共感し、わずかに自嘲気味に笑った。
「……左様にございますな」
初めて言葉を交わしたはずの二人の間に、主君の暴走に振り回される苦労人としての、強固で新たな連帯感が生まれた瞬間だった。
私は、お父様が堂々と「駒に免じて」と言い放ったのを聞きながら、静かに、深く息を整えた。
——お父様、だからそれ、ただの親バカですってば。
でも——やっぱり、嬉しい。
「駒に免じて」というその言葉が、私の胸の奥をじんわりと温かくしてくれる。私を大切に想ってくれていることが、痛いほど伝わってくるから。
やがて、政宗従兄様が、静かに口を開いた。
「……わかった」
その短くも重い一言が、天幕の中にストンと落ちた。
お父様が、わずかに目を見開いて政宗従兄様を見る。
義姫様が、ホッとしたように静かに微笑んだ。
政宗従兄様が、真っ直ぐにお父様を見据えて続けた。
「駒姫に免じて——大崎への侵攻は、止める」
天幕の中に、水を打ったような静寂が落ちた。
お父様が、深く、静かに頷いた。
——よし! これで、お父様の出した最大の条件が通った。大崎合戦は、これで回避できる。
しかし、安心するのはまだ早い。次は、政宗従兄様が条件を出す番だ。
政宗従兄様が、スッと目を細めて静かに言った。
「——しかし、伯父御」
その一言が、再び天幕の中に緊張感をもたらして落ちた。
お父様が、警戒するようにわずかに眉をひそめる。
政宗従兄様が、不敵にわずかに笑った。
「俺の方からも、少し言わせてくれ」
天幕の中に、ピリッとした静寂が落ちた。
お父様の眉間の皺が、さらに一段、ぐっと深くなった。
——あ、これは確実に揉める予感がする。
政宗従兄様は、一体何を話すつもりなのだろうか。
義姫様が、面白がるように静かに微笑んだ。「政宗。あなたにも、何か条件があるのですね」
政宗従兄様が、母の言葉にわずかに笑った。「そうだ。俺にも——言いたいことがある」
お父様が、腕を組み直して静かに言った。「……聞こう」
政宗従兄様が、隻眼をわずかに細め、口を開きかけた。
——来る。
政宗従兄様の、奥州の覇を唱える若き竜の条件が、来る。
その時、遠くで、伊達の陣営からブォーッ、ブォーッと低く重い法螺貝の音が響き渡った——それは、主君である政宗が決断を下したことを、全軍に告げる合図だ。
天幕の外では、出羽の冷たい春の風が、ざわざわと木々を揺らしながら静かに吹いていた。
私は、膝の上で小さな両手をギュッと握り締め、政宗従兄様の次の言葉を待ちながら、静かに息を整えた。
——さあ、次は、政宗従兄様の番だ。お手並み拝見といきましょう。




