第1話「最上家の次女に転生しました。え、私、15歳で処刑されるの!?」(後半)
第1話後半です。長くなったので分割しました。
地の文を中心に改稿しました(4/30)
伊達政宗。私の従兄にして、後に「独眼竜」としてその名を轟かせる奥州の覇王。
現在は二十一歳。父・輝宗を非業の死で失ってから三周年。今の彼は、怒涛の勢いで領土を広げ、奥州の頂点を目指して爆走中だ。
もし最上と伊達がガッチリ手を組めば、東北は実質無敵の要塞になる。そうなれば、天下人・豊臣秀吉だってそう簡単には手出しできなくなるはず。
……けれど、現実はそう甘くない。
(今まさに、お父様と政宗お兄様は絶交寸前の大喧嘩中なんだよね……!)
世に言う「大崎合戦」。
私のお母様・妙姫の兄である大崎義隆に、政宗が軍を差し向けた。対して義光お父様は、義兄である義隆を助けるために大崎側を全面バックアップ。
このままいけば、最上と伊達は全面衝突――すなわち「共倒れ」だ。
両家がヘトヘトになったところで、南から豊臣軍がやってきて漁夫の利を得る。そして私は、交渉の道具として秀吉の懐に差し出される……。
「……最悪すぎるシナリオじゃん」
私は思わず額を押さえた。
さらに追い打ちをかけるのが、今年――一五八八年――というタイミング。
豊臣秀吉はすでに前年、大名同士の私闘を禁じる「惣無事令」を発令している。この大崎合戦は、そのルールに真っ向から喧嘩を売る行為だ。
下手をすれば、二人ともセットで領土没収(改易)なんていうバッドエンドすらあり得る。
ねえ、分かってるのお父様?
分かってるの、政宗従兄様?
あなたたちのその「意地の張り合い」は、私の命に直結してるんですけど!?
「……でも、私には前世の知識がある」
ゆらゆらと揺れる燭台の炎を見つめながら、私はゆっくりと立ち上がった。
「歴史の結末を知っている。……それは、私がこの手で運命を書き換えられるってことだ」
翌朝、まどろみの中で障子の向こうに人の気配を感じた。
まだ夜明け前の、薄暗い時間帯。侍女たちが働き始めるには早すぎる。嫌な予感がして、私は声をかけた。
「……父上ですか?」
「おお! 起きたか駒!」
バァン! と勢いよく障子が開く。そこにいたのは、甲冑こそ着けていないものの、ギンギンに目が冴えわたった最上義光お父様だった。
「父上、こんな早朝から一体……」
「いやなに、駒の顔を見に来ただけだ」
(――それだけのために安眠を妨害したのか、この親バカは……!)
「昨夜、どうにも顔色が悪いように見えてな。ちゃんと眠れたか? どこか痛むところはないか? 今すぐ医者を呼ぶか!?」
「大丈夫ですよ、お父様。ぐっすり眠れましたから」
「本当か? 目の下に隈はないか? 飯は喉を通るか?」
「父上」
「なんじゃ」
「私も、もう七歳です。そんなに弱くありません」
義光お父様はじっと私の顔を凝視し、数秒の沈黙の後、ようやく「そうか」と頷いた。それでもまだ「本当に大丈夫か……?」と言いたげな顔をしている。戦場では「虎」とか「狐」とか呼ばれているくせに、娘の前だとただの心配性なおじさんである。
「殿っ!」
廊下の奥から、空気を切り裂くような鋭い声が飛んできた。
姿を現したのは、氏家守棟。最上家の知能指数を一手に引き受ける名参謀であり、お父様の右腕だ。四十代半ばの引き締まった体躯に、すべてを見透かすような冷徹な瞳。
「殿、大崎方より使者が到着しております。一刻を争う事態にございますぞ」
「ええい、今は駒の体調チェックの最中だ。後にせよ!」
「父上」
私はお父様の袖を、クイッと引いた。
「お仕事に行ってください。私は大丈夫ですから」
「しかし……」
「父上がお外で頑張ってくださるから、私はこうして安心してお城で過ごせるのです」
瞬間、お父様の顔が茹でダコのように真っ赤になった。
「ぬ、ぬおっ……! か、可愛すぎるわ……っ!!」
悶え死にそうな表情を必死に堪えながら、お父様は「わかった、行ってくる! 駒、必ずすぐ戻るからな!」と叫び、嵐のように去っていった。
取り残された現場で、私は氏家守棟と目が合った。
老練な知将の瞳が、わずかに細められる。
(よし、今だ)
私は彼にだけ見える角度で、小さく、けれど意志を込めて頷いてみせた。
『後で、二人でお話しましょう』――。そんなニュアンスを込めた、七歳児らしからぬ視線。
氏家殿は一瞬、動きを止めた。その目に、明らかな驚愕の色が走る。
けれど彼はすぐにそれを隠し、深く、静かに一礼してお父様の後を追った。
その背中を見送りながら、私は小さく息をつく。
(氏家殿なら、気づいてくれるはず。私がただの『守られるだけの七歳児』じゃないってことに)
夕暮れ時、私は一人で庭に出た。
西の空が、まるで誰かがインクをこぼしたみたいに燃えるような橙色に染まっている。出羽の夕焼けは、とにかくデカい。山に囲まれた盆地の空は、吸い込まれそうなほど広くて、どこまでも高かった。
遠くから、兵たちの訓練する音が微かに響いてくる。鎧が擦れる硬い音、喉を震わせる号令の声、そして馬の嘶き。
間違いない。着々と「大崎合戦」の足音が近づいている。
私は空を見上げながら、自分の両手を広げてみた。
どこからどう見ても、七歳のちっぽけな子供の手。前世では100メートルを12秒台で駆け抜けたあの肉体はもうどこにもない。今の私の身体は、着物の袖に隠れてしまうほど細くて、頼りない。
制約は山積みだ。
七歳の子供が軍議に口を出しても鼻で笑われるだけ。剣も槍も持てないし、一人で城の外に出ることだって許されない。
でも――。
「私には、『未来』が見える」
それは決して呪いなんかじゃない。
「これは、最強の武器だ」
前世で叩き込んだガチの歴史知識。義光パパからのバグレベルの溺愛。愛らしい外見がもたらす、周囲の油断。そして七歳という年齢――幼女が放つ言葉は、時として大人の正論よりも鋭く、人の心に突き刺さる。
全部、使える。全部、私の武器にしてやる。
「父上、政宗お兄様、それから母上……そして叔母様(義姫)」
夕焼けの空に向かって、私は静かに宣誓した。
「私はあなたたちを、絶対に死なせたりしません。歴史通りになんてさせない。だから――少しだけ、私に付き合ってもらいますよ」
その時だった。
城の大手門の方から、激しい馬の蹄の音が響き渡った。
一頭じゃない。複数の早馬が、泥を跳ね飛ばしながら必死の形相で駆け込んできた音だ。
直後、城内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
怒鳴り散らす声、慌ただしく走り回る足音。そして、義光お父様の「なんじゃと!」という地響きのような怒声。
私には、何が起きたか分かっていた。
ついに、大崎合戦の火蓋が切って落とされたのだ。
私は一度だけ深く息を吸い込み、肺を冷たい空気で満たした。そして、静かに口角を上げる。
「最上駒姫の処刑フラグ――」
太陽が山の端に沈み、夜の帳が降り始める。
「――今ここに、粉砕開始です」
今日中に第2話までUPしたいです。




