第5話「大崎合戦勃発! 父上が政宗従兄様(にいさま)と戦争を始めてしまった。」(後半)
午後になって、二通の書状が届いた。
一通目は、前線の義光から。
私は氏家から受け取り、広げた。
筆跡は力強く、勢いがある。内容は——。
「駒、案ずるな。すぐ終わる。土産を持って帰る」
——お父様。
あなたの「すぐ終わる」は、「すぐ勝つ」という意味ですよね。わかっています。でも——わたしが止めたいのは、その「勝ち」そのものなのです。
私は書状を静かに折り畳んだ。
二通目は、鮭延秀綱から氏家宛だった。氏家が内容を読み上げる。
「……伊達軍は今日は動きませんでした。しかし明朝、夜明けとともに前進してくる可能性が高うございます。殿(義光)は迎撃の構えを崩しておりません」
静寂が、部屋に落ちた。
——明朝。
夜明けとともに、戦が始まる。義姫様の返事は、まだ来ない。
私は静かに立ち上がった。
「守棟」
氏家が「はい」と顔を上げる。
「一つ、お願いがあります」
「……何なりと」
「わたしを、父上のいる陣まで連れて行ってください」
長い沈黙が落ちた。
氏家の顔が、微かに固まるのがわかった。
「……姫様、それは」
「父上に会いに行くだけです。陣中見舞い、というやつです」
——陣中見舞い。
氏家の目の奥で、何かが動いた。否定しようとしているのではない。ただ——受け取り方を、慎重に選んでいる。昨日も、そういう目をしていた。
「……殿のお許しなく、姫様を戦場近くにお連れすることは」
「守棟」
私は静かに、しかし真剣な目で言った。
「明朝、夜明けとともに戦が始まります。義姫様の返事はまだ来ません。わたしにできることは、もうこれしかありません」
沈黙。
長い、長い沈黙だった。
氏家守棟という人は、こういう時に急がない。焦らない。ただ静かに、自分の中で何かを決める。昨日も、そうだった。
やがて——氏家が、深く頭を下げた。
「……承知いたしました」
——よし。
私は内心で静かに息を吐いた。第一関門、突破。次は——お父様を説得する番だ。
夕暮れが、部屋に橙の光を落としていた。
小春が荷物の支度を手伝いながら、何度も心配そうにこちらを見ている。
「姫様……明日は、本当に……」
「大丈夫です、小春。父上に会いに行くだけですから」
「でも……戦場の近くでございますよ?」
——そうだよ。
でも、行かなければ、もっと怖いことが起きる。七年後に比べれば、戦場の近くなんて、まだかわいいものだ。
「大丈夫です」
私はもう一度、穏やかに繰り返した。小春が、まだ納得していない顔で俯く。
一人になってから、私は静かに考えた。
明日、父上に会う。問題は——どうやって義光を動かすか、だ。
正論で攻める。「豊臣に喰われますよ」「惣無事令に違反しますよ」——義光はそれを知っている。知っていて動いている。正論だけでは、止まらない。
泣いて頼む。これは効く。確実に効く。でも——「駒が悲しいから戦をやめる」では、義光の面目が潰れる。家臣の前で、「娘に泣かれたから引いた」と思われたくない。それは義光という人間の、一番触れてはいけない部分だ。
——では、どうするか。
感情と理屈を、組み合わせる。
「駒が悲しい」という感情を入口にして、「豊臣に喰われる」という理屈を出口にする。義光が「娘のために止める」のではなく、「最上家のために止める」という形にする。面子を保ちながら、引ける道を作る。
——それだ。
人を動かすのは、感情だ。でも感情だけでは動けない時、人は「理由」を必要とする。義光に必要なのは、「止める理由」ではなく、「止めても恥ずかしくない理由」だ。
七歳の幼女が戦場に行く。普通に考えれば、狂っている。
でも——普通じゃない状況に、普通の対応をしていたら、わたしは七年後に死ぬ。
窓の外に目をやると、遠くに小さな光が見えた。篝火だ。義光の軍勢が野営している方角——山形の南、出羽の山々の向こう。橙の点が、夜の闇の中に静かに揺れている。
「明日、行きます」
誰にも聞こえない声で、私は呟いた。
「お父様——娘の顔を見たら、少しだけ、話を聞いてくださいね」
翌朝、夜明け前に目を覚ました。
氏家が、すでに馬の準備を整えて待っていた。氏家の馬に相乗りさせてもらう形だ。その顔に迷いはない。昨日の沈黙の中で、もう全部決めてきたのだろう。
私は小春に「行ってきます」と告げて、廊下に出た。
その時だった。
城の外から——遠く、かすかに、音が聞こえてきた。
低く、重く、腹に響くような音。
太鼓だ。
——始まった。
私は氏家と目を合わせた。氏家の顔が、わずかに引き締まる。
「……急ぎましょう」
私は頷いた。
出羽の空が、白から薄紅へと変わり始めていた。
駒姫が陣中見舞いへ…… 義光父さまびっくりです。




