第11話「いがみ合う伯父と甥——幼女、床几を叩いて一喝する」(前半)
義光が、口を開いた。
「——政宗。大崎に兵を入れたのは、お前が先ではないか」
一瞬の静寂の後だった。
義姫様が「今日は話を聞く日です」と制して、天幕の中がわずかに落ち着いた——その落ち着きが、どれほど薄いものだったか。義光の声が空気を切った瞬間、私は「ああ、やっぱり」と思った。
しかし——「やっぱり」と思いながらも、実際に始まった言い合いの温度は、私の想定より少し高かった。
政宗が、静かに返した。「……俺が動かなければ、大崎はとうに瓦解していた。義隆が自分で収められない内紛を抱えていたからな」
「それはお前が決めることではなかろう」
「では誰が決めると言われるか。義隆殿本人か」
政宗の声に、わずかな冷たさが混じった。「あの体たらくを見ても、そう言えるのか、伯父上」
義光の眉間の皺が、一段深くなった。
——あ、「伯父上」という呼び方が刺さった。
私は内心でそう観察した。政宗は先程までの「伯父御」ではなく「伯父上」と呼んだ。敬意はあるが、距離がある。義光はその呼び方が気に入らない——顔に出ている。
「大崎義隆は俺の義兄だ」
義光が、低い声で続けた。「義兄が困っている時に動かなければ、最上の名折れになる。俺は義隆を守るために兵を動かした。それだけだ」
「守る?」
政宗の声が、少し上がった。「義隆の家臣団が二派に割れて内紛を起こしているのは、義隆自身の統治が甘いからだ。根本を治めずに外から守っても、また同じことになる。伯父上はそれをわかっていて、兵を動かしたのか」
「だからといって、お前が乗り込んで——」
「俺は乗り込んだのではない。頼まれたのだ」
「頼んだのは誰だ。義隆か」
「義隆の家臣だ」
「義隆の家臣が、主の頭越しに伊達に頼んだ。……それが問題だと言っているのだ」
「義隆がまともに動けないから、家臣が動いた。それだけのことだ」
——どちらも正しいんだよね。
私は、二人の言い合いを聞きながら、静かに整理した。
義光の言い分は「身内を守る」という武家の義理に基づく正論だ。政宗の言い分は「根本を治めなければ意味がない」という統治論に基づく正論だ。どちらも間違っていない。どちらも引かない。
——これは、論理で止められる言い合いではないのだろう。
私はそこで、最初の「想定」が少しずれていたことに気づいた。「どちらも正論だから止まらない」とは思っていた。でも——実際に目の前で見ると、この二人の言い合いには「論理」だけでなく、もっと根深いものが混じっている。
義光は、政宗が「義隆の家臣に頼まれた」という言い方をするたびに、わずかに顔が険しくなる。「義隆の頭越しに動いた」という事実が、義光の「身内を守る」という原則を、深いところで傷つけているのだ。
政宗は、義光が「名折れ」という言葉を使うたびに、隻眼に冷たい光が宿る。「義理」を盾にして「統治の失敗」から目を逸らそうとしている、と見ているのだろう。
——これは、長引きそう。
義姫様が「二人とも——」と声を上げた。
しかし義光と政宗の言い合いは、義姫様の声が届く前に次の言葉へと転がっていった。
「証拠はあるか」
「お前の行動そのものが証拠だ」
「それは証拠ではない。ただの印象ではないか」
「印象が証拠になるのが、戦国というものだ」
「——二人とも!」
義姫様が、今度は声を張った。
二人が、止まった。
しかし——止まったのは、ほんの一瞬だった。義光が政宗を見て、政宗が義光を見て、どちらも「まだ言い足りない」という顔をしている。義姫様の言葉を聞いた、というより——息継ぎのために止まった、という感じだ。
義姫様の横顔が、わずかに険しくなった。
——義姫様が、困っている。
私は、そこで初めて「これは義姫様では止まらない」と確信した。義姫様は「どちらかが間違っている」と言えない。どちらも正論だから。そして義姫様が「もうやめなさい」と言っても、この二人は「まだ話が終わっていない」という顔をする——義姫様への敬意と、「今は感情が先に立っている」という事実が、同時に存在しているからだ。
義光が、また口を開こうとした。
その瞬間だった。
私は、立ち上がった。
七歳の身体が、床几から立ち上がる。
傍らの床几の縁を、小さな両手で——バンッ——と叩いた。
音が、天幕の中に響いた。
乾いた、短い音だった。大きくはない。しかし——この場の全員の耳に、確実に届いた。
義光が、止まった。
政宗が、止まった。
義姫様が、止まった。
全員が——七歳の幼女を、見た。
「——お二人とも、少し黙ってください」
声は、静かだった。怒鳴っていない。泣いてもいない。ただ——静かで、しかし確実に「この場の全員に届く」声だった。
天幕の中に、沈黙が落ちた。
——黙った。
私は内心で、静かに確認した。
——黙った。でも——これはただの「静止」だ。次に私が何を言うかで、この静寂が意味を持つか、無意味になるかが決まる。
手のひらが、わずかに震えていた。七歳の身体は正直だ。しかし——声には出さない。出してはいけない。
義光が、私を見た。複雑な顔だった。目の奥の色が「策略家」でもない「父親」でもない何かに変わっている。黙ることで、私を信頼していることを示している——そういう顔だ。
政宗が、私を見た。その隻眼が——わずかに細くなる。昨日の「ほう」とも、「文を書いたのはお主か」という時とも、また違う目だ。「面白い」でも「試している」でもなく——「本物か」を確かめるような、静かな目だ。
義姫様が、静かに微笑んだ。「……お続けなさい、駒姫」




