第11話「いがみ合う伯父と甥——幼女、床几を叩いて一喝する」(後半)
全員が私を見ている。
私は、義光と政宗を交互に見た。
「——お二人とも、争う理由をお持ちなのは良くわかりました」
静かな声で、続けた。「義光お父様は、義隆様を守るために動いた。政宗従兄様は、義隆様の家臣に頼まれて動いた。どちらも——間違っていないのだと思います」
義光の眉が、わずかに動いた。
政宗が、私を見たまま、静かに待っている。
「でも——」
私は、少し間を置いた。
「今、奥羽でお二人が争うことで、一番得をするのは誰ですか?」
天幕の中に、静寂が落ちた。
春の風が、天幕の布をかすかに揺らした。遠くで馬が嘶く声がした。それ以外は——静かだった。
「——南の猿ですよね」
その一言が、空気を変えた。
「関白・豊臣秀吉」という名前を出さずに「南の猿」と呼ぶ。七歳の幼女の口から出るには、あまりに鋭い一言だ。
義光の目が、静かに鋭くなった。「謀将」の目だ。父親の顔が消えて、「羽州の狐」の目が戻ってきた。
政宗の目も——初めて、「謀将」の色を帯びた。昨日の「ほう」でも、「文を書いたのはお主か」という問いでもなかった——今初めて、この男は知略家としての私を見ている。
——刺さったかな。
私は内心で、静かに確認した。
——お父様にも、政宗従兄様にも。この二人は賢い。だから——「南の猿が得をする」という一言の意味が、すぐにわかる。
しかし私は、ここで止めた。
「——続きは、少し整理してからお話しします。少しだけ、お時間をいただけますか」
義姫様が「……わかりました」と静かに答えた。
政宗は、くくっと喉を鳴らすと、私を見たまま低く言った。「……面白い」
——面白い、か。
私は内心で、その言葉を転がした。
義姫様からも、同じ言葉を伝えられた。「政宗はあなたの文を読んで『面白い』と言っていた」と。
しかし今——この人の口から、この静寂の中で直接聞くと、まるで質が違う。
書状の「面白い」は、評価だった。でも、今の「面白い」は——挑戦状のようだ。
片倉景綱は、天幕の隅で静かに状況を観察していた。
殿が——黙っている。
政宗様が自分から黙るのは、相手の言葉を「聞く価値がある」と判断した時だけだ。景綱はその事実を、静かに飲み込んだ。
七歳の幼女が「南の猿が得をする」と言った。その一言で、殿の目が変わった。「面白い幼女」から——「謀将として向き合うべき相手」へ、評価が改まった瞬間だ。
——(この姫様は、只者ではない)
景綱は、その確信を静かに胸の奥に仕舞った。
——(そして……殿は、この姫様を「面白い」と思っている。それは——)
景綱の脳裏に、昨日政宗が漏らした「ほう」という一言が蘇った。あの瞬間の殿の目を、景綱は見逃していなかった。
——(……胃が、痛い)
天幕の外に出ると、春の光が眩しかった。
氏家守棟が、静かに傍らに立っていた。控えていたのだろう。その目が、私を見た。
「——守棟。準備はできていますか」
氏家が、静かに頷いた。「……はい、姫様。いつでも」
私は天幕の布を見た。その向こうに、義光と政宗がいる。「南の猿が得をする」という一言を受け取った二人が、今、何を考えているか——だいたい、わかる。
賢い人間は、問いを受け取ったら、自分で考え始めるもの。「南の猿が得をする」ということは——「南の猿が得をしないためには、どうすればいいか」という問いに、自然と繋がる。その答えを、二人はすでに頭の中で組み立て始めているはずだ。
あとは——私がその答えを、声に出して言うだけだ。




