ボス、男の夢を一つ叶える
「うおおおおーーーっ!!」
ボスが興奮した様子で叫ぶ。
仮面の奥の瞳は子供のようにキラキラと輝いており、高鳴る胸の鼓動は上限を知らない。
ゴウゴウと体の正面に吹き付ける強風は清々しいくらいに気持ち良く、周囲に一切の遮る物が無い圧倒的解放感が世界の広さを如実に物語っている。
『……王様、喜んでる』
「うむ!何よりなのだ!」
キラキラと輝く海面に大きな影を落としたそれは、漆黒の翼を羽ばたかせて凄まじいスピードで天空を翔る。
7mを上回る巨体は艶めいた漆黒の鱗に覆われていて、背中から生えた翼は幽霊船の帆のようにボロボロだ。
しかしそこら辺の鳥類が勝負にならない程の風をしっかりと掴み、体躯からは想像もつかない猛烈な速度で大空を進む。
アシュトラスの黒竜形態。
傾き始めた太陽の光を受けて宝石のように輝くその背中の上に、ボスとミューラは乗っていた。
カラオケが終わった後に、どうしてもとボスがお願いして実現した、黒竜アシュトラスに乗っての空中散歩。
全身で風を感じ、どこまでも広がる水平線の彼方を目にしたボスは感嘆のため息をついた。
「生きてて良かった……」
実に良い微笑みを浮かべたボスの頬を、一筋の涙が伝う。
少し大袈裟にも思える反応だが、それ程までに素晴らしかったのだ。
黒竜の背から望んだ圧巻の世界が。
雲一つない青空。
煌めく大海原。
どこまでも続く水平線。
下を向けば、全男の子が大盛り上がり間違いなしのドラゴン。
満点だった。
否、満点なんて生ぬるい。
この感動は決して言語化出来るものではなかった。
まさにこれこそが「ロマン」なのだ。
「わははっ、そんなになのだ?」
「そりゃあもちろん!アシュトラス、マジでありがとう!」
『大袈裟……』
首を少しだけ横に向けたアシュトラスが、大きな瞳を僅かに細めつつ呆れたようにそう呟いた。
けれどボスの興奮は一ミリも収まらない。
なんたって今、男のロマンたるドラゴンの背中に乗って空を飛んでいるのだ。
誰しもが夢を見る極上の体験。
落ち着けという方が無理な話である。
「……おっ、ファントム!あんな所に島があるぞ!?」
「ほほぅ!」
ボスに寄り添うようにしてしがみ付いていたミューラが、進行方向を指差して叫んだ。
強風で髪を荒ぶらせながらボスも視線を向けると、そこには確かに小さな孤島が海のど真ん中に佇んでいた。
砂浜と小規模の森だけの小さな島だ。
もしかしたら無人島なのかもしれない。
「あれ……漁船かな」
「お?なんだ、漂流でもしたのか?」
グングンと近付いて初めて分かったが、手前の砂浜には漁船らしき小型の船が座礁していた。
遠目でも分かるほどボロボロで、表面には緑色のコケらしきものが好き放題に生え散らかしている。
かなり古い物なのだろうか。
仮にミューラの言う通り漂流した船であったとしても、流れ着いたのは相当昔だと思われる。
『……姫様、王様……あれ』
「え?………うわぁ」
「おおっ!」
アシュトラスに言われて視線を向けた二人は異なる反応を示した。
ボスはあからさまにドン引き。
対してミューラは何故か目を輝かせて身を乗り出した。
さらに島との距離が近くなり、森林を挟んで反対側の砂浜が見えてきたのだが、なんとそこには先客が居たのだ。
巨大な図体を砂浜に横たえ、野太い触手を緩慢に動かしながら日向ぼっこ(?)を楽しむ先客が。
「すっっごい既視感」
ボスは頬を引き攣らせる。
そこに居たのは、濁った半透明の体に十一本もの触手を兼ね備えた海洋の化け物。
巨大イカこと、海獣クラーケンだった。
実は以前、秘密結社Xの面々でバカンスに行った際にもエンカウントしており、ボスとしては「またかよ……」という気持ちが前面に出てしまった。
あの時は触手でよからぬ事を妄想したりもしたが、さすがにミューラ相手だとセクハラを超えて事案だ。
余裕で逮捕案件である。
「わははっ!良いものを見つけたな、ファントム!」
「え?」
「あいつの刺身は存外美味いのだぞ?アシュトラス、仕留めるのだ!」
『御意ー……』
「ちょ、うわぁっ!?」
突如として、内蔵がひゅっ……となった。
ジェットコースターとかでよく感じる"アレ"だ。
主人から命令を受けたアシュトラスがいきなり急降下したため、ボスは予想外のタイミングで肝を冷やした。
必死にしがみ付き、浮かび上がりそうになるミューラの華奢な体を抱え込む。
翼を広げたまま降下したアシュトラスが、ガパッと鋭い牙の並ぶ顎門を開く。
口内に紅蓮の業火が渦を巻いて集束。
首を傾け、思いっきり解き放った。
『ゴアアアアアッ!!』
ドラゴンの火属性ブレスだ。
猛烈な勢いで炎が押し寄せ、クラーケンに迫る。
『ッ、キシャアアアッ!!』
命中する寸前、敏感に危機を察知したクラーケンが軟体を活用してするりと砂浜から逃げ出し、海に潜った。
海面から顔を覗かせたクラーケンは大変お怒りの様子だ。
それは単にお昼寝を邪魔されたからではなく、先程のブレスで数本の触手がお陀仏になってしまったからでもあるのだろう。
バカンスの際の個体と同じく一瞬で触手を再生させ、クラーケンは再度咆哮する。
繰り出したのは墨鉄砲と触手での攻撃である。
だがしかし、そんな単調な攻撃に当たってやるほど、アシュトラスは優しくない。
華麗な身のこなしで全て回避し、くるりとターンしてクラーケンを見据える。
『キュアアアアアンッ!!』
甲高い音色が響く。
続いて顎門の奥に蓄えられたのは、圧倒的なまでの暴風の塊であった。
解き放たれた暴風のブレスが海面に命中し、凄まじい風圧を持ってして巨大なクレーターを作り上げる。
『キシャアアアッ!?』
暴風のブレスを胴体に受けたクラーケンが悲鳴を上げた。
本来ならば風穴が空いても何らおかしくない一撃にも関わらず、クラーケンの胴体には微かな切り傷のみ。
これは決してこのクラーケンが強い個体だから、という訳ではない。
少しでも主人が食す部位を残すため、アシュトラスが手加減に手加減を重ねた結果である。
第一、今のブレスの目的は討伐ではなく、標的を海中から引きずり出すこと。
そういう意味では充分に役目を果たしたと言える。
再度クラーケンの攻撃を躱しながら急降下したアシュトラスが、途端に体を捻り、風の力を纏わせた尻尾を思いっきり振り払う。
するとどうだろう。
ソニックブームのような風の刃が放たれ、一瞬にしてクラーケンを両断してしまった。
割れていた海面が激しく波打って、動かなくなったクラーケンに覆い被さる。
『────ッ!』
うねり狂う海を見下ろしていたアシュトラスだが、不意に何かを察知したようで剣呑な雰囲気を漂わせる。
それは一瞬の出来事だった。
海中に沈み行くクラーケンの死体より、さらに下。
ギラリと二つの光が輝いたように見えた。
直後の事だ。
凄まじい反射神経でアシュトラスが上昇すると共に、ザパァアッ!!と海面が勢いよく盛り上がった。
「なっ、なんじゃこりゃあああ!!?」
上昇負荷に耐えつつ、眼下の光景を目にしたボスが素っ頓狂な声を上げる。
それも仕方あるまい。
キラキラと輝く水滴を撒き散らしつつ、地上に正体を表した光の正体。
それはなんと驚くべきことに、クラーケンのサイズを優に上回る超巨大なウツボのような海獣だった。
ズラリと並んだ鋭い牙と、体に比べて小さめの不気味な瞳。
とにかくサイズ感がバグっていた。
あのクラーケンですら悠々と口に収めてしまう。
全長が何メートルあるのかすら定かではない。
そんなウツボの海獣がバクンッ!とゆっくり口を閉じる。
アシュトラスが仕留めたクラーケンを一飲みで平らげてしまったのだ。
獲物を横取りされたミューラが、「ガーンッ!なのだ!」と残念そうに眉を寄せる。
「これが食物連鎖かぁ……」と謎の感慨を受けているボスはさておき。
問題はアシュトラスだった。
主人に献上するはずの獲物を横取りされたせいで、目尻を吊り上げて怒りを露わにした。
自分がどうこうと言うよりも、ミューラに残念な思いをさせた時点で、ウツボ海獣を生かしておく道理が無くなったらしい。
『グルルルッ……!!』
遠慮容赦一切無し。
背を仰け反らせて顎門に蓄えた灼熱の炎を、勢いよく吐き出した。
先程とは比べ物にならない威力のブレスがウツボ海獣の顔面を貫通して体内で暴れ回り、爆発。
果てしない巨体を一瞬にして細かい肉塊に変化させた。
モザイク必須の肉片や内蔵、血のシャワーがあちこちにぶちまけられる。
「グロい……」
ボスは非常にグロテスクかつ悲惨な光景を前に、そっと胸に決めた。
アシュトラスには逆らわないようにしよう……と。
────オマケ─────
「うむ!やっぱり美味いのだ!」
ウツボ海獣の残骸を綺麗さっぱり掃除した無人島に降り立ち、三人はちょっとしたおやつタイムに。
食すのは、アシュトラスが改めて近隣で捕まえてきたクラーケン。
ウツボ海獣に食べられてしまった個体よりはかなり小さかったものの、どちらにしろ三人だと到底食べ切れない大きさなので、ほぼ関係無かった。
ついに明日で100話達成です!明日は12時と19時の二回更新しようと思ってます。
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