第6話「このままでは両家共倒れ。幼女、初めての軍議に乱入する」(後半)
長い沈黙が続いた。
陣幕の外で、また太鼓の音がした。遠い。でも、確実に聞こえる。
義光が、静かに口を開いた。
「……駒。お前の言いたいことはわかる」
私の胸の中で、何かが動いた。——来た。聞いてくれている。
「しかし」
義光の声が、低くなった。
「義隆は、そなたの母・妙の兄だ。義兄を見捨てることは、最上の名折れになる」
義光の顔が、再び「謀将」の顔に戻っていた。
「父は最上の当主だ。駒の父である前に、最上の当主だ。それを忘れてもらっては困る」
——これが「壁」だ。
わかっていた。義光は感情で揺れながらも、面子と義理で動く。「娘のために引く」では、最上の当主として立てない。家臣の前で「娘に泣かれたから引いた」と思われたくない——それは義光という人間の、一番触れてはいけない部分だ。
だから。
「……お父様」
私は静かに呼びかけた。
「義隆伯父上をお守りすることと、政宗従兄様と戦うことは、同じではないはずです」
義光の眉が、わずかに動いた。
「政宗従兄様を止める方法が、戦以外にもあるとしたら——」
「……続けよ」
義光の声が、低く落ちた。「謀将」の声だ。「父親」の声ではない。
——よし。聞く気になっている。
「叔母上(義姫様)に、文を出しました」
陣幕の中に、再び静寂が落ちた。
今度の静寂は、さっきとは質が違う。驚きと——何か、複雑なものが混ざっている。
義光の顔が、揺れた。
「……義に?」
「はい」
私は真っ直ぐに答えた。
「政宗従兄様のお母上です。叔母上が動けば——政宗従兄様も、止まるかもしれません」
義光が、長い沈黙に入った。
陣幕の中の誰も、口を開かない。鮭延も、氏家も、家臣団も——全員が、義光の次の言葉を待っている。
義光の目が、遠くを見ていた。妹のことを、考えているのだろう。
——(義が動けば……か。あやつは、動く。あの気性だ。必ず動く)
鮭延の内心が、横顔に滲んでいた。
——(姫様……あなたは今、軍議を動かしている。七歳の幼女が)
やがて。
「……今日は動かぬ」
義光が、低く言った。
家臣団がざわめいた。
「殿! しかし伊達軍が——」
「今日は動かぬと言った」
義光が静かに繰り返した。その声に、有無を言わせない重みがある。
家臣団が、黙った。
——(「今日は」。完全に止まったわけではない。でも——一日、もらった)
義光が立ち上がり、私の前に膝をついた。大きな手が、私の頭にそっと置かれる。
「……駒。お前は賢い子だ」
その声は、低くて、静かで——父親の声だった。
「しかし」
続けて、義光が言った。
「義の返事が来なければ、明日は動く。それだけは覚えておけ」
——わかっています。だから——義姫様、早く来てください。
「今日はここにいろ。城に帰すわけにはいかぬ」
鮭延が「……承知いたしました」と頭を下げた。その顔には、呆れと安堵と、もう一つ何か——「この姫様は、ただの幼女ではない」という、静かな驚きが混ざっていた。
陣の外に出ると、春の日差しが眩しかった。
遠くで、また太鼓の音がした。伊達軍の陣から聞こえてくる方向だ。
——一日、もらった。でも——一日しかない。
義姫様の返事が来るのはおそらく明後日。もう一日、どうやって稼ぐか。次の手を考えなければ。
氏家が、静かに隣に立った。
「……よくやられました、姫様」
私は空を見上げた。出羽の春の空は、どこまでも青い。
「まだです」
私は静かに答えた。「まだ、終わっていません」
——完全には勝てなかった。でも、一歩は前に進んだ。
その時だった。
氏家が「姫様」と、少し違う声で呼んだ。
振り返ると、氏家の手に、一通の書状があった。
「先ほど、使いの者が届けてまいりました」
「……義姫様から?」
「いいえ」
氏家が、静かに答えた。
「伊達軍の陣から、でございます」
私は、その書状を見つめた。
——伊達軍の陣から。
誰が、何のために。
出羽の春風が、書状の端を揺らした。
開戦までの若干の猶予ゲットしました。
叔母さん(義姫さん)からの手紙でどんな変化がおきるのか?




