激辛チャレンジ
「お待たせしましたぁ〜!!」
ハツラツとした女性の店員さんが抱えるようにして持ってきた巨大な土鍋が、ドンッ!と机の上に降ろされた。
グツグツと煮え滾る具材の音と共に、鼻を貫く凄まじい刺激臭が漂ってくる。
恐る恐る鍋の中身を覗き込んだボスとミューラは、「うわぁ……」とそろってドン引きの様子。
あまりのえげつなさに言葉を失っている。
それもそのはずで、土鍋に詰め込まれた大盛りの食材は全て、真っ赤を通り越した紅蓮色に染まっていたのだから。
「こ、これはまた……」
「うぅ……匂いがもうやばいのだ……」
顔を顰めたミューラが軽く咳き込む。
土鍋の縁に沿って大量の赤黒いチャーシューが並んでおり、その内側には同じように円を描いて煮卵がずらり。
これが唯一、土鍋の中で正常な色をしていた。
続いて真っ赤な衣のコロッケとハンバーグが三つずつトッピングされて表面を彩り、やっとたどり着いた中央には、ちょっと言語化の難しい赤系統のグロい色のタレを絡めたモヤシが巨大な山を築く。
高さはおよそ15cmくらいだろうか。
頂上には細かく刻んだ鷹の爪が乗っかっている。
そしてこれらの食材の隙間から下を覗くと、そこには限界まで敷き詰められた赤色のちぢれ麺があった。
土鍋を満たす液体もまた、思わず「うっ……」と目を逸らしたくなるくらいに赤黒い。
「これ、さすがに辛い物が好きとは言っても無理じゃない……?」
「だいじょ〜、ぶ……」
引き笑い気味にボスが確認すると、土鍋の正面に座っていたアシュトラスは無表情のまま椅子を寄せた。
すっかり食べる気満々である。
よくテレビ番組の企画で、芸能人などが激辛料理にチャレンジする光景を見たことがある人は多いのではないだろうか。
アシュトラスが目の前にしている料理はまさにそれで、"絶対に食べきることが出来ない"という触れ込みでテレビ番組に出演。
宣言通りに、出演した芸能人やアイドル達を尽く打ち破った最強の激辛料理なのだ。
そのあまりのインパクトに宣伝は大成功し、番組放送後は挑戦者が後を絶たないのだとか。
しかし、未だに全てを食べ切った人物は現れていないそうだ。
そりゃあそうだろう。
味など関係ないとでも言うかのごとく投入された激辛調味料に、大食い選手権でも開催してるのかとツッコミたくなるような食材の量。
もはやクリアさせる気が無いのでは?
そう疑問を持っても仕方がないくらいのクソコンボだ。
ちなみに食べ切ればお代は免除の上、デザートの甘いアイスに賞金として一万円が進呈されるらしい。
「お連れの方も、せっかくなので試食してみます?」
「あ、ども……」
反射的に爪楊枝を受け取った後に、「しまった……!」と頬を引き攣らせるボス。
爪楊枝の先には、一口サイズにカットされたハンバーグが刺さっている。
土鍋の上にトッピングされた物と同じ、赤黒いハンバーグが。
背筋を嫌な汗が伝う。
ポンッ、と左腕が軽く叩かれた。
目を向けると、ミューラがロングコートの袖を掴んで諦めの笑みを浮かべていた。
左手には同じくハンバーグの刺さった爪楊枝を持っている。
どうやら彼女もまた、気付いた時には受け取ってしまっていたらしい。
さすがに、ここから返すのはマナー違反だろう。
ボスも健やかな諦めの笑みを浮かべる。
そして、同時にハンバーグの欠片を口の中に放り込んだ。
「ゲッホゲホッ!?おえっふ!?」
「ぬわぁあ〜〜〜っ……!?はなっ、鼻がぁっ……!?」
ボスは堪らず激しく咳き込み、あのミューラでさえあまりの辛さに悶え苦しんでいる。
舌、口内、唇、鼻、喉、食道、胃。
全てが痛い。
我慢とか、そういう根性論が全て吹き飛ぶレベルの辛さだ。
これはもはや人間が食べられる次元の料理じゃない。
悶える二人を背に、土鍋と向き合ったアシュトラスは涼しい顔でパンッと手を合わせた。
「……いただきま〜……す」
店員を含むギャラリーが見守る中、アシュトラスはまず手前にあったコロッケを箸で掴んだ。
衣が真っ赤な厳ついコロッケである。
おそらくハンバーグと同等レベルの辛さを秘めているのだろう。
ボスとミューラは一欠片食べただけで、涙目で水を流し込む羽目になった。
では、辛い物好きを公言したアシュトラスはどうなのか。
アシュトラスは真っ赤なコロッケをじっと見つめた後。
迷うことなく大口を開け、ばくんっと一口で口内に収めてしまった。
周囲からどよめきが起こる中、アシュトラスは我関せずと呑気に咀嚼を繰り返す。
膨らんだ頬はまるで餌を溜め込んだリスのようだ。
ゆっくりと頬が揺れるのを繰り返し、しばらくしてからゴクンッと喉が鳴る。
「……」
再びコロッケを箸で掴み、無言のまま一口でパクリ。
咀嚼。
飲み込む。
ハンバーグを掴み、一口でパクリ。
咀嚼。
飲み込む。
ひたすらそれを作業のように繰り返し、気付けばチャーシューや煮卵を含め、土鍋の表面を覆っていた肉系のトッピングは、すっかりとその姿を消していた。
あっという間に全滅である。
「う、嘘だろ……」
ギャラリーの誰かがそう呻いた。
皆、共通の思いだった。
漂ってくる匂いだけで万人が顔を顰めるレベルなのだ。
決して仕込みでない事はこの場に居合わせた誰もが理解していた。
それでも、本当に辛いのか?
思わずそう疑ってしまうほど、アシュトラスはパクパクと果てしないスピードで食べ進めていた。
さっさとモヤシを平らげ、隠れていた麺に突入。
存分に赤黒い液体が絡まったちぢれ麺を持ち上げ、ズゾゾッ……!と一気に啜る。
ギャラリーの中には経験者も居たのだろう。
あの辛さを知っているからこそ、普通のラーメンのように平然と啜るアシュトラスを見て、どこからともなく「えぇ……」とドン引きの声が漏れている。
水も飲まず、咽せもせず、止まりもしない。
色白の肌に浮かんだ玉のような汗をタオルで拭うだけで、ひたすらに麺を啜り続ける。
屈む際に垂れて邪魔な髪を耳にかける仕草は、汗も相まって妙に色っぽかった。
「お、おい!もう麺も食べ切っちまったぞ!?」
ギャラリーの誰かがそう叫んだ。
確かに赤黒い液体はすっかり水位が低くなり、箸で探しても切れた短い麺が見つかるかどうかまで来たようだ。
アシュトラスは箸をテーブルの上に置くと、まだ熱いであろう土鍋を軽々と両手で持ち、縁に口を付けて傾ける。
まるでキンキンに冷えたビールを流し込むかのように、熱々の激辛スープがアシュトラスの胃に流し込まれた。
喉が動く度に、徐々に角度が上がっていく。
そしてついに……。
最後の一滴まで飲み干して、空になった土鍋を机の上にドンッと置いたアシュトラス。
乏しい表情の中にほんの僅かな達成感を滲ませて呟いた。
「……ごちそー、さま……」
激辛料理の覇者が誕生した瞬間だった。
辛い食べ物が好きな人って、「辛い」のが好きなんですかね。それとも何か別の理由があるのでしょうか……。ちなみに作者は辛い物が苦手です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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