第13話「駒のプレゼン②——『奥羽が手を結べば、日の本一の勢力になります』」(後半)
「——そして、伊達は」
私は、真っ直ぐに政宗従兄様を見据えた。「伊達は、奥羽で最も強い騎馬隊を持っています」
政宗従兄様が、肯定するようにかすかに頷いた。
「伊達の騎馬は、速く、強い。戦場で、伊達の騎馬に勝てる軍はほとんどありません」
私は、さらに言葉を重ねる。「そして——伊達には、従兄様という若き野心家がいます」
ピリッと、天幕の中の空気が動いたのがわかった。
お父様の眉間の皺が、わずかに深くなる。客観的な事実には違いないが、『愛娘が憎たらしい甥っ子(政宗)を褒めている』という事実にどうにも抵抗があるのだろう。何とも言えない、複雑極まりないご面相になっている。
——お父様、今だけは少し我慢してくださいよ。これは交渉において絶対に必要なプロセスなのですから。
「政宗従兄様。あなたは、奥羽を統一する力をお持ちだと思います」
政宗従兄様が、私を真正面から見た。その隻眼が、完全に『本気』の色を帯びてギラリと光る。
「しかし——お一人では、南の猿には勝てないでしょう」
私の放ったその一言が、重々しく天幕の中に落ちた。
政宗従兄様の隻眼が、無言で私の話の続きを促してくる。『この幼女は、俺の隠しきれない野心を正面から見抜いた』という驚愕と——『そして、その限界をも的確に指摘してみせた』という、初めての『共感』の色が浮かんでいた。
「——でも、最上と手を結べば、話は変わります」
『若き野心家』というキラーワードが、政宗従兄様の闘争本能を激しく刺激したのがわかる。この人は、自身の野心を決して隠そうとはしない。だからこそ——その野心を真っ向から『肯定』してあげることが、最も効果的なアプローチなのだ。
お父様が、わずかに眉をひそめる。しかし——黙って聞いている。『娘の言っていることは的確であり、事実に何一つ間違いない』という冷徹な策略家としての評価が、『わが愛娘が、あの鼻持ちならない甥っ子の政宗を褒めちぎっている』という親バカ全開の不満を、かろうじて上回っている状態だ。
義姫様はといえば、静かに、そして優しく微笑んでいた。『駒姫は、政宗の野心を頭ごなしに否定せず、しっかりと受け止めた。……この子は、政宗の扱い方を完全に心得ている』という静かな確信が、その美しい横顔に滲み出ている。
「最上の地の利と兵站。伊達の騎馬と武力」
私は、トドメを刺すように静かに続けた。「この二つが合わされば——奥羽は、日の本一の勢力になります」
再び、天幕の中に深い静寂が落ちる。
『日の本一』という圧倒的なスケールの言葉が、完全に場の空気を支配した。
政宗従兄様の隻眼が——ここで初めて、単なる『興味』から、明確な『本気』へと完全に切り替わった。
お父様の目も、鋭く光る。だが、やはりその目の奥には『わが娘が、ここまで壮大な絵図を描くとは……』という驚愕が滲み出ている。
「豊臣秀吉は、今、日の本の大半を手に入れています」
私は一気に畳み掛ける。「九州も、四国も、中国も——すべて秀吉の手に落ちてしまった。でも——奥羽が一つになれば、秀吉も無視できない勢力となるはず」
政宗従兄様が、深く頷きつつ、私を真っ直ぐに見た。さらに目力が強くなって、肌がヒリヒリするようなプレッシャーを感じる。
「秀吉は、奥羽にも兵を出すことはできるでしょう」
私は、あえて少し間を置いた。「でも——その代償は大きいものとなりましょう。奥羽が一つになっていれば、秀吉は『交渉』を選ぶはずです」
——よし、狙いどおりだ。『日の本一』という言葉が、見事に政宗従兄様の野心を刺激した。そして『秀吉と対等に話ができる』という極めて現実的な利益が、お父様の冷静な武将としての判断を動かした。
——さあ、これで二人とも、私の描いた絵図通りに動いてくれるかな。
「——奥羽が一つになれば、秀吉と対等に話ができます」
私は、最後の一押しとばかりに静かに告げた。「それが——お二人が手を結ぶ、最大の理由です」
天幕の中に、張り詰めたような静寂が落ちる。
心地よい春の風が、天幕の布をかすかに揺らしていく。遠くで、馬が嘶く声が聞こえた。それ以外は——恐ろしいほどに静かだった。
やがて、政宗従兄様が、低く静かな声で口を開いた。
「駒姫……面白いことを申すものだな。何とも聡い従妹殿だ……僅か七歳の幼女が」
その重みのある一言が、天幕の中にストンと落ちた。
お父様は、腕を組んだまま、静かに私を見つめていた。
たった七歳の幼女が、あの伊達政宗を——恐るべき『独眼竜』を——「面白い」と唸らせたのだ。
戦国大名の端くれとして、お父様にもこの構想の現実性と実効性は痛いほど理解できているはずだ。『奥羽大同盟』——私が語ったこの壮大な構想は、決して夢物語の空論ではない。最上と伊達が手を結べば、百五十万石に迫る巨大勢力になる。天下人たる豊臣秀吉も、そう簡単には手を出せまい。
——(……わが娘が、とんでもないことをやりおったわ)
お父様は、そんな驚愕の思いを静かに胸の奥に仕舞い込んだ。決して表には出さない。しかし——その目の奥が、また少しだけ誇らしげに光ったのを私は見逃さなかった。
——(……あの政宗も、駒を認めたに違いあるまい。まったく——親として嬉しいような、男として癪なような)
お父様の口の端が、わずかにピクッと動く。
私が政宗従兄様を褒めちぎっていた時は、正直、かなり癪に障っていたはずだ。しかし——『日の本一』という言葉を聞いた瞬間、お父様の『羽州の虎将』としての闘争本能が、そのちっぽけな不満を完全に上回ったのだ。
この構想は——間違いなく、実現可能だ、と。
一方、片倉景綱は、天幕の隅で息を潜めるようにして静かに状況を観察していた。
主君である殿が——「面白いことを言う」と言ったのだ。
政宗が「面白い」と言うのは、相手を『対等な交渉相手』として完全に認めた時だけだ。景綱はその重大な事実を、冷静な頭で静かに反芻する。
七歳の幼女が放った「日の本一」という、そのたった一言で、殿の目の色が劇的に変わった。『興味』から『本気』へと、明確に評価が変わった決定的な瞬間だった。
——(この恐るべき姫様は、見事に殿を動かしてみせた)
景綱は、その揺るぎない確信をゴクリと静かに飲み込んだ。
——(そして……殿は、この姫様に本気で興味を持ち始めている。それは——)
景綱の脳裏に、昨日の会談で政宗が初めて駒姫を見た時の「ほう」という感嘆の声、その後の「面白い」という評価、そして先程の「賢い従妹だ」という呟き——それらの記憶が次々とフラッシュバックしていく。
殿の目が、みるみると変わっていく過程を、景綱はずっと一番近くで見てきた。
最初は『七歳の幼女が自分の眼力に怯まない』という純粋な驚き。次に『この幼女はただの子供ではない』という強い興味。そして先程の氏家殿の絶妙な援護射撃の後には、完全に『将として向き合うべき相手』を見る目になっていた。
そして今、極めつけの——「面白いことを言う」。
殿はもう、この姫様をただの『七歳の愛らしい幼女』としては見ていない。完全に『対等な交渉相手』として見据えている。
——(……まったく……これでは私の胃がもたんわ)
景綱は、そんな胃痛の種のような思いを静かに胸の奥深くに仕舞い込んだ。
ふと見ると、天幕の反対側の隅では、景綱と全く同じ思いを抱えているであろう最上家家老・氏家守棟が静かに立っていた。その目が、わずかに景綱の方へと向けられる。
二人の苦労人ポジションの視線が、空中で静かに交差する。
言葉は一切交わさない。しかし——二人の間に、『胃薬仲間』としての静かな連帯感が、また少しだけ深まった瞬間だった。
私は、政宗従兄様が「面白いことを言う」と呟いたのを聞きながら、ホッと小さく息を整えた。
『面白いことを言う』——この言葉は間違いなく、プライドの高い政宗従兄様が相手を認めた時にしか出ない言葉だろう。昨日の会談で初めて私を見た時の「ほう」という驚き、その後の「面白い」という評価、そして先程の「聡い従妹だ」という呟き——それらのフラグが積み重なって、今、ここで見事に結実したのだ。
——最高のお褒めの言葉として、謹んで受け取らせて頂きますわ、従兄様。
私は、淑女らしく静かに頭を下げた。
「——ありがとうございます、政宗従兄様」
政宗従兄様が、満足げにわずかに目を細める。
と、その瞬間だった。
お父様が、わざとらしく「ンンッ」と小さく咳払いをした。
「……駒」
お父様が、やけに低い声で言った。「政宗相手に礼など言うな」
「でも、お父様——」
「いい。とにかく礼など申すな」
——お父様、いくらなんでもそれはちょっと理不尽では。
私は内心でツッコミを入れたが、お父様の眉間の皺がさっきより一段と深くなっているのを見て、ここは大人しく黙ることにした。
政宗従兄様が、わずかに口の端を動かした。「……伯父御は、娘に甘いな」
「お前に言われたくないわ」
「俺は、甘くなどない」
「お前の目も、さっきから駒を見ている時点で、十分に甘いわ」
「……伯父御の目も、駒姫を見ている時は完全に親バカの目だが」
「それは——」
義姫様が呆れたように「二人とも——」と窘めようと言いかけた。
しかし、お父様と政宗従兄様が、まるで示し合わせたかのように同時に義姫様の方を見て、そして再び同時にプイッと目を逸らした。
——ああ、また始まった。
私は内心で、やれやれと静かにため息をついた。いがみ合っているようで、この二人、根本的なところが本当にそっくりなのだ。
義姫様が、珍しくお手上げといった様子で天を仰いだ。そして——ふふっと静かに笑った。
「……駒姫。よくぞ語りました」
その優しくも威厳のある一言が、天幕の中に静かに響き渡る。
お父様と政宗従兄様が、ビクッとして同時に義姫様を見た。そして——これまた同時に、バツが悪そうに少しだけ気まずそうな顔をした。
——あ、これ絶対『義姫様に叱られた』って思ってる顔だ。
私は内心で、クスクスと静かに笑った。




