ドーピング完了!覚醒せし吸血皇帝!
「……」
ガラガラッ……と崩れ落ちた瓦礫の中から、憮然とした表情のエルムが這い出てきた。
全身が砂埃にまみれて薄汚れているものの、目立ったダメージはどこにも見られない。
強いて言うならばメイド服の損傷が激しいくらいだろうか?
もはや原型を留めぬほどボロボロであり、随分とまたパンクな露出の仕方となっている。
砂煙の向こうから姿を現した九尾やミューラも同じような状態だ。
汚れ以外に生身への傷は見られず、衣服だけが異次元の戦闘に巻き込まれた代償として剥ぎ取られていた。
戦況はまさに膠着状態。
全員の実力が限りなく僅差で拮抗しており、三つ巴の殴り合いが決着する未来はこの場の誰もが想像すら出来なかった。
そんな状況が堪らなく楽しい。
ミューラは心の底からそう思っていた。
自分が全力でぶつかっても、同等の力で殴り返してくる……。
そんな相手には今まで出会ったことが無かった。
純粋に、彼女が強すぎたからだ。
吸血鬼の王たる力〈吸血皇帝〉は、ミューラに想像を絶する凄まじい強さを与えた。
吸血鬼としての圧倒的身体能力、不老不死に近い生命力、血を司る権能など。
あまりに恵まれ過ぎた。
だからミューラは、生への"退屈"を抱いていたのだ。
力は強けれど、食事は不味く娯楽らしい娯楽も大したものではない。
暇潰しに国を相手にひと暴れしても、終われば空虚さが心の隅に入り込んでくる。
つまらなかった。
自分は何のために生きているのか。
別に死にたいと思った訳じゃない。
けれど時々、どうして生きているのか分からなくなるのだ。
ただ漫然と日々を過ごし、そしていつか朽ちるのだと勝手に思い込んでいた。
けれど。
───あの日、全ては覆された。
たまたま出会った青年の血が、決して誰の血も受け入れることの無かったミューラの体に適合したのだ。
それだけではない。
彼の言葉が……行動が。
色褪せていたミューラの視界に初めて、色を取り戻してくれた。
彼と過ごした時間はほんの一瞬だったけれど、それでもミューラは断言出来る。
これこそが"運命"なのだと。
彼と出会うために、自分は今まで生きてきたのだと。
だから絶対に手放す訳にはいかないのだ。
「───ふふっ、わーっはっはっはっ!!」
ミューラは大きな笑い声を上げた。
怪訝そうな二対の視線が彼女に注がれる。
「おや、ついに壊れてしまったのですか?」
「うぅむ。よう分からんが、なんか既視感があるんじゃが……」
嘲るようにニコリと微笑んだエルムに対して、九尾はどこか不満げなジト目を彼女に向けている。
こういうのは大抵、フラグと決まっているのだ。
……え?何のフラグかって?
そりゃあもちろんアレですよ。
ボスが第二形態に突入する時のアレですよ。
「さすがなのだ、お前たち!ここまで楽しめた戦いは初めてなのだ……!!だからこそ、その強さに免じて見せてやろう……我輩の本気というやつを!!」
バサッと蝙蝠のような漆黒の翼を広げたミューラが、ゆっくりと上空へと舞い上がる。
よく見ると、右手にはいつの間にか血の茨が握られていた。
先程までは砂煙に遮られていて気付けなかったのだろう。
だがしかし、九尾とエルムの体には何も巻き付いていない。
ならばその茨の先はどこへ?
二人が頭上に疑問符を浮かべたちょうどその時。
どこからともなく聞こえてきたその声を、九尾の狐耳は敏感に察知した。
「うわぁああーーっ!いやだぁああーーーっ!」
滂沱の涙を撒き散らしながらボバッ!と砂煙を切り裂いてやって来たのは、再び簀巻にされたボスであった。
とても情けない表情で引きずり回され、釣り上げられ、ミューラの腕の中にすっぽりと収まった。
まるで活きの良いマグロの一本釣りでも見ている気分だ。
腕の中でビチビチと跳ねるボスに、ミューラは自信満々な笑みを浮かべる。
まずここで九尾がピキった。
「おんどりゃあ、お主ィ!!なぁ〜にどさくさに紛れてファントムを抱き締めとるんじゃあ!!」
九尾、何をするだァーーッ!!とブチギレのご様子。
固く拳を握り締め、怒りを露わにする。
だがミューラはむしろそれを良い気味だと見下した後、見せつけるかのようにファントムの首筋に、その鋭い牙を立てた。
「いっ!?」
じわっ……と真っ赤な鮮血が溢れ出し、ミューラの牙を伝って彼女の体内に流れ込んでいく。
まるで温水に浸かったかのごとく、じんわりと広がる快楽がミューラの神経を侵し、さらに吸血の衝動を駆り立てる。
ミューラは無我夢中で血を吸い続けた。
ちなみにボスは痛みが走った瞬間だけ表情を強ばらせたものの、今はしくしくと静かに涙を流していた。
こんな馬鹿げた戦いに巻き込まれたら普通に死ぬ!
俺は空気だ、空気!
そう自分に言い聞かせて、空中に固定された椅子の上で遠い目をして待っていたのだ。
下手に仲裁してミンチになるのは御免だ。
だからこそ今まで無事で済んでいたのだが、禅の修行でもしているかのごとく無心で座っていたせいで、血の茨が密かに迫っていることを全くと言って良いほど察知出来なかった。
結果がこの有様である。
主人公とは?
改めて自分の情けなさに涙腺を殴られ、吸血されながら涙を流すに至る。
いやもうほんと、こんな主人公ですいません……。
「───ぷはっ」
ボスが現実逃避気味に遠い目をしている間に、どうやら吸血が終わったようでミューラが首筋から唇を離した。
繋がった銀の糸が垂れ下がり、やがて切れて落ちる。
ミューラの頬は朱色に染まっていた。
恍惚とした艶かしい表情でぺろりと唇に舌を這わせる。
幼女が出して良い色気じゃない。
「うむっ!やはりファントムの血は最高なのだ!」
ニヤリと強気な笑みを浮かべたミューラは、ボスを肩に抱え直して右手を天に掲げた。
手首が裂けて大量の血が飛び散り、それが手のひらの上で巨大な魔法陣らしきものを構築。
赤黒い閃光がバチバチと激しく迸る。
「……はて?」
最初に気が付いたのはエルムだった。
魔法陣に向いていた瞳が、さらにその奥……遥か彼方を捉えた。
同時に、ミューラは唇を逆さ三日月のように裂いて嗤い、力一杯に拳を握り締める。
そして、まるで何かを引きずり下ろすかのような仕草で腕を振り下ろした。
直後。
────ビキビキッ……!!
嫌に澄んだ音が響いた。
どこからでもない。
世界そのものが悲鳴を上げているかのように。
遅れて九尾もその正体を察知したようで、エルムと同じく暗雲に閉ざされた空を見上げてニヤリと口角を歪ませた。
その瞳は狂気を孕んで爛々と輝いている。
────ビキビキッ!!
さらに鮮明に響いた。
暗雲が割れて、垣間見えた漆黒の夜空。
そこには無数の亀裂が入っていた。
広範囲に渡って広がり続けた亀裂が、ついに限界を迎える。
「───来るのだっ!"紅魔の月"よ!!」
ミューラが吠える。
それに応じて、夜空が崩壊。
漆黒すら生温い深淵よりゆっくりと降り注ぐのは、煌々と紅く照る真っ赤な満月だった。
深紅の月光を振り撒き、今まで暗雲で閉ざされていた色気の無い世界に、一色の……しかし鮮明な色を焼き付ける。
バキバキッ……!と空間の縁を砕きながら、徐々にこちらの世界へと堕ちていくその様はどこか神々しい。
────ドクンッ!
ミューラの体が震える。
滾った血液が全身を巡り、その体を本来あるべき形へと変質させているのだ。
天に浮かぶ月が満月に近いほど、〈吸血皇帝〉の力はグングンと増していく。
そして満月が訪れた時、〈吸血皇帝〉はその真価を遺憾無く発揮する。
ミューラが堕とした真っ赤な月は、強制的にその状態を引き出す正真正銘の奥の手である。
────ドクンッ!ドクンッ!
鼓動に合わせてミューラの羽がビキビキと大きさを増し、見る見るうちに白髪も伸びていく。
しかしそれ以上に最も変わったのが彼女の身体だ。
幼女のつるぺたボディから、九尾やエルムと比べても大差ないナイスバディな大人の体に。
ただでさえ整っていた顔は順当に成長し、えも言えぬ魅力を手に入れた。
まさに絶世の美女。
手首から噴き出した血が彼女の体にまとわり付き、簡易的なドレスを作り上げた。
「……ファントムよ、少し待っているのだ」
そう言って、成長した姿のミューラはそっとボスの額にキスを落とした。
ボス、作画崩壊したゆるゆるの姿で呆けている間に、新しく構築した赤黒い椅子に座らされる。
「さて───さっさと終わらせるのだ!!」
再び血の大鎌を携えたミューラは、美しい赤月を背に地上の二名を見下ろす。
「上等じゃ!貴様が泣くまで、殴るのを止めてやらんからな!!」
「舐められたものですねぇ……。少し、お灸を据えてさしあげましょう♪」
熱烈に、そしてけたたましく。
第二ラウンド開始のゴングが鳴り響くのだった。
せっかく開放されたのに、またしても敵に捕まるボス……。何を四天王。
・何をするだァーッ………『ジョジョの奇妙な冒険』より
・君が泣くまで殴るのをやめない………『ジョジョの奇妙な冒険』より
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