第1話「最上家の次女に転生しました。え、私、15歳で処刑されるの!?」(前半)
新作開始します。
よろしくお願いします。
地の文を中心に改稿しました(4/30)
死ぬ瞬間っていうのは、想像以上に呆気ないものらしい。
前世の私は、どこにでもいる平凡な大学生だった。文学部史学科で古びた資料を漁り、放課後は体育会陸上部で100メートルと200メートルのタイムを削ることに命を懸ける――そんな、文武両道を地で行くようなキャンパスライフを送っていた。
あの日、空はどこまでも突き抜けるような秋晴れで、風は最高に心地よかった。「今日の練習、マジでタイム出そうじゃん」なんて、これからの未来にワクワクしていた矢先のこと。
「……あ」
情けない声が聞こえた。
振り返る間なんて、コンマ一秒も残されていなかった。
視界の端から、投擲練習中だった先輩の槍が、盛大にコースを逸れて私の頭上へと降ってきたのだ。
(――結局、死因はトラックかよ)
それが私の、人生最後の思考。
四輪の大型車に轢かれたわけじゃないけど、陸上競技場の『トラック』で死ぬのも一緒。……転生モノのテンプレにもほどがあるだろ。
次に目覚めたとき、私は泣いていた。
自分の意志なんて関係ない。小さな、本当にちっぽけな身体が、火がついたようにわんわんと泣き叫んでいる。
見上げた天井には、無骨な木の梁。(これがウワサの「知らない天井」か……)
どこか遠くで、女の人が「よしよし」と優しく囁いている。
ああ。これ、あれだ。
私、赤ん坊になっちゃってる。
……でも、当時の私にそんなメタな思考を続ける余裕はなかった。赤ん坊の身体というのは、おそろしく本能に忠実だ。意識はあるのに強烈な睡魔に襲われるし、お腹が空けば泣くしかできない。
前世の記憶は確かにあったはずなのに、それは日を追うごとに霧のように薄れていって。
気づけば私は『普通の赤ちゃん』として、この新しい世界にすっかり馴染んでしまっていた。
失われていた前世の記憶がパッカーンと戻ってきたのは、三歳の春のことだった。
縁側で、一人の大男が私に向かってニカッと笑いかけていた。
精悍な顔立ちに、射抜くような鋭い目元。……なのに、私に向けられた表情ときたら、もうデレッデレに緩みきっている。
「駒ー! 父上じゃぞー! わかるか、父上じゃ!」
その顔を見た瞬間だった。脳内のダムが崩壊したみたいに、前世で詰め込んだ知識がドバドバと溢れ出してきたのだ。
最上義光。
出羽国・山形城主。
「羽州の虎将」あるいは「羽州の狐」なんて異名で恐れられる、東北屈指の謀略家。
後に山形城を爆速で拡張し、関ヶ原の戦いでは上杉景勝のガチ勢相手に大立ち回りを演じる、チート級の武将。
そして――他ならぬ、私の「パパ」である。
「……ちち、うえ?」
「そうじゃそうじゃ! わかったか! 聡い子じゃ、駒は!」
義光パパは私をひょいっと抱き上げると、「高い高い」をしながら満面の笑みを浮かべた。
……おい待て。この顔のどこに「羽州の狐」の面影があるんだよ。そこにいるのは、ただ娘を溺愛するだけの親バカ丸出しな父親だった。
宙に浮いたまま、私はぼんやりと現状を整理する。
(――転生、しちゃったんだ。私)
(そして、この身体の名前は……最上駒。あの、駒姫だ)
――それから、あっという間に四年が過ぎた。
天正十六年。西暦一五八八年、春。
私こと最上駒は、数えで七歳になっていた。
山形城の奥御殿は、今日も今日とて平和そのもの。
縁側から見える庭には、まだ名残雪の白がポツポツと残っている。出羽の春は、とにかく足が遅い。京や大坂で桜が舞い散っている頃でも、ここでは梅がようやく咲くかどうか、といったレベルだ。
それでも空気には春の予感があって、軒下のスズメたちが賑やかに騒いでいる。
侍女の小春が、私の黒髪をサラサラと丁寧に梳いてくれる。
「姫様、今日もお綺麗でございますよ」
「ありがとう、小春」
鏡に映る自分の顔を、どこか他人事のように眺めてみる。
ツヤツヤの黒髪、涼しげな瞳、整いすぎた顔立ち。……うん、確かに悪くない。
前世では「地味だね」と言われ続けてきた私が、今世では数年後、歴史に刻まれるレベルの「東北一の美女」なんて呼ばれることになるんだから、人生(二回目)ってのは本当にわからない。
(――見た目だけは、完璧なお姫様なんだよね。中身は史学科上がりのガチ勢だけど)
「姫ー! 駒はどこじゃー!」
その時、廊下の向こうから地響きのような足音とデカすぎる怒鳴り声が聞こえてきた。
小春が「あちゃー」という顔で苦笑いする。
「……殿がいらっしゃいましたね」
「みたいね」
案の定、障子が勢いよく吹き飛ぶような勢いで開いた。
最上義光――私の父上が、これ以上ないくらいのドヤ顔で立っていた。
身長六尺(約180cm)に迫る超大型の体躯、ビビるほど威圧感のある面構え。この人が戦場に立ったら、敵兵が秒で逃げ出すのも納得の迫力だ。
でも今、その顔はスライムみたいにデレデレに緩んでいる。
「駒よ! 今日は何が食べたい? 父が何でも用意してやるぞ!」
私は内心で深くため息をついた。
(父上、今は軍議の真っ最中なはずでは?)
「……お父様、お仕事は終わったのですか?」
「終わった終わった! 完遂じゃ!」
(……嘘つけ。絶対放り出してきたでしょ)
「そうですか」
私は営業スマイル……もとい、完璧なお姫様の微笑みを浮かべた。
「では、父上のお隣に座ってもよいですか?」
「もちろんだとも! さあ来い来い!」
義光パパは縁側にどっしりと腰を下ろし、私を自分の膝の上に乗せた。大きな手が、ポンポンと優しく私の頭を撫でる。
この人は「駒は山形城の宝物だ」と、周囲に公言してはばからない。
(――よろしい。ならばその『宝物』として、この城を守る礎になってみせようじゃない)
私はそっと父上の腕に寄りかかりながら、頭の中ではフル回転で別のことを考えていた。
情報収集。現状把握。そして、現在の東北勢力図のアップデート。
悲劇のヒロインで終わるつもりなんて、さらさらない。
やるべきことは、山積みだった。
その夜のこと。
侍女たちが下がり、しんと静まり返った居室で、私は一人燭台の前に座っていた。
まぶたを閉じ、意識を脳の奥底へ。前世の記憶という名の「データベース」にアクセスする。
史学科で学んだ知識。戦国時代の東北情勢。最上家の動向。
そして――『最上駒姫』という一人の少女の末路。
脳裏に、ゼミの教授の乾いた声が再生される。
『最上駒姫。最上義光の次女。一五八一年生まれ、一五九五年没。享年十五歳。時の権力者・豊臣秀次の側室として上洛するも、秀次切腹事件に連座。一度も顔を合わせぬまま、六条河原で処刑された……。義光の助命嘆願も、あと一歩届かなかったと言われている……』
ゆらり、と燭台の炎が不吉に揺れた。
「……六条河原。一五九五年八月二日。最上駒姫、享年一五歳」
声に出した瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
言葉の重みが、現実味を持って全身にのしかかってくる。
「それが……私が、死ぬ日」
膝の上で、七歳のちっぽけな手をぎゅっと握りしめる。
怖い。怖いなんてレベルじゃない。処刑なんて、想像するだけで膝がガクガク震える。
しかも、会ったこともない男の「とばっちり」で斬られるんだ。理不尽の極みだろ。豊臣秀吉、お前マジでふざけんなよ。
でも――。
私は肺の奥まで空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
幸いなことに、私はこの「死にゲー」の攻略ルートを知っている。知っているということは、フラグを叩き折るチャンスがあるってことだ。
「よし、整理しよう」
独り言を言う癖は、どうやら前世から治っていないらしい。
「処刑バッドエンドを回避するための条件は、突き詰めれば三つ」
指を一本、立てる。
一つ目。秀次への輿入れを断る、絶対的な口実を作ること。これはマスト。まずは関わりを持たないのが鉄則だ。
二本目。
二つ目。断ったとしても豊臣政権が「あ、そう。なら仕方ないね」と引き下がるだけの『力』を持つこと。圧倒的な軍事力か、あるいは強固な外交力。……今の最上家単独じゃ、ぶっちゃけ無理ゲーだ。
そして、三本目。これが今すぐ着手しなきゃいけない、最優先事項。
三つ目。「伊達家との同盟」
ネタとして温めていた、最上家の転生もの。執筆直前まで、義光か駒姫かどちらを主人公にするかで迷いました。
結果、駒姫視点で「親バカな父を手玉に取る七歳児」という構図に。
本日中に後半UPします。




