第12話「駒のプレゼン①——『ここで争えば、南の猿の餌食です』」(後半)
「——間者が入っているということは」
私は、その空気を断ち切るように言った。「南の猿は、今の奥羽の状況を見てるに違いないでしょうね。最上と伊達が戦を続ければ——両軍は消耗しますよね。消耗した後に、猿が動く。それが——最も恐ろしい筋書きではないでしょうか」
義光と政宗が、同時に私を見た。
——よし、なんとか止まった。
政宗が、私を見た。その目が、細くなっている。
「……続けなさい」
——来た。
政宗従兄様が、自分から「続けなさい」と言った。これは——この人が、私の話を、一人の武将としてきちんと聞く、と決めたんだろう。
「秀吉にしてみれば、今、奥羽に直接兵を出す必要はないのです」
私は続けた。「最上と伊達が互いに消耗した後——『惣無事令を守らせる』という名目で介入するだけでいい。その時、奥羽に抵抗する力は、ほとんど残らないのではありませんか?」
義光の目が、静かに鋭くなった。
政宗が、腕を組んだまま、静かに言った。「……それは、そのとおりかもしれん」
「——では」
私は、少し間を置いた。
「なぜ今、戦を続けようとなさるのです?」
天幕の中に、静寂が落ちた。
春の風が、天幕の布をかすかに揺らした。遠くで馬が嘶く声がした。それ以外は——静かだった。
政宗が、私を見た。その目は——「正面から向き合うべき相手」を見定める目だ。
「なぜ戦を続けるのか」という問いは、正しい答を求めているわけではない。「答えはわかっているはずでしょ」という確認にほかならない。この二人は賢い。だから——この問いの意味が、すぐにわかるはず。
義光は、腕を組んだまま、静かに娘を見ていた。
七歳の幼女が、伊達政宗を——「独眼竜」を——黙らせている。
戦国の将として、この問いの鋭さは、無論理解できる。「なぜ戦を続けるのか」——答えは一つしかない。「義理や感情が、論理を上回っているから」。そしてその答えを、政宗は自分でわかっている。だから黙っているのだ。
——(これほど鮮やかに……やはり俺の血か。駒はいつの間に、これほどの知恵を……)
義光は、その思いを静かに胸の奥に仕舞った。表には出さない。しかし——目の奥が、また少し変わった。
——(……あやつに褒めそやされるのは業腹だが、まあ、俺の子だ。道理よな)
義光の口の端が、わずかに動く。
義姫が、その横顔を見て、静かにため息をついた。
片倉景綱は、天幕の隅で静かに状況を観察していた。
殿が——黙している。
「なぜ戦を続けるのか」という問いに、殿が答えを持っていないわけではない。しかし——その答えを口にすることが、この場の問答では致命的な隙となる。七歳の幼女が、その構造を正確に理解した上で、この問いを投げた。
——(ただの童ではない……兵法を地で行く知略の塊だ)
景綱は、そんな確信を抱いた。
先程「ほう」と漏らした殿の目を、景綱は見逃していなかった。「面白い」と言った時の声の質も。そして今——殿が「聡い従妹殿だ」と小声で言った瞬間、義光殿の眉間の皺がさらに深くなった。
——(殿の心は、既にこの姫様に絡め取られている……そして義光殿は、その危うい熱りを見逃してはいない)
景綱は、もはや避けられぬであろう火種を静かに咀嚼した。
——(頭痛の種が増えるばかりだ……一刻も早く、独り酒を煽りたいものよ)
景綱の隣で、氏家守棟が静かに立っていた。その目が、わずかに景綱の方を向いた。
二人の目が、一瞬だけ合った。
——(……似たような業を背負っておられるようですな)
——(……お察しします。……左様、お察しいたしますぞ)
言葉は交わさない。しかし——二人の間に、静かな連帯感が生まれた瞬間だった。
私は、政宗従兄様が黙してしまったのを見ながら、静かに次の言葉を準備していた。
「なぜ戦を続けているのか」——この問いへの答えを語る必要はない。政宗従兄様は、すでに答えを持っている。私がすべきことは——その答えを「別の選択肢」に変えることだ。
「……続きをお話ししても良いですか」
私は、静かに言った。返答を待たずに話を続けることにした。
「争う理由よりも、手を結ぶ理由の方が——ずっと大きいのではありませんか?」
政宗が、私を見た。
義光が食い入るように私を見てくる。その目は完全に「次は何を見せてくれるんだ、我が愛娘よ!」とワクワクを隠しきれていない。……チョロい。
――お父様、次はいよいよ本命の『奥羽大同盟』の話をしましょうか。お二人とも、準備はよろしいですか?
天幕の外では、出羽の春の風が、静かに吹いていた。




