忘れた頃に……
激辛料理チャレンジを見事に達成した報酬として賞金の一万円を受け取り、ボス達はお店を後にした。
お次にやって来たのは賑やかな駅前だ。
背の高いビルが立ち並び、カラオケや映画館を始め大抵の施設が徒歩十分圏内に集約している。
あまりに人が多すぎて、少しでも目を離せばはぐれてしまいそうだった。
「ファントムファントム!次はどこに行くのだ!?」
「うーん、どうしよっか」
ボスの右腕を抱き締めて、ミューラは周囲の喧騒にも負けない元気な声で笑顔の花を咲かせる。
可愛い。
「ボーリング……はちょっと怖いから止めておくとして、カラオケとかどう?」
「からおけ……おおっ、知ってるぞ!区切られた個室で歌を歌う施設のことだな?よし、カラオケ行くのだ!」
「……もしかして、カラオケ初めて?」
「うむ!楽しみなのだ!」
一瞬ピンと来ていないかのようなキョトンとした表情を晒したミューラだったが、すぐに合点がいったらしく、「レッツゴー、なのだ!」と拳を握りしめる。
口振りからして何となく察したが、どうやらミューラは今までカラオケに行ったことが無かったらしい。
「姫様は……ずっとお城で暮らしてた。だから、こういうのには……馴染みが無い……」
「そうなんだ」
確かに考えてみればそうだろう。
ずっと天空都市エヴァントラスに住み、空を漂いながら旅を続けていたのだ。
やれる事も限られていたに違いない。
こうして特定の地域に留まって遊ぶのも、かなり珍しい出来事なのだとか。
「そっちから回って行こっか」
人の流れにそのまま従い、横断歩道の方に向かっていく。
「王様は……カラオケ、好き?」
「もちのろんよ。全然ヒトカラでも通うタイプ」
ミューラとアシュトラスには通じないかもしれないが、"ヒトカラ"という文化は少々馬鹿にされてきた歴史がある。
少なくとも昔は。
今は知らん。
それでもボスはヒトカラが好きだった。
何故なら友達と行った時はオタク友達であったとしても、知り合いの手前、下手くそな歌を歌うのはちょっと憚られる。
しょうもない見栄であることは間違いないが、やはり人前では上手く歌いたいものである。
そんな時こそヒトカラだ。
一人ならば外聞など気にせず好き放題歌えるので、下手くそな歌でも上手くなるまで練習し放題。
ちょっと他人に聞かせるには尖りすぎた曲や、歌うのが恥ずかしい曲だって気にする必要も無い。
だからボスはヒトカラが大好きなのだ。
……決して一緒にカラオケに行く友達が居ない訳じゃない。
ないったらないのだ。
救いようのないボッチじゃないから、うん。
「ここだね」
カラオケ店の入っているビルにたどり着いた。
下は飲食店が入っており、お目当てのカラオケ店は四、五、六階に入っていた。
そろって縦に長いビルを見上げる。
───まさにその時だった。
突如として嫌な予感がボスの脳裏を過ぎったのは。
しかし、時すでに遅し。
咄嗟に身構えた時には、思いもよらぬ方向から凄まじい衝撃を受けていた。
「やっと見つけたぁ!ファントムさーーんっ!!」
「ぐっほぁ!?」
「おおっ!?」
左側の腕に何か凄まじく柔らかい感触が勢いよく押し付けられた。
実に幸せな反面、押し付けられた勢いが強すぎてボスの体を重い衝撃が貫いた。
思わず咽せるボス。
結構痛かったけど……プライスレス!
押し潰されたぺぇの感触でプライスレス!
否、むしろ感謝を述べるべきだ。
ありがとうございます!!
「よかったぁ、本物のファントムさんだぁ……!よかったよぉ……!」
目尻に涙を浮かべてボスに縋り付くのは、質素なスポーツウェアに身を包んだうら若き美少女。
整ったご尊顔はすっかり安堵で緩んでおり、かなり急いで来たのかライトブラウンのポニーテールはかなり乱れている。
いつもとは違い変装を一切していないところが、彼女の焦りようを顕著に表していた。
何を隠そうこの美少女は、天下の人気アイドルグループ・"デモンソウルズ"に所属する白ギャルアイドル、ルーシィちゃんその人なのだ。
とある事件をきっかけにボスとは個人的な交流があったのだが、そんな彼女がどうしてここに居るのか。
全神経を左腕に集中させて柔らかい感触を堪能していたボスは、我に返ると共にルーシィちゃんの表情に僅かな違和感を覚えた。
「久しぶりだね。今日はどうしたの?」
何でもないように聞くボスの姿に、ルーシィちゃんは心底安心したようでやっと覚えのある柔らかい笑顔を浮かべた。
「……この前、ファントムさん誘拐されたでしょ?生きた心地がしなかったの……。帰ってきたっていうのは人伝いで聞いてたけど、やっぱりこうして実際に会わないとね……」
「そっか……。心配かけてごめんね。この通り、全然無事だから」
そういえばルーシィちゃんには何の連絡もしてなかった。
大切なオタ友なのに。
まさかこんなにも心配してくれていたなんて……。
涙ぐむルーシィちゃんを前に、ボスはちょっと罪悪感を覚えた。
なんか急に、勝手にぺぇの感触で盛り上がってた自分が恥ずかしくなってきた。
これだからヒョロガリ童貞チキンは……。
未だに童貞な理由がここにギュッと詰まってる気がする。
次何かあった時はちゃんと連絡しよう。
まぁ何も無いに越したことはないのだが。
ボスが内心で密かな決意をする横で、少しずつ冷静さを取り戻していたルーシィちゃんは、はたと気が付いた。
己の反対側。
ボスの右腕を抱き締めている幼女の存在に。
「あ、あなた、もしかして───」
ルーシィちゃんの表情が強張る。
彼女はアイドルであると共に、ヒーローも兼任している。
立場上、かなりの危険が伴うエヴァントラス奇襲作戦への参加は許されなかったものの、ファントム誘拐の主犯格であるミューラの容姿は写真で共有されていた。
ドロリとしたあまり宜しくない感情と共に脳裏に刻んだその顔と、目の前の幼女の顔は瓜二つだった。
ルーシィちゃんは思わず息を呑む。
どうして、ファントム誘拐の主犯格がここに居るのか。
どうして、呑気にファントムの腕を抱いているのか。
どうして───。
巡る思考が一瞬だけルーシィちゃんの動きを止めた。
その最中、何かを察したらしいミューラは「ああっ」と手を打ち合わせた。
「なるほど、お前も惚れたクチだな?うむうむ。その気持ち、我輩もよぉ〜く分かるのだ!」
「ちょちょ……!?」
ルーシィちゃん大慌て。
したり顔で頷くミューラの言葉に、手をワタワタさせて敏感な反応を示す。
まさかド直球で自分の気持ちを暴露されるとは。
心構えが出来ておらず、ルーシィちゃんは動揺せざるを得なかった。
ボスがアホっぽい表情で首を傾げているのがせめてもの救いか。
……いや、救いなのか?
「なんっ、ちがっ、いや違くはないんだけど……!てかファントムさん!この子って、ファントムさんを誘拐したエヴァントラスの人だよね!?なんで一緒に居るの!?」
全力で話題を逸らしつつ、一番気になることを直接ボスに問いただす。
改めて俯瞰して見ると、どう考えてもミューラとボスの距離感はおかしかった。
仲の良い兄妹や叔父と姪っ子というよりも、明らかに男女の関係のそれだ。
それがルーシィちゃんにとっては誠に遺憾だった。
さりげなく付き従っている黒髪の少女 (アシュトラス)との距離感も異常だし、一体何がどうなっているのか。
ボスに想いを寄せる一人の女として、問いたださずには居られなかった。
ズイッと迫ってきたルーシィちゃんを落ち着かせながら、ボスはどう説明したものかと思案する。
「えっと、実は和解しまして……。今は普通の友達に」
「将来を誓い合った仲なのだ!」
「ミューラさん?」
少なくとも俺は誓った覚えがないのだが?とボス。
色々と語弊があり訂正をしたいのだが、アシュトラスまで便乗するせいで、何故か正論のはずのボスがむしろアウェイになるという理不尽な状況に。
なんで?
ボスの顔面が(´・ω・`)みたいになる。
「……ふ〜ん。そっか、将来を……ふ〜〜ん?」
ミューラの発言を真に受けてしまったルーシィちゃん。
嫉妬全開の瞳でミューラを見つめつつ、これ見よがしにボスの左腕を抱き寄せる。
あたかもこの人は自分のものだと主張するかのように。
むにむにと押し付けられて変形する柔らかい感触に、ボスは頬が緩みそうになる。
頑張って我慢してみるものの、悲しき男の性とでも言うべきか。
徐々に口角が上がってしまう。
むしろこれは喜ばない方が失礼なのでは?
なんて思考が浮かんでくるくらいだ。
もう根本的にダメなのかもしれない。
左右から迫る異なる感触に萎縮して動けないボスの理性は、ガリガリと削られていく。
「───あっ!見つけたわよ、ルーシィ!!」
「あっ」
ルーシィちゃんが「やべっ」と気まずそうに頬を引き攣らせる。
恐る恐る振り返ると、人波をかき分けてズンズンとこちらにやってくるスーツ姿の女性が目に入った。
丸メガネをかけたその女性は、デモンソウルズの総合マネージャーを務めるお方だった。
「ダンスレッスンの途中に電話しだしたと思ったら、急に脱走して……!あっ、ファントムさんお久しぶりです」
「あ、ども」
実はボスもマネージャーさんとは知り合いだった。
以前、武装集団によってデモンソウルズのライブが襲撃された際に、ボスは事件解決に大いに貢献した。
そのお礼としてちょっとしたやり取りが、事務所代表のマネージャーさんとの間にあったのだ。
ルーシィちゃんとオタ友になった裏で、密かにマネージャーとも仲良くなっていたボス。
お互いにぺこりとお辞儀して軽い挨拶を済ませる。
「ほらっ、戻るわよルーシィ!」
「えーーっ!まだ全然話せてないのに……」
「それはまた今度。レッスンの時間は有限なんだからね?」
心底渋々と言った様子で、しかし国民的アイドルとしての自負もあり、苦渋の選択でボスの腕から手を離すルーシィちゃん。
ものすごく名残惜しそう。
……と、その時。
「きゃーーーっ!?ひったくりーーっ!」
まばらな人波の向こうから、甲高い女性の叫び声が聞こえてきた。
反射的に全員そろって視線を向けると、なんと鋭利な刃物を振り回した男が人混みを割いてこちらに走ってきていた。
奥には血の滲む肩を抑えた若い女性が見え、刃物を持った男は左腕に高級そうなバックを抱えている。
典型的なひったくり犯だ。
「まったく……」
左手を前に掲げたルーシィちゃんが、フィンガースナップの準備をする。
一度指を弾けば彼女の能力が発動し、ひったくり犯の体を炎が包む。
しかしルーシィちゃんが指を弾こうとした直前、彼女の前に手を差し出してそれを制した者が居た。
アシュトラスである。
アシュトラスは走ってくるひったくり犯に、ゆっくりと歩を進めて近付いていく。
「なんだお前!どけっ!」
帽子にマスク。
完全に顔を隠したひったくり犯が叫ぶと、それに合わせて男の背から半透明の腕が二本伸びてきた。
「くそっ、どけよぉ!!」
透明な腕が手にした刃物も合わせて計三本。
ギラリと光を反射して一斉にアシュトラスへ振り下ろされる。
ところが。
───バキィンッ!!
色白の肌に触れるなり、刃物は呆気なく砕けてしまった。
まるで分厚い金属に衝突したかのように、重々しい感触が男の腕を突き抜けて痺れさせる。
「……は?」
周囲の野次馬の心の声を代表して、ひったくり犯の男が掠れた声でそう零した。
根元だけ残った刃物を、信じられないと言った様子で見つめている。
アシュトラスは悠々と男の顔面を掴んだ。
グイッと引っ張ると、男の体が軽々と宙に浮かぶ。
「鬱陶、しい……」
そのまま後頭部からコンクリの地面に叩き付けた。
ドゴォンッ!!と重い衝撃が響き渡り、亀裂が広がる。
ひったくり犯は一瞬にして動かなくなってしまった。
これでも一応手加減はしたらしく、男は白目を剥いて気絶しただけのようだ。
「ほうほうこれは……」
周囲が言葉も発せない中、マネージャーさんのみが興味深そうにこちらに戻ってくるアシュトラスを眺めている。
まるで品定めでもしているかのような視線だ。
不意に、マネージャーさんは懐から名刺を取り出した。
「どうも、私〇〇事務所でマネージャーをしています、"南雲"と申します。いずれお互いに時間がある時にでも、少しお話しをしたいのですが……」
そう言ってアシュトラスに名刺を手渡した。
しかしどうやら今日は本当に時間が無いらしく、名刺を渡すだけでルーシィちゃんを連れて足早に去って行った。
「ファントムさん、今度また遊ぼうねー!」
マネージャーさんに手を引かれながら、笑顔で反対の手を振るルーシィちゃん。
可愛い。
「ふむ、アシュトラスがアイドルか……」
「王様……これ、要らない」
「いや俺に渡されましても……」
何やら面白そうな事態に口角を上げるミューラに対して、アシュトラスの表情は冷めきっていた。
どうやら"アイドル"という立場に欠片の興味も無いらしい。
だからと言って貰った名刺を渡されても困るのだが……とボス。
カラオケに行くはずが、よく分からぬうちにカオスな状況に巻き込まれたボス達であった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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