第1話「最上家の次女に転生しました。え、私、15歳で処刑されるの!?」(前半)
新作開始します。
よろしくお願いします。
死ぬ瞬間というのは、案外あっけないものだ。
前世の私——大学二年生、文学部史学科専攻、体育会陸上競技部所属、百メートルと二百メートルが専門——は、秋晴れのトラックで軽いウォームアップをしていた。空は突き抜けるように青く、風は心地よく、今日の練習は調子が出そうだと思っていた矢先のことだった。
「あ」
という声が聞こえた。
振り返る間もなかった。投擲練習をしていた先輩のやり投げの槍が、盛大にコースを外れて私の頭上に降ってきたのだ。
——結局、死因はトラックか。
それが最後の思考だった。轢かれたわけじゃないけど、トラックで死ぬのは一緒じゃないか。転生あるあるにもほどがある。
次に気づいたとき、私は泣いていた。
自分の意思とは無関係に、小さな身体がわんわんと泣き続けている。天井が見える。木の梁。どこか遠くで、女の人が「よしよし」と声をかけている。
ああ、と思った。
赤ちゃんだ。私、赤ちゃんになってる。
しかし当時の私には、それを深く考える余裕がなかった。赤ん坊の身体というのは恐ろしいもので、意識があるのに眠くなる、お腹が空くと泣く、それ以外は何もできない。前世の記憶はあったはずなのに、日を追うごとにどんどん薄れていって、気づけば私は普通の赤ちゃんとして、普通に育っていた。
記憶が戻ったのは、三歳の春のことだ。
縁側で、大きな男の人が私に向かって笑いかけていた。精悍な顔立ち、鋭い目元。でも私に向けられた表情は、どこまでも緩みきっている。
「駒ー! 父上じゃぞー! わかるか、父上じゃ!」
その顔を見た瞬間、堰を切ったように、前世で蓄えた知識が浮かび上がってきた。
最上義光。出羽国山形城主。「羽州の虎将」とも「羽州の狐」とも呼ばれ、恐れられた謀将。後に山形城を大幅に拡張し、関ヶ原の戦いでは上杉景勝の大軍を相手に奮戦した、東北屈指の武将。
そして——私の、父上。
「……ちち、うえ?」
「そうじゃそうじゃ! わかったか! 聡い子じゃ、駒は!」
義光は私を抱き上げ、高い高いをしながら満面の笑みを浮かべた。その顔のどこにも、「羽州の狐」の面影はなかった。あるのはただ、娘を溺愛する父親の顔だけだ。
私は抱き上げられながら、ぼんやりと考えた。
——転生、したんだ。私。
そして、もう一つ。
——最上家の駒姫。それが、この身体の名前。
それから四年が経った。
天正十六年、西暦でいえば一五八八年の春。私こと最上駒は、七歳になっていた。
山形城の奥御殿は、今日も穏やかだった。
縁側から見える庭には、まだ雪解けの名残が白く残っている。出羽の春は遅い。京や大坂では桜が散り始める頃でも、ここではまだ梅が咲いているかどうかといったところだ。それでも空気は確かに緩み始めていて、軒下の雀たちが賑やかに囀っている。
侍女の小春が、私の黒髪を丁寧に梳いている。
「姫様、今日もお綺麗でございますよ」
「ありがとう、小春」
鏡に映る自分の顔を、私は客観的に眺める。黒髪、涼しげな目元、整った顔立ち。うん、確かに悪くない。前世では「地味」と言われ続けた私が、今世ではあと数年後には「東北一の美女」などと呼ばれることになるのだから、人生わからないものだ。
——見た目だけは、完璧なお姫様である。
中身は史学科上がりの現代人だけど。
「姫ー! 駒はどこじゃー!」
廊下の向こうから、地響きのような足音と怒鳴り声が聞こえてきた。小春が苦笑いを浮かべる。
「……殿がいらっしゃいましたね」
「みたいね」
障子が勢いよく開いた。
最上義光——私の父上が、満面の笑みで立っていた。身の丈六尺に迫る大柄な体躯、威圧感のある面構え。この人が戦場に立てば、敵兵が怯えるのもわかる。
でも今、その顔はどこまでも緩んでいた。
「駒よ! 今日は何が食べたい? 父が何でも用意してやるぞ!」
私は内心で深呼吸した。
——父上、今は軍議中のはずでは?
「……お父様、お仕事は終わったのですか?」
「終わった終わった!」
——終わってないでしょ、絶対に。
「そうですか」と私は微笑んだ。「では、父上のお隣に座ってもよいですか?」
「もちろんじゃ! さあ来い来い!」
義光は縁側にどかりと腰を下ろし、私を膝の上に乗せた。大きな手が、ぽんぽんと私の頭を撫でる。
父上は私のことを、山形城の宝物だと公言してはばからない。
——よろしい。ならば宝物として、この城を守る礎になってみせよう。
私はそっと父上の腕に寄りかかりながら、頭の中では別のことを考えていた。情報収集。現状把握。今の東北の勢力図の整理。やることは山ほどある。
その夜のことだ。
侍女たちが下がり、居室に一人になった私は、燭台の前に座って目を閉じた。
前世の記憶を、丁寧に掘り起こす。
史学科で学んだこと。戦国時代の東北。最上家。そして——最上駒姫。
記憶の中の教授の声が、静かに語りかけてくる。
最上駒姫。最上義光の次女。生没年、一五八一年から一五九五年。享年十五歳。豊臣秀次の側室として上洛するも、秀次切腹事件に連座し、六条河原にて処刑。義光は助命嘆願の書状を送ったが、間に合わなかったとされる——
燭台の炎が、ゆらりと揺れた。
「……六条河原。一五九五年八月二日。最上駒姫、享年十五歳」
声に出すと、より一層リアルに感じられた。
「それが、私の死ぬ日」
七歳の小さな手を、膝の上で握りしめる。
怖い。怖いに決まっている。処刑なんて、想像するだけで足が震える。しかも秀次とは一度も会うことなく、ただ「秀次の側室だった」というだけの理由で斬られるのだ。理不尽にもほどがある。豊臣秀吉、あなたは最低だ。
でも——。
私は深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。
でも、私は知っている。
前世の私は、この歴史を知っている。知っているということは——変えるチャンスがあるということだ。
「整理しよう」
独り言を言う癖は、前世から変わっていない。
「処刑フラグを折る条件は、突き詰めれば三つ」
一つ目。秀次への輿入れを断る口実を作ること。これは必須だ。断れなければ話にならない。
二つ目。断れるだけの「力」を持つこと。豊臣政権が「それなら仕方ない」と引き下がるだけの、軍事力と外交力が必要だ。最上家単独では、どう考えても足りない。
三つ目——そして、これが今すぐ取り掛からなければならない問題だ。
「伊達家との同盟」
ネタとして温めていた、最上家の転生もの。執筆直前まで、義光か駒姫かどちらを主人公にするかで迷いました。
結果、駒姫視点で「親バカな父を手玉に取る七歳児」という構図に。
本日中に後半UPします。




